第98話 赤黒い、不思議な世界
時空のおじさんは、何も言わずにこっちを見て手を差し出した。
私は戸惑うものの、ゆっくりと差し出された手を握る。
「よろしく、お願いします」
私が手を握ると、おじさんは返事のように手を握り返してきた。
なんというか、独特の雰囲気を持っている。妖怪とも違うけど、どこか人間とは違うような、未知の生命体と接しているような感じ。私と目が合うなり、優しい笑みを浮かべてくる。
それから、御影さんの方を向いて言った。
「入り方はわかってる。ついてきなさい」
「ということよ。いきなりだけど行きましょう」
「わかりましたの」
そして、私とミトラは2人の後をついていった。一度建物を抜け──雑居ビルが立ち並ぶエリアへ。
歩いていると、何度か御影さんがスマホを確認している。
「そろそろね……」
たどり着いたのは、私鉄の小さい駅のそばにあるサラ金や住宅が立ち並ぶ雑居ビル。
エレベーターの前につくと、おっさんがスマホを取り出した。
「あと2.3分だ」
「わかったわ」
何のことを話しているかわからず、きょとんとしてしまう。そんな時、言葉を返した御影さんがこっちを向いて説明しだした。
「ああ、変なこと言いだしてごめんね。別世界に飛ぶんだけどね、条件が特殊なのよ」
「どんな条件なんですの?」
「分ね、毎時12分にエレベーターに乗って指定した階のボタンを何回か押すといけるみたい。押す階の順番は、すでに記録してあるわ」
そして御影さんがそのメモを見せてきた。5階──2階──4階。
「これだと、偶然同じ順番で一般人が押して、迷い込んだりしないですの?」
「まれにある」
ミトラの質問に、おっさんが腰に手を当てため息をついて答えた。
「このやり方だと、偶然この時間に同じようにエレベーターが買いを行き来しちまうことがある。だからたまに、こっちに来ちまう奴が出てくるんだよ。そのたびに、俺が送り返してるんだ。それで、巷で噂になっちまって『時空のおっさん』なんと言葉が広まっちまってるんだ」
「そ、そうなんですか……」
大変そうだなぁ……。その人にうまく説明して、帰ってもらうというのは……。
まあ、まったく信じてもらえないってこともあるだろうけど。それが独り歩きして、うわさになっているのかな?
そんなことを考えながら、エレベーターは上へ下へ。チンという音が鳴って、エレベータードアが開くと、今までとは全く違う光景がそこにあった。
なにこれ……。
「どうやら、ついたみたいね」
御影さんが真剣な表情で髪を撫でながら言う。私は、初めて見る光景にぎょっとした。
「すごいですわ」
「な、なにこれ……」
目の間に広がる光景に、愕然とした。空調が効いているのか、真夏の屋外よりも涼しい。機械油のにおいが、つーんとしている。
機械の数々に言葉を失ってしまう。無機質な銀や鉄でできた装置が、永遠と続いていた。
銀色の規則的に並んだ鉄パイプに、銀色のモーター。逆側には大きな白いタンク。中央にあるメーターは何を指しているのだろうか──。そんな光景が永遠と続いている。
さらにどこからともなく、機械が動いている音がした。
グォォォォォン──グォォォォォン──
ガコン──ガコン──。
「なんですのこれ」
まるで、どこまでも広大に続く工場を見ているかのようだ。見たことがないくらい、永遠の広さを持つ工場の中。
「特別な、私たちは違う世界があるのよ──」
確かに、御影さんの言葉通りまったく違う世界だ。
「ここは妖怪たちの世界との、中間のような場所。そして、彼らの世界を維持するための場所だ。あ、御影──妖怪はおそらくこの先に行ってると考えられる」
「わかったわ、行くわよ」
そして御影さんは工場の中を進んでいく。私たちも遅れないようにしないと。
銀色の歩くとゴンゴンと鳴る床を歩いていくと、窓を発見。外はどんな景色なのかなぁ~~。
興味津々になって窓の外を見る。
まるで工業地帯であるかのように、黙々と煙突から煙を上げた大きな工場がどこまでも続いていた。
赤黒い空、真っ赤な夕日が傾いている。
「興味ある?」
「はい……独特で。すいません」
「まあ、独特の世界よね。すぐになれるわよ」
振り向いて話しかけた御影さん。まずい、先を急がないと。
狭い梯子みたいな階段を下りて、また──道を行く。誰もいない、ライン現場のような場所──そんなところを歩いていると、前方に2人の人物がいた。
「こんなところにいちゃいけない。君は今すぐ帰るんだ!」
「嫌だ、京ちゃんが戻ってくるまで帰らない」
直立立ちしている長身の男の人が、小さい女の子に何か言ってる。
銀髪茶色い袴と羽織を着た、刀を持っている男の人。
細川勝親──私に敵意を持っていた人。思わず一歩引いてしまうと、御影さんがゆっくりと彼に向かって歩いて行った。
「お兄様。ここにいたの?」
御影さんの、兄さんだったのか。あれ?? でもおかしいぞ。御影さんの名字は山名なはず。
きょとんとしていると、ミトラがひそひそと話かけてきた。
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