第4話 猫の神

 私の願いがかなったとき、人を不幸にしてはいないのだろうか?


 父が活躍する姿を見たいや、妹が欲しいなどは願ったが、父の生死の境を見ることや、母が苦しむことを望んだわけではないのだ。


 おじさんが体調不良の母を迎えに行ってくれた。母が人を頼るなど、太陽が西から登るくらいに珍しいのだ。


 私は家に帰ってザッとシャワーを浴びる。シャンとする。悩んでどうにもならんことは悩まん。

 切り替える、時計を見ればまだ間に合う。母の食事の足しになるように、料理はリズム!


 鍋に火をかけ、米を研ぎ

 お昼に合わせて予約炊き

 薄揚げ、豆腐、ネギを切る

 薄揚げ鍋に放り込み

 ネギを小鉢にラップする

 粉ダシ、味噌入れ、鍋をまぜ

 包丁、まな板、洗い切り

 鍋がぐらつき火を落とす

 味見て豆腐をぶち込んだ


 家を出る。背が見える。ダッシュでハルに手を伸ばし、肩を叩いて、追い越して

「一緒に行こう」

 通せんぼをする様に回り込む。

 二人きりの間しかハルは構ってくれないのだ。


 シャンプーの香りと笑顔を振りまいて、ハルの顔を覗き込む。

 顔を赤く背ける様子がおかしくて、9割の大丈夫で私から手を引くようにつなぐ。

 でも、1割の不安で首が後ろに回らない。

 握り返す手の感触、ドキドキの心臓を掴まれて、安心してもドキドキだ。

 今日はしっかり手の感覚が分かる、爪が短く切られてて、指の縁が硬い指先は乾いて、手のひらは少ししっとりし、少し熱い。

 ちょっとハナが膨らんでるような気がして、顔を見せたくない。

 けど、空いた片手で何度も前髪を直してしまう。髪の毛が完全に乾いてきて巻いたり、跳ねてないかメッチャ気になる。

 「昨日プレゼントありがとうな」気づかれないように意識して呼吸して、よし振り向いて言うだけなのに、大繩の入るタイミングがわからない子供みたいに肩だけ前後に揺らしてしまう。

 言葉がのどまで出ては引っ込んで、頑張って唇をくすぐっているうちに、踏切の音が合図となって手はほどけていく。

 

 いつもの電車のいつもの二人と合流する。双子の兄妹のタイヨウとナギサだ。

 「おはよー」

 みんなそれぞれ挨拶しながら、私はナギサと、ハルはタイヨウと一緒に歩き始める。ハルとの距離が広がっていく。

 前を歩くハルの「宿題むずかった」の声でハルの表情が分かる。気分が乗ってる時の声色だ。

 手をギュッとしながら、私も同じようにナギサに「宿題むずかったよね」と話しかける。ハルにも私のうれしい気持ち伝わるのかな?

 昨日まではこのチョット楽しい落ち着いた時間が大好きと言えたけど、今は、ハルの指先が手に残っていて何かが足りない。


 学校に着く

 いつも鼻毛が出てる、コンニチワ先生ことコンチが、自慢の?鼻毛は切り取られ、身だしなみを整え、白スーツで廊下を進む。

 なるほど、鼻毛がなくなるとゲジ眉が目立つ、個性が渋滞していたのだと感心する。

 いつもおかしな先生が、やはりおかしな先生になっていた。


 教室に着く

 昨日、駅で見送ってくれた、担任のユイ先生が結婚報告を始めた。

 授業で生徒に結婚したいと疲れた顔で漏らしていたので、めでたいことだ。


 他にも、

 野球部の子が窓を割り、ヒビが入ったガラスが新しくなる。

 野球部みんなで反省の為、清掃して学校が綺麗になっている。

 割れたガラスでほんの少し怪我をして保健室に付き添って、アレちゃんとコレくんが付き合うことになっただの。

 私が望んだ気がすることが次々と耳に入ってくる。昨日何もなければ、今日はなんか色々あるなーで終わるのだが、全て私に原因があるとなると話は変わる。


 眉間のシワが気になった頃に学校が終わる。スマホが震える、父からだ。

「家は大丈夫だから、ハルくんと誕生日デートしていいぞ」

 メッセージと元気そうな母とのツーショット写真に対し

「ハルと遊んで帰るね」

 と返信する。


 では、お言葉に甘えてハルと神頼みへ行ってきます。


 ハルの家から七輪、炭、軍手、トング、タオル、ウエットティッシュ、うちわ、ライター、着火剤、割箸、紙皿、アルミホイル、すだち、醤油、大根おろしをリュックに詰めハルが背負う。

 私は駅ビルの百貨店で、お高いサンマを購入し、ハルの家のクーラーボックスに鮮度が命と氷と水で満たして肩に担ぐ。


「いってらっしゃい」

 準備を手伝ってくれたおじさんが一服がてら外まで見送ってくれる。


 猫神社は真っ直ぐ空を見上げるような階段を200段ほど登り切った所にある。

 ハルと階段を登っていく。枝先の葉が緩やかに色付いて、夏の終わりを感じる。日が暮れ始め、階段ですれ違う人はいても、前後に登る人はいない。


 クーラーボックスの肩紐が食い込み、汗が吹く。

 日頃から、駆け上がっているのに荷物があるだけで、こうも勝手が違うとは。

 大きなリュックのハルは平気そうだ。持久走は私より遅いのに。

「それ持ってやるよ」

 あっさり、奪い取るようにクーラーボックスを担ぐ。

「ありがとう」

 ハルは二人の時だけ、構ってくれる。

「じゃあ、リュック押してあげる」

 後ろに回って持ち上げる様に力を入れる。

 顔を見られたくなくて。


 階段を登り切り、手口を清めて、

「はい」

 ハンカチを貸す。

「ん」

 手口を拭って

「サンキュ」

 返ってくる。

 姉弟きょうだいのようなやりとりは小さい時から変わらない。


 鳥居をくぐる。

 薄目で見れば黒猫がいるらしい御影石の玉が、夕日だけでなく、駅ビルの反射光でも照らされ輝いてている。


 早速、慣れた手つきでハルが炭を起こす。額の汗と真剣な目に、心の中でいいねをした分だけ、うちわで扇いであげた。


 サンマを焼き始めると。ネコ神様がいた。

 座った状態で私の背丈ほどもある大猫で、艶やかな黒い毛並みは、夕日の光を反射し輝き、黄金の瞳は宝玉のようだが……


 神々しさは霧散する。


 サンマを見る目に欲がダダ漏れ、ヨダレをダラダラだらしない顔、なんだこのネコは?

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