第5話 迷惑な幸運

「ネコ神様、お伺いしたいことがあるのですが」

 恐る恐る、声をかける。ふざけた顔だが動物園のライオンより大きな体に気圧される。


「最も我に信心しんじんを捧げし者よ、そなたの願いが叶い始めたのだ喜ぶがいい」

 ヨダレ顔に似合わぬ、イケメンボイス。


「非常に申し訳ないのですが、その願いを取下げ出来ますか?」

「なんと慎ましやかな、遠慮は不要」

 あ、なんかウザイ。


「いや、取り敢えずこっちの質問に答えてください。願いの取り下げは出来ますか?」

「無礼な物言いを許そう。取り下げは出来るが、世は混沌と化すだろう」

 ヨダレイケボがそれっぽい事を言うが、意味がわからん。


「具体的には?」

「方向性を持たぬ祝福は、周囲に無秩序な幸福をもたら――」

 ベシ!

 私の平手がネコ神の頭をはたく。


 ハルがアワアワ顔で振り向いて、私の気を大きくさせる。

「私に分かる説明をして下さい」

 ネコ神の口がモゴモゴ言いたそうに閉じてヨダレが止まる。


「ワシの力は満ち満ちて願いを叶えなければ、幸福が暴発するんじゃ。そうなれば、日本全体が未曽有みぞううの好景気になり、バブリーでラグジュアリーなイケイケの世界になるんじゃ」

 声色が普通の人のようになり、なんでこんなんが一番の信心者しんじんものなんやと、ブツブツ言ってるが無視する。

 ネコ神の話と社会の授業から、なんとかイメージする。


 ふかふかのソファーに沈み込むと、黒のスーツを着たハルが、私の肩を抱いて指を鳴らす。カーテンが開き全面ガラス張りの夜景が広がる。駅ビルに「スキ」と明かりがつき、花火が打ち上がる。ハルはよく見る箱から指輪を取り出し、私の薬指に……


「先に言うとくが、そうは成らんからな」

 あきれたようなネコ神の視線に気づいて我に返る。


 ネコ神がため息を吐いて続けてくる。

「あと、信心者の願いをかなえるのと分けがちゃうから、激しい幸運と不運の波がおこるじゃろうな」

「え、じゃあ私のせいで人が不幸になるの?」

「それは無い。幸運については波打って差し引きゼロじゃ」


 少し考えてひらめく。

「うーん。じゃあ私が大金持ちになりたい。信心者の私なら不幸は来ないんでしょ」

「無理、それは欲望じゃ。ついでに宝くじに当たりたいとか、お金の願いは無かったからな」

 ガーン!この日ほど、親が宝くじを買わないことを恨んだことはない。

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