第1話 魔導司書と魔導書記官


 ──ル


 姉ちゃん、無事かなぁ。


 ────ゼル


 ん?

 誰だよ、うるさいなぁ。

 もう少し、寝かせろよ……。


 ん?

 ってか、


 姉ちゃんってだれ……?


「────、フランゼル!!」

「っ!?」


 大声が耳元で発せられ、俺の中で反響する。

 寝ていたであろう体は、文字通り飛び起きた。


「……せ、せっちゃん! ひどいよ!」

「っ、その名で呼ぶな!」


 俺を蔑むような目で見る黒髪の美形、セスリーフ。

 ちょっと呼びにくいから、あだ名は『せっちゃん』だ。

 命名、俺。

 まつ毛の影が目を縁取っているからなのか、目つきの鋭いせいなのか。

 なんか知らんが、妙に大人っぽい雰囲気の男。

 俺とおなじ18歳なはずなのに……。


「勤務中に堂々と居眠りとは。……選書は済んだのだろうな?」

「なんの?」


 セスリーフはズレた制服のマントを払うと、腕組みをして俺を睨んだ。


「~っ、お~ま~え~は~」

「うそうそ! アレだろ。え~っと、なんだっけ。アレだよ、アレ」


 我ながらアレしか出てこないのも情けない。


「……はぁ。ヴェルバ殿が来週の授業で使う魔導書を見繕うよう、お前に頼んでいただろう。あの方は数少ないお前の肩を持つ人なんだ。ご期待にちゃんと応えろよ」

「ほ~ん?」

「……なんだ?」


 相変わらずジト目で俺を見つめてくる。


「せっちゃんって、俺の魔導師としての立場……心配してくれてんの?」

「なっ!? そ……そんなワケ、あるか!」

「全力否定しなくても……」


 セスリーフは魔導学院からの腐れ縁で、ずっと同じクラス。どちらかと言うと俺のことを嫌っていると思っていた。

 俺とちがって超真面目。お偉いさん方の覚えもめでたいエリート。立派な家柄だし、おまけに性格も正反対だし。

 いつも突っかかってきては、「だらしがない」だの、「やる気を出せ」だの。ダメ出しばかりされていた。


 けど、魔導学院を卒業して。現在この国では30人ほどしかいない『魔導師』の資格もなんとかとれて。

 本来は魔導師たちが持ち回りで管理するはずの、この魔導図書館の司書を「無能だから」と長期で押し付けられた俺に、相方として立候補したのがこいつだった。


 正直そうされる理由はまっっったく思い当たらない。


 俺は魔導書が好きだから、この仕事を任されるのは万々歳なんだけど。

 他のヤツらからしたら魔導司書の役割は魔導師たちの『影』。

 まぁ……仕事は派手じゃない。魔導学院で教師をしたり、王宮付きになって研究に没頭した方が権威としては箔がつく。


 だからペアにあたる魔導書記官を務めるのは、学院を卒業した魔導師見習い──魔術師が修行も兼ねて務めることが多いんだけど。


 こいつ、なんでわざわざ立候補したんだ?


「せっちゃんなら、魔導師のエリート街道まっしぐら! なのに~」

「……お前に言われると、嫌味にしか聞こえない」

「いやいや、俺のスキルのこと知ってるだろ?」


 俺が魔導師の中で冷遇されているのは、なにも人柄の問題だけではない。

 まぁ、マイペースでゆるーい奴ってのも自覚はあるけど。


 一番の理由は【スキル】が無能だから。


 体を巡る魔力を、魔導書を通して初めて具現化した時。

 初めて、神の叡智に触れた時に人はスキルを授かる。

 具体的には【グリモワ】という、魔導書を出したり収めたりする空間魔法をはじめて使えた時にスキルが判明する。


 セスリーフは【デュアルスペル】っていうカッコいい名前のやつ。


 本来は、なっがい詠唱を読み上げないと魔法を発動できない。

 そりゃもう、なんでそんなに長いんだってくらい長い。

 上級魔法になると、本の1ページ分くらいのがゴロゴロある。


 けど人はそう都合よく覚えられないから、魔導書に魔力を込めて記せば魔導書が読み上げる工程を担ってくれる。んで、人が魔名を唱えるだけで魔法は発動する。


 セスリーフのスキルはその詠唱の言葉に二つの意味を込めることで、違う魔法を同時に発動させる……らしい。カッコよすぎだろ。

 スキルの授業はサボるか寝ていたから、実際には見たことがない。


 対して俺の授かったスキルは、【コードメイカー】と呼ばれるまったく訳の分からんスキルだった。発動したことは一度もない。

 他の魔導師に聞いても「知らん」で終わる。終いにゃバカにされる。


 努力して首席で卒業したところで、神からの贈り物であるスキルが無能なら意味がないってことだ。世知辛いねぇ。


「逆に言えば、スキルのことがなくとも魔導師になったお前は──」

「お? お? 天才だって?」

「──、変人だな」

「せっちゃん、ひどい……」


 雑な扱いは魔導学院時代とそう変わらないけど、他の魔導師とちがって俺を無能扱いしないところは……なんかムズがゆいんだよな。


「あれだな。本の虫、スキルに勝る!」

「虫なら喋るなよ」

「そ、そんな」


 ……若干、辛辣すぎる気もするが。


「寝ぼけた頭、さっさと起こせ。そろそろ学生たちが来るぞ」

「あ、はい」


 開館前とはいえ、一応勤務時間内。

 うたた寝していたのはまぁ、俺がわるい。

 昨日遅くまでヴェルバのじいさんの魔導書読んでたからなぁ。


 そう言えば……。

 さっきの夢、あれはいったい何だったんだ?

