ダンジョンホール
━━フラクター・オズモンドの視点
オズモンドは1年4組を担当するベテランの高校教師である。
普段は英語を教えているが、以前は異常物質学の教鞭をとっていた。
彼はただの英語教師ではない。元ダンジョン学博士だ。
オズモンドはダンジョン財団で数々の”普通じゃないこと”を経験したため、並大抵のことでは動じることすらない、いつだって陽気に飄々と振る舞える。
そう思っていた。
5月某日。
梅雨の季節が近づいてきたある日。
オズモンドは朝から妻との営みをする元気を見せ、今日も1日が素晴らしいものになることを疑わず、ブレックファストのコーヒーとトーストに舌鼓を打ち、素晴らしい同僚に恵まれた職場へ愛車のランボルギーニで向かおうとした。
家を出て、3つ目の信号待ちをしている時、学校から緊急のメッセージがあると、車に内蔵されたAIの音声が語った。
「見せてくれるかい」
言うとモニターにメールが映し出され、オズモンドはすぐにそれが非常なことだと察し、いつもより強めにアクセルを踏み込んだ。
学校につくと、すでにダンジョン財団の機動隊が敷地内に展開していた。
オズモンド含め教諭たちは職員室で緊急的な会議へ招集されていた。
「ダンジョンホールだ」
すべての教諭が集まるのを待ち、教頭は重々しく言い放った。
職員室にざわめきが広がる。
「まさかダンジョンホールが起こるなんて……」
「ダンジョンホールってなんですか」
新米教師が申し訳なさそうに、小さな声でオズモンドへたずねてくる。
「ダンジョンホールはダンジョン異常現象のひとつだ。外界への攻撃とされ、ダンジョン近辺の探索者を強引にダンジョン内へ引き摺り込む。そして、ダンジョンは封鎖されてしまう」
「みんな落ち着いてくれ。我々が取り乱すわけにはいかない」
教頭はよく通る声で場を制する。
「ダンジョンホールに巻き込まれたのは我が校の生徒だ。現時点で60名以上がダンジョンに囚われたと確認されている」
「60名……まだ増えそうですね。ダンジョン財団はどのように」
「今、調査をしているところだが、おそらくはできることはないだろう。ダンジョンホールでは入り口は空間的に封鎖されてしまう。外側からは干渉できない隔絶された次元となる」
その日の学校は臨機休校となった。
授業はなく、出席確認という名の安否確認だけがとられた。
ダンジョンホールに巻き込まれた生徒が82名と判明した頃、英雄高校およびダンジョン財団はダンジョンゲートの周辺にバリケードの設置を完了した。
夕方、ダンジョンに詳しい教師らと機動隊、財団から派遣されたエージェントたちは学校の裏手にある巨大なクレーター周辺に集まっていた。
陥没の周辺にはヂリヂリと静電気のようにエネルギーが湧いている。穴の底には黒い禍々しい門が悠然と佇んでいる。
「破壊されたはずのダンジョンゲート……まだ死んでいなかったのか」
「心配そうだな、ミスター・フラクター」
「ダビデ先輩。……もちろんですよ、私のクラスは随分と被害者が多い」
「大丈夫。彼らは日々懸命に研鑽を積んでいる。外側から助けができなくとも、内側にいる生徒たちは自力でこの状況を解決できるはずだ」
ダビデとオズモンドは、クレーター底のダンジョンゲートを見つめる。
外側にいる者たちには、探索者見習いたちに大きなる活躍を期待することしかできなかった。
━━赤谷誠の視点
浮遊感を感じたと思ったら、硬いものに激突する。
全身にズガンッと衝撃が走った。トラックに撥ねられたらこんな感じなのかなとか益体のない考えが浮かぶ。クソ痛い。
「うっ、死ぬ、死ぬ、骨折、してないか」
痛みにうめきながら起き上がる。
体をペタペタと触る。どっかから骨が飛び出したり、骨が折れているとかいうことはなさそうだ。
一応、ステータスを確認しておこう。
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【Status】
赤谷誠
レベル:0
体力 53 / 100
魔力 400 / 400
防御 100
筋力 30,000
技量 300
知力 0
抵抗 0
敏捷 0
神秘 0
精神 0
【Skill】
『基礎体力』
『基礎魔力』×4
『基礎防御』
『発展筋力』×3
『基礎技量』×3
『かたくなる』
『やわらかくなる』
『くっつく』
『筋力で飛ばす』
『引きよせる』
『とどめる』
『曲げる』
『第六感』
【Equipment】
『スキルツリー』
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地味にダメージ受けているが、痛みのわりに損失は少ない。
残り体力は53で持ち堪えている。
防御ステータスのおかげか? 防御偉大すぎるだろっ!
俺を引き摺り込んだ、あの黒い鎖……あれは一体なんなのだろうか。
ツリーキャットは確か「ダンジョンが出現する」とかなんとか。
もしかして俺の部屋にダンジョンが出現して、俺はそのなかに取り込まれた?
周囲を見渡す。
文明的な風味を感じる煉瓦造りの通路が手前と背後に続いている。
通路には光源らしきものはないが、ほんのりと明るい。視界が良いとは言えないものの、何も見えないということはない。
「ダンジョンだ……」
教科書でこんな感じの景色を見たことがある。
ダンジョンチューブではダンジョン攻略動画などを視聴したこともあるので、この雰囲気もどこか既視感がある。
ダンジョンには無数に種類がある。
ラビリンス型やフィールド型、ダンジョン属性系統の各々、天然洞窟のような様相か、今回のように人工物的な様相かなど……。
俺はふらりとたち上がる。
咄嗟にダンジョン装備を掴んで正解だった。
ミスったことがあるとすれば、ポイントミッションの『腕立て伏せ』を達成した直後そのままだったので、上半身裸なことだ。俺のマッスルが露わになってしまっている。
まあいい。ジャージに大した防御力があるわけでもない。
特別な装備なければ、服を着ていようが、上裸だろうが、あんまり変わんないだろ。
俺はトランクを握りなおし、ポケットに注射器を入れる。
「どうして俺はダンジョンに引き摺られたんだ……俺はどうすればいい?」
俺はあてもなくふらりと歩きだす。
「しゔぁ♪」
曲がり角の向こうから可愛らしい柴犬が現れる。
大きさは膝丈ほど。ふむふむ。
「しゔぁ〜!」
「うーん、くぁいいな、よしよしおいで〜」
「しゔぁ〜! しゔぁ〜! ━━シヴァッ!!」
破壊を司る神の名を叫びながら牙を剥く柴犬。
俺は首根っこを掴み「パワーああああああ!」と地面に叩きつけ、石レンガを砕きながら、柴犬も粉々に破壊した。
ピクピクしながら光の粒子になっていく柴犬。
「この赤谷誠、くぁいい犬ころに騙されるほど甘くはない」
何をすればいいかわからない。
だが、お前を破壊すればいいことはわかる、ダンジョン柴犬よ。
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