第105話 私の考え


「最後の場面──なぜ貴様は三郎を助けようとした。貴様は、俺たちに妖怪ではないと認められたいのだろう? それならあいつを助けようとしたことは不利益にしかならないはず。貴様の頭なら、それがわからないわけではあるまい」


 そう、ミトラが救ってくれたからよかったものの、人間側と認められたい私としては最悪の行為だ。人が人なら、その場で敵扱いされてもおかしくない行為だった、



 それでも、私は足を止める訳にはいかなかった。あの、三郎が泣き崩れていた場面で助けようとしていたこと。無関係だったあの人たちが殺されるのは絶対に見たくなかった、無関係な人が、突然命を奪われるつらさは──私だって心の底から理解している。

 助けるということは私には不利でしかないことはわかっていた。


 それでも──私はそんな選択を取りたくなかったのだ。それで敵扱いされるなら、それでもかまわない。戦うことになっても、甘んじてその運命を受け入れるつもりだった。


「たとえ相手がどんな人でも、私は助けないなんて選択肢はとりたくありません。

 だってあそこで救わないって、見殺しにするって私が決めてしまったら──窮地に立たされて、極限状態で人を救わなきゃいけなくなった時に、救わないって選択肢が、無意識に出てしまうと思うんです。それが──怖いんです。だから、かばおうと思いました。助けなきゃって思いました」


 勇気をもって、自分が抱えていた想いを言葉にする。私、甘いのかな……。もっと厳しくて強くならなきゃいけないのかな。


「わかった──俺は間違っているとは思っていない。より妖怪たちから被害を食い止めるためには、時には少数の犠牲を強いなければならない時だってある。それに、こうしてこっちは周囲を犠牲にしてでも貴様たちを根絶やしにすると意思表示をしなければ今度は妖怪たちがん人間を人質に取ってくることだって考えられる。だが俺に迫られても信念を曲げず、助けるという意思を持っていたのは認めよう。合格だ、貴様は──妖怪などではない。絶対にな」


「あ……」


「見直しちゃったわ。自分の立場よりも、彼のことを優先したんですもの」



 にっこりとした笑顔で、御影さんは私の肩をポンと叩く。どうやら、私の行いは認められたようだ。


 なんだか、肩の荷が下りたような感じがする。何はともあれ、私は人間側であると認めら

 れた。その事実で大きく息を吐いて安堵した。


「これで、勝親さんの支持も取り付けましたの。みんなが凛音のことを認めてくれるまであと少しですわ」


「そうよ。私達、全力で応援するから。一緒に頑張りましょ!」


 御影さんがウィンクをする。御影さんも、とっても嬉しそうなそぶり。ここまで親しくしてくれる人、本当に久しぶりだ。心の中が安心感でぽかぽかとあったかくなる。


「はい……そう言ってくれて、本当にうれしいです。ありがとうございます、頑張りましゅ!」


 ……噛んでしまった。


「凛音はかわいいですの! ずっと、隣にいますの」



「うるさい」


 恥ずかしくて、言い返してしまった。ミトラの前でミスると、胸が痛くなる。


 そして私たちは工場に入ったエレベーターへ。時空のおっさんによると、帰りもエレベーターで順番通りに回数を押せば元の世界に戻れるとか。


「気をつけてな」


「そっちこそ。何かあったら、相談してくれ」


 時空のおっさんに手を振って別れる。何なんだろう、あの人。不思議な気配がするんだよな……。

 エレベーターの中、御影さんが手慣れた手つきで何度も回数を操作。ドアが開くたびに、真っ暗な廃墟のような風景が視界に入る。あれらは、どんな世界に通じているのだろうか。


 ドアが閉まると、御影さんがこっちを向いて話しかけてくる。


「あんた、あんだけ責められても意見を変えることはなかった。気弱だと思ってたけど、結構芯が強いのね。見直しちゃったわ──」


「気弱なのは合ってますよ。でも、どうしても引けなかったんです」


「そういうとこ、好きよ。芯が強いのね──その強さ、これからも忘れないでね」


「ありがとうございます」


「俺も応援してるぞ! これからはともに、妖怪たちを抹殺していこうぞ」


「そ、そうですね」


 勝親は、いつもの強気な表情で言う。その言葉に心が軽くなったような気がした。

 そんなことを話しているうちに「チン」という音とともに扉が開く。


 雑居ビルやチェーン店が立ち並ぶ、賑やかな駅前の光景。なんでもない光景だけど、元の世界に戻ってきたんだと思うと心が落ち着く。


「外に出たな。俺は妖怪省に行くが──お前たちは?」


「せっかく一緒なんだし、いろいろ腹を割って話したいわ。かわいい後輩なんだもの」


「そうか、じゃあな」


 そして勝親はこの場を去っていく。賛同してくれて、本当に良かった。

 彼の後姿を見ていると、誰かが私の背中にのしかかって来た。


「うおっっ!」

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