第2話 魔導司書のお仕事

「今更なにを。お前はそれを覚えるのに長けた、学院始まって以来の変人だろう」

「あ、やっぱ変人なんだ」

「天才というのはヴェルバ殿のような方をいうんだ」

「ですよねぇ」


 この世界での俺──フランゼルは、生まれて間もない頃。ヴェルバという、年配の魔導師に師事していた男に拾われた。その父さんも数年前に亡くなった。

 本当の両親は知らない。父さんやヴェルバのじいさんの影響もあって、俺は昔から魔導師たちの仕事に興味があった。


 しかし、『詠唱』に関して。それだけは、二人の影響だけでのめり込んだワケではない。


「……! もうこんな時間か。準備せねば」


 9時開館で、現在は8時半。

 そういや、時間の概念は前世と一緒だな。


「あ、今週は風魔法多めに記すかなと思って、昨日カーツェン草干しといたぞ」

「た、助かる」

「はいはい」


 魔導司書と書記官の仕事はわりと違う。

 セスリーフは、今からリライト用のインクを作る作業に入る。


「やりますかね~」


 魔導司書の一日。

 フランゼルとして生きた俺にはその記憶がある。

 前世の司書を目指していた記憶を取り戻した後だと、変な感じがするな。


 ひとまず、書架整理は完了。

 書棚に並んだ本は、背が見えるように立てて並べてある。

 複本があるってことは、印刷技術もあるわけで。前世の図書館で見ていた光景とそう変わらないから、この世界……少なくとも17世紀くらいの文明はあるよなぁ。


 前世と今世のちがい、か。


 姉ちゃんに聞いた感じだと、前世の図書館司書の一日は……、

 返却、貸出。帰ってきた本の配架。

 資料相談レファレンスに、新刊の受け入れ、本の予約。

 定期購入の選書に、発注。

 季節の飾りつけやイベント。話題の展示とPOP作りに手が空いたら本の修理。

 一年に一回は蔵書の点検、除籍。


 各館独自で行うサービスや展示もあるだろうし、実はめちゃめちゃ忙しいって言っていた。


 対して魔導司書、俺の一日。

 大まかには姉ちゃんと似てはいるけど。一番違うのは、『魔導書』は魔導学院を卒業していない者には貸し出しができない、条件付きの禁帯きんたい本ということだ。

 魔導書記官がペアである理由にもなっている。


 そんな事情もあって、前世の司書以上に書名。さらには本文である『詠唱えいしょう』を覚えていると頼れる魔導司書! って感じだ。

 こっちにはパソコンもないからな。


「来週は学院と魔導省、うちの合同で選書せんしょ会議だったよな~」


 魔導師たちの所属は、各国にある魔導省。

 そこから序列に従って配属がされる。


 来週は冒険者ギルドの外部顧問をしている、偉~い魔導師と打ち合わせがある。

 今ある蔵書ぞうしょを把握して、最近発行された魔導書で必要だと思われるもの。

 それを選書して、魔導省と学院とも意見をすり合わせて──初めて購入ができる。


 前回受け入れた新刊を頭に入れておかないと……。


「この世界の詠唱、長いんだよなぁ。よくいろいろと覚えたな俺」


 新刊コーナーに立てられた一冊を取り出す。

 ぺらぺらとめくり、興味を引かれたページで手をとめた。


「ふーん? 魔名は中級の【アイス・トレーネ】……水属性の氷魔法か。なになに?

【清浄なる覇者、氷の名を戴く者よ。その滴は何人の哀しみを背負い、何人の喜びを知り、何人の罪を洗い流したか。我の祈りは其の御心を知り、意志となろう。よって今ここに其の滴は礫とならん】……うん、長いね」