 妙に現実味を帯びているというか、懐かしいというか。


「選書がまだなら、さきに書架整理してこい!」

「はっ、はーーーい!」


 未だボーっとする俺に、見かねたセスリーフが怒鳴りつけた。



 ◇



「えーっと、まずは無属性か」


 ずらりと本が並べられた棚を前に、俺は高揚する。

 棚には『無属性』と項目名が割り振ってある。


 魔導図書館の性質は、なんといっても『魔導書』専門の図書館だ。

 学院の側に建っており、生徒はもとよりすべての魔法を扱う者が利用する施設。


 魔導書ってのは魔法を扱う者が、魔法の解説なんかと一緒に詠唱を記載した本。

 同じ魔名の魔法でも、詠唱によっては特徴が異なる魔法になる。

 最低限に必要な詠唱さえクリアすれば、あとはアレンジが効くってやつだな。


「よしよし、いい子だ」


 書架整理の手順。まずは項目ごとに倒れている本を立てたり、本の背を手前に揃えたり。乱れを整えること。

 配架がまちがっている本は抜き出してまとめておいて、あとで戻す。


「……うーん、美しい!」


 一通りきれいにした後は、もう少し丁寧に。バランスよく、詰め過ぎず。


「もう少し静かに整理できないのか?」


 いつの間にやら近くに来ていたセスリーフ。

 相変わらずのジト目。


「あ、声出てた?」

「あぁ。虫なら喋るな」

「ひどいな~」


 例えで言っただけなのに。


「入り口付近の面出しはどうするんだ?」

「そうだなぁ。昨日学生に聞いたけど、週末に学院で風魔法のテストがあるらしいから、風属性から出しておくか」

「ほう」


 本に直接触れ整理をしていると、なんだか生き生きとして見えてくる。

 こいつらも嬉しいんだろうか。


「そーいう書記官どのは、仕事に追われてないんです、かっ」

「ないな。リライトの件は昨日のうちに終わらせている」

「さすがですねぇ」

「褒めてもなにも出ないぞ」

「いえいえ、そんな──……?」


 今のやりとり、どこかで?


「……? どうした」

「いや、なんか……」

「まぁおかしいのはいつものことか」

「……」

「お、おい?」


 既視感……?

 夢で見た気がするそれは、夢で片づけるには妙に記憶に刻み込まれている。


「これって」

「ど、どうした」

「ん? あ、いや。なにも」

「っ、そうか」

「お、これ天が汚れてるぞ。キレイに削れるか?」

「ふむ。……このくらいなら問題ない。というか自分でやれ」

「せっちゃんの方が上手だからさ~」


 正直手先はそんなに器用ではない。


「まったく……。それにしても、元の場所に目印は要らないのか?」

「え? そんなのなくても分かるでしょ~」

「そうか? 無属性というだけで、あとは著者名の順だろう? ……もう少し、用途に応じた分類の指標を設けられればいいのだが」

「ま、みんなここの魔導書から必要な詠唱を抜き出して。書記官に書いてもらって。オリジナルの魔導書を作ってるからなぁ。魔導司書がわかってりゃ…………って分類?」

「?」


 なんだっけ。それ、すごく聞き覚えが──


「せっちゃん、ごめん。俺って、ダレだっけ……?」

「は? とうとう頭が……。お前は、フランゼル・エルノ。バカでふざけた奴だが、まぁ。前回の魔導学院卒業試験、魔導師試験、魔導書内詠唱暗記試験。それぞれ首席の三冠達成者だ」

「お、オッケー。やっぱ俺って、天才……エルノ? うーん」

「おい、どうしたんだ? お前、さっきからおかしいぞ」

「なんだっけ、もう少しでなにかが……」


 エルノ。

 なーんか、どっかで聞き馴染みある名前だな。


 エルノ。

 えるの。

 ……えんの?


「エンノ。……円野えんのみなと!?」

「だ、大丈夫か?」


 その名を思い出したと同時、頭が割れるような痛みに襲われた。

 記憶、感情、情報。

 さらには最期のあの光景が駆け巡り、俺は……前世の『自分』を取り戻していた。


 ──俺、転生したのか!?


 フランゼルとしての記憶も持ち、日本で生きたミナトの記憶もある俺は……思った。


 姉ちゃんは、無事だったのだろうか。

 異世界ってこんな感じなのか。

 まるでゲームの世界だな。

 そもそも俺は、あの時死んだのか?

 前世は黒髪黒目だったのに、今や金髪に青い瞳。

 ゆるふわの長めの髪に、少しタレ目な……今世は意外とイケメンだ。とか。


 いろいろ思ったが、


「──この世界の詠唱、長すぎない!?」


 まず不思議に思ったのは、このことだった。


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