スキルツリー覚醒

 瞳の奥から熱いものがこみあげて来る。

 ここまでくればどんなに物分かりの悪い俺でも理解してしまう。


 俺のレベル0は逆転の伏線ではない。

 無能。凡才を遥か下回る貧才。

 俺は物語の主人公にはなれなかった。


「……諦めるわけには、行かない。諦めたら、俺は、俺には、なにも残らない……」


 早朝、馴染んだ体操着を取り出す。

 着ようとしたところで手が止まる。

 本当はもう擬似ダンジョンにもトレーニングルームいも行きたくない。

 行くほどに自分の才能の貧しさが白日の下に晒される。

 でも、行くしかない。行くしかないのだ。

 ちっぽけなプライドを守るよりも大事なことがある。俺は自分にそう言い聞かせ、沈鬱な気持ちを抑え込んでジャージに袖を通した。


 訓練棟のトレーニングルームへやってくる。

 学生証をかざし、靴を履き替える。

 休日の朝ということもあり、生徒の数は少ない。

 ウェイトトレーニングのマシンは数が限られているので、利用者が少ないことは嬉しいことだ。


「おはよう、赤谷」

「お前、今日も早いな」


 銀色の髪をポニーテールにしてまとめている美少女。

 教室での俺の隣人、スイス人留学生のアイザイア・ヴィルト。

 目のやりどころに困る豊満な胸をスポーツウェアに押し込んで、ホットパンツ姿でウェイトトレーニングしている。日本の青少年には刺激が強すぎる。


「今日も辛気臭い顔してるね」

「そうだな」


 会話になっていない会話をして、俺はランニングマシンへ。

 まずは30分ランニングをする。体を温めてからウェイトだ。

 隣のランニングマシンにヴィルトがやってきた。

 ワイヤレスイヤホンをつけて走り始めた。

 どんどん速度が上がっていく。

 ランニングマシンの設定を見やれば時速60kmとなっていた。

 彼女は涼しい顔でランニングをしている。

 

 こいつも俺とは違い領域の探索者だ。

 俺は入学した段階ならみんなおんなじスタート地点にいると思ってた。

 それは大いなる間違いだった。


 天才はいる。悔しいが。

 祝福者はステータスとスキルを覚醒させた段階で、つまり最初の最初、素養の段階で潜在能力がだいたい決まるのだという。


 天才は最初から強い。

 レベルアップも早いし、ステータスの伸びも桁外れ。

 このアイザイア・ヴィルトという外国人は見た目だけでなく、その素質においても俺とは生まれた星の元が異次元すぎる。


「いつまで続けるつもりなの」

「え?」


 いきなりヴィルトはつぶやいた。

 横顔を見てたのがバレたのか、チラッとこちらを見てくる。

 

「毎朝、毎晩、休日もこうやって訓練棟に来てさ、頑張ってるよ。赤谷はすごいよ。そんなに努力できる生徒はなかなかいないよ。でも、わかってるはずだよ。赤谷は雑魚だよ。本当に弱いと思う。レベル0だしスキルない。ほとんど一般人」

「……お前は日本で遠慮とか慎ましさとか学んでくれよ」

「慎ましさ。覚えておくね」


 あっけからんと眩しい笑顔を浮かべ、それっきり彼女はランニングに集中した。マシンの回転数はさらに上がり時速70kmまで上がっている。化け物か。


 2時間ほどトレーニングに費やした。

 次は擬似ダンジョンへ向かおう。

 トレーニングルームを去る前にヴィルトの方へ向き直る。

 彼女はまだしばらくメニューをこなすらしい。天才が努力しやがって……。

 ふと、こちらへ向きなおる。


「人には向き不向きあると思うんだ。大事な高校生活、何に使うのか考え直してもいいかもよ」

「何だよ、アドバイスくれるのか」

「そうだね。超天才から道端の埃へのありがたいお言葉だと思ってくれれば嬉しいな」


 誰が道端の埃じゃい。


「赤谷の頑張りが徒労に終わってほしくないんだ。無駄になっちゃうのって悲しいじゃん」

「ありがとう、真面目に将来のこと考えてみる」

「うん、頑張って、応援してるよ、赤谷」


 俺はトレーニングルームを後にし、擬似ダンジョンでポメラニアンにボコされ、近くにいた生徒に救助され、そうして全身傷だらけになって昼下がりの寮に戻ってきた。


「マジでもう諦めよう、無理だって。結局、俺はダメなやつだったんだよ」


 ベッドに身を投げる。

 描いていた夢は遥か遠い。

 探索者になって一攫千金を目指すなど幻想に終わった。

 

「もう実家に帰るか、あの親父に頭下げてお願いして……ん?」


 俺の手首に妙な模様があることに気が付く。

 燃えるような赤色の亀裂が走っているのだ。


「うわっ!」


 びっくりしてベッドから飛び起きる。

 意識すると赤い亀裂は途端に痛みとなって俺の意識に紐づいてきた。


「熱っ、何だこれ、血が出てるのか、いや違う、でも!」


 痛みは加速度的に増していき、皮膚の下から何かが飛び出して来るような、言葉にし難き恐ろしい感覚に見舞われた。衝動のままに俺は腕を抑えるが、とても抑え切れるものではなく、それは裂傷となって俺の腕を破ってきた。


 今度は本当に血が出た。

 それも噴出するような出血だ。

 あまりの痛みに耐えきれず、俺の意識はそこで途切れた。


 ━━しばらく後


 目が覚めると俺は自室の床に倒れていた。


 俺は右腕をそっと持ち上げる。

 赤い傷口が木の根っこのように走っている。痛みはない。

 床には血だまりができており、さっきの出来事が幻ではないと伝えてくる。


「さっきのは一体……ん?」

 

 眼前に俺のステータスが表示されていた。

 いつ見ても貧弱の極み。雑魚すぎるステータスウィンドウだ。

 できればもう見たくもないが……表記が追加されていることは見過ごせない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Status】

 赤谷誠

 レベル:0

 体力 1/10

 魔力 10/10

 防御 0

 筋力 0

 技量 0

 知力 0

 抵抗 0

 敏捷 0

 神秘 0

 精神 0


【Equipment】

 『スキルツリー』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 【Equipment】……つまり装備品の欄に何かある。

 『スキルツリー』だと。一体何のことだろうか。

 俺が装備してるという意味合いの表記だろうが、俺はなにも特別なものを装備してはいない。


「まさか」


 脳内に奇妙な囁きがあった。

 本能、直感。そういった類いの理屈のない判断。

 俺はなんとなく右腕を持ち上げる。赤い放射状に広がる傷口。

 右腕に力を込めると、直感的に皮膚の下から突きあがる存在を感じた。

 俺の右腕を破って、赤く淡く光る樹が飛び出した。

 同時に俺のステータスが表示される。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Status】

 赤谷誠

 レベル:0

 体力 1/10

 魔力 10/10

 防御 0

 筋力 0

 技量 0

 知力 0

 抵抗 0

 敏捷 0

 神秘 0

 精神 0


【Equipment】

 『スキルツリー』


━━━━━━━『スキルツリー』━━━━━━

【Skill Tree】

 ツリーレベル:0

 スキルポイント:1

 ポイントミッション:『外周』

【Skill Menu】

 『基礎体力』

  取得可能回数:5

 『基礎魔力』

  取得可能回数:5

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 スキルツリー……ウィンドウ、だと?

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