 この世界の魔法は、詠唱と魔名の組み合わせで発動させる。

 なっがい理由は精霊との関係にある。

 だが、魔導書に魔力を込めたインクで詠唱を書けば、あら不思議。

 それが口上の代わりとなって、魔名を唱えれば魔法は顕現する。


 カードゲームでいえば、魔導書は使いたい魔法の詠唱を集めたデッキみたいなもんだな。

 んで、魔導書のページ数ってのは魔力量によって上限が決まってるもんで……必要に応じてデッキの組み合わせを変える必要がある。


 主にその組み合わせを変えたい時が、俺たちの出番だな。


「著者は、……あぁ。水属性のエキスパートだな。納得」


 ってことは、次の新刊は水属性以外がいいか。


「ヴェルバのじいさんに頼まれたのは、地の精霊魔法っと」


 以前選書した時の書名は控えてるから、なるべく被らないように。

 トレンドも意識しつつ、魔導書を選んでいく。


「お、そろそろいい時間」


 開館5分前。


 魔導学院は前世でいうと……、中学から高校。

 最初の3年は魔法と一緒に 読み書きや一般知識も含め勉強する。

 上級生にあたる4年生以上に進級するかは、当人の魔力や成績、希望による。

 授業も1コマ空いたりするし、雰囲気は大学に似てるかもな。

 学院の生徒以外も来るし、魔導図書館は1日中誰かしら居る状態になる。


「こっちは終わったぞ」

「お、せっちゃん」

「っ、……はぁ」

「諦めた」


 セスリーフは前髪を真ん中で両サイドに分けた、さらっさらの黒髪に翠の綺麗な瞳。

 整った顔立ちに、クールな目元。黙っていれば、そりゃあ女子が騒ぐ。

 ただ、真面目であまり人を寄せ付けない印象だからか、冗談があんまり通じなかったんだけど……。

 最近はけっこう、諦めの境地に至っているらしい。たまにしか言い返してこない。


「はー、今日はレファ何件だろうなぁ」

「さあな」

「俺はいいんだけどさぁ。せっちゃん、リライトって集中力いるだろ? 疲れない?」

「別に」

「さすがだなぁ」


 セスリーフの余裕さに感心していると、


「──あ、あのぉ。すみませ~ん」


 他の職員が開館作業を終え、すでにカウンターには人が立っていた。

 学生が、レファレンス資料相談に来たみたいだ。


「はいはい、なんでしょ」

「今日はフラン先輩が担当ですか?」

「今日、だな」


 そう言うと、ショックを受けたような。愕然としたような表情に変わる。

 初めて見るヤツだから、新入生か?

 ふわふわとした緑色の髪が切なげに揺れる。


「え、ええぇ……。せ、セスリーフ先輩に変わって頂けませんか?」

「僕が? 断る」


 バッサリと切り捨てるセスリーフ。


「ええぇ……」

「おいおい、もっと言い方ってのがあるだろ」

「僕は書記官だ。選書は司書に任せる」


 相変わらずのジト目だが、その言葉にはどこか選書に関しての信頼も感じられる。

 一応、セスリーフも魔導師なんだから兼任してもいいのに。


「ウワサはほんとうだったんですね……。新人にして序列14位のセスリーフ先輩が、まさか書記官だなんて……」


 たしかに書記官は魔導師でなくとも務めることができる。

 だが集中力を要し、未熟な者は1日に何度もリライトはできない。場合によっては詠唱のアレンジもするので魔導師が務める方がもちろんいい。


 ここでの意味は、『セスリーフは期待をかけられた新人ながら、上昇志向がない』ということだ。


「お? せっちゃんは優秀だぞ。仕事早いし、丁寧だし」

「それは知ってますよ!」

「……いいから、早く仕事しろ」

「おう。んじゃ、どういった魔法を記したいんだ?」

「は、はい。えっと~。今度風魔法のテストがあるんですが。自分の魔導書に今ある、授業で先生に書いてもらった詠唱だと、みんなより威力が格段に弱くってですね……。練習しても変わらないので、詠唱そのものを変えてみようかと」

「ほーん? 見せてみろ」

「はっ、はい。【グリモワ】」


 自分の名前、自分が決めた詠唱を前世でいうところの奥付に書いた自分だけの魔導書。

 生徒がそれをよび出すと、とあるページを見せてくれた。


 魔名は【ウィンド・アロー】。初級の風魔法だな。

 詠唱は、

 【風の精霊、旅する者よ。大地を駆けるその足を止め、しばし我が風の矢を導く疾風となれ】

 ……か。初級だし詠唱は短めだが。


「【ウィンド・アロー】に『旅』と『大地』を持ってくるのか……。アロー系で壮大な自然を思わせるこの言い回し。お前、エル先輩んとこの生徒か」

「そうです。エルハンス先生の詠唱は、有効範囲を広く設定することが多いみたいで」

「だな。ってことはアレだな、アレ」

「そもそも君の魔力と風属性の相性が悪いか、あるいは魔力の瞬間出力の問題か。魔力の持続の問題か、その全部かだな」

「そう、ソレ」

「……」


 あれ? 見慣れたジト目。


「今の総ページ数は?」

「10です」

「10か。新入生にしちゃ上出来だ。あいつの【鑑定】は正確だから……魔力回復薬がないと想定すると多く見積もって8。上級生になると精霊魔法も2ページは入れるだろうし……うーん」


 オリジナルの魔導書は1ページ1詠唱が基本。

 魔力の込められたインクで記したそれは、魔法で書き直しリライトすることができる。

 魔導図書館に置いてある閲覧用の魔導書は、リライトできないよう封印ブッカーが掛けられ保護済みだ。


 総ページ数は【鑑定】スキルを持ったヤツが算出した、現在の魔力量を元に設定されている。


「……エルハンス先生のページを、リライトした方がいいでしょうか?」

「そうだな。ちょっと待ってろ。たしか書庫に……」


 カウンターの後ろには事務所のようなスペースと共に、表に出さなくなった本が置いてある閉架へいか書庫がある。割と広いそこから一冊持って来る。


「他国の複本ふくほんだが、賢者アルタウファの著書ちょしょだ」

「!」

「はぁ……?」


 生徒が疑いの眼差しを向ける。無理もない。

 このアルタウファという賢者は、とある土魔法の性能を格段に向上する詠唱を編み出した人物。一見すると生徒に必要な情報が載っているとは思えない。


「彼は砂漠があるサウラスの出身でな。風の精霊に助力を乞う時には、砂を広範囲に巻き上げる風よりも……局所的な。風が鋭利な刃のようになる魔法を好んだんだ。風で砂が舞うと、視界の妨げになる。自身の安全も考慮したんだろう。範囲は狭まるかもだが、魔力を今以上に凝縮する目的なら……彼の詠唱は参考になる。【ウィンド・アロー】も載ってたはずだ」

「! へぇ……!」


 選書した理由を説明すると、生徒は感心したように目を輝かせる。


「賢者アルタウファを有名にしたのは地属性の魔法だが……こぼれ話も知ってると、彼の著書がまた違って見える。魔導書にも著者の背景ってのか、そういうのが垣間見えてけっこう面白いぞ」

「……知らなかったなぁ! フラン先輩、意外とすごいんですね!」

「意外は余計だっつーの。リライトすんなら、せっちゃんにお願いするんだぞ」

「はーい!」

「館内は静かに」

「す、すみません~」


 ひとまずあとをセスリーフに任せることにした。

 優秀な彼がリライトをさくさくと終えると、学生は満足そうに手を振って帰って行った。


「──意外だな。お前は魔導書に傾倒するあまり、人物に興味はないと思っていたが」


 またもや意外との評価を得る。


「逆だろ、逆。人だの世界だのに興味がありすぎて、いろんな物語や知識が載ってる『本』ってヤツが好きなんだろ。その中で俺は特に魔導書が好きなだけだ」

「! そう、か」

「だから、俺が一番興味ないのは……。案外俺自身だったのかもな」


 でも今は。前世の記憶がある今は、自分自身にも大いに興味がある。

 そもそも、なぜ転生したのか。

 転生した先──フランゼルとして、魔導書に興味を持つきっかけとなった人物。

 彼女はいったい誰なのか。

 

「知りたいって欲求は、なかなか止められないもんだな~おもしろ」


 ま、人様に迷惑掛けない程度にってことで。

 その欲求を満たしてくれる『本』が今も昔も好きなんだろうなぁ。

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