第95話 後悔と決意



 岡山からこっちへ帰った後。8月が始まった。

 家に着くなり、今まで溜まっていた疲労が襲ってきてベッドに身体を投げ出した直後に眠り込んでしまった。


 気が付いたら夕方。まあ、気が抜けない戦いと絶体絶命な場面続きで気が休まらなかったから仕方がないか……。


 夜、栗のおこわと夏野菜のサラダを食べた後、ベッドで横になって天井を見上げた。

 時折、ミトラがRIANで言葉を送ってくるが無視。


「デートしたいですの! 一緒にいたいですの」


 弥津一のこともあり、一人になりたい気分だったからだ。人殺しだったとはいえ、助けることはでいなかったのかと思ってしまう。なんか、周囲と打ち解けられないところとか私と似てるんだよね。


 私には、隣にいてくれる人がいた。それだけの違いだったような気がして……。もっとわたしが強かったら──玉藻前にだってもっと戦って、弥津一の吸収を止められたら。


 泣いていた理香ちゃん、悔しいな……。弥津一の過去のことを考えていたら、自分の過去を思い出してしまった。

 

 小学生の時の私。


 授業の時でも、休憩時間の時でも──私はみんなと離れて行動して、昼食の時も一人でお弁当をとっていた。

 気を使って来る人もいて、無視してくる人もいて──中には影口をたたいてくる人もいて……。


 そういう時、担任の先生たちはこぞって「みんなと一緒にいなさい」「友達を作りなさい」などと善意だとは思うが私を集団の中に入れようとしてきた。


 私は、周囲と溶け込もうとして──浮いて、失敗して、後悔ばかりしていたのだから一人でいた方が楽しい。


 そう結論付けた。

 だから、人といるのが逆にストレスになって、嫌になっていた。先生からもだんだん相手にされなくなっていく始末。


 中には、私に聞こえるように影口を叩いてくる人もいた。傷ついて、涙を流して……


 そして、一人になると先生はいろいろ吹き込んできた。「友達は財産」とか、友情は素晴らしい──とか、中には溶け込めない私を「欠陥品」という人もいた。


 筋肉質で、体育会系の先生。仲間や、集団で行動するということにかなり価値を感じるタイプの人。


 私は、先生と別れて──一人で泣いた。


「俺はな、お前のためを思って言ってやっているんだよ」


 無理に友達を作って。無理に作った友達が私の感情を濁らせる。相手がしゃべれば、喜ばせるため相応の言葉を返さなきゃいけない。

 それだけじゃない、自分から言葉を考えて話さなきゃいけない。



 そこに、私の心からの楽しみなんてものはなく。考えたりどこかから拾ってきた言葉ばかりを無理に言って。


 苦しみぬいた末に琴美と出会った。私のことを優しく扱ってくれて、大切にしてくれて。


 わざと作っていた私の心を見抜いて、抱きしめてくれた。


「凛音ちゃん、笑ってないね。いつもつまらなさそう」


「別に──」


 最初は、いつもみたいにそっけない対応をしていた。どうせ、いつもみたいに一人だった私に自分勝手な正義感で無理に友達面して来ただけだろうって。


 いつもの有難迷惑──余計なお世話だろうって。


「私、凛音ちゃんのこと見捨てたりなんかしないから」


 でも、話しているうちにそれは違うってわかった。


 私に優しくしてくれて──つらいこととかも全部わかってくれていて──。

 隣にいて心の底から精神が落ち着く存在。


 そんな、たった一人の親友。

 そして、失ってしまった──友。


 思い出しただけで胸が痛くなってくる。


 嫌な思い出だなぁ……。

 一度快晴の空を見てから、また天井を見る。もう少しだった……。


 後悔ばかり……、どうしたって暗い気持ちになる。しばらく暗い気持ちになってぼーっとして、また琴美のことが浮かんだ。優しく、太陽みたいな。


「凛音のこと、信じてるから」


 いつだか言った言葉を思い出し、考える。そうだ……。信じてる……琴美がさらわれた時も、琴美は信じていた。


 だったら、答える以外にない。


 少し気持ちが上向いてきて、こぶしを強く握ると言葉が出てくる。

 行くしかないんだ、別に死んだわけじゃない──また強くなって次勝てばいい。


 強くなって、最後まで戦う。


 そんな決意が心の中で湧いてきて、強くなる。そうだ、それしか私にできることはない。



 頑張ろうという気持ちが、私の心を満たしてきた。そうだ……あの時とは違う、ミトラだって、私を信じてくれる人だっている。


 自然と気持ちが上向く。


 起き上がろうとしたその時、スマホがぶるぶるとなっていた。ミトラだ。

 朝から返信しなかったせいだろうか。仕方がない……重い腰を上げて電話にでる。


「もしも……」


「凛音! なんで出ないですの! 心配したですのよ!!」



 開口一番に叫んでいるのがわかる。ちょっと落ち着け。


「ごめん、疲れてて寝落ちしちゃった。話は何?」


「心配で、倒れているんじゃないかって思って家まで来ちゃいましたの」


「家までって、えええっ??」


 突然の言葉にどう反応すればいいか戸惑ってしまう。すると──。


 ピンポーン! ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。


 呼び鈴を誰かが連打してきている。こんなやつは一人しかいない。髪はぼさぼさでブラもつけてないけど、あいつならいいや。


 大きく息を吐いて、ドアを開ける。半分開けたところで、あいつがドアを握って一気に開けてくる。


 ミトラと、目が合った。


「凛音──っっっっっっ!!!!」


 涙目で、とても心配していたというのがわかる。私と視線が合うなり、飛びついてきた。


「逢いたかったですの! なんで既読無視したですの!」


 ミトラが私のおっぱいに密着してきた。下着がないから、ミトラの顔の感触がじかに伝わってくる。というか暑苦しいから抱きつくな。



「ごめんごめんわかったから。どうしたの」


「次の、依頼ですの」


 涙目でこっちを見る。次の仕事──思わず拳を強く握る。次こそは、こんな思いをしないように頑張ろう。遠くの景色に視線を置き強く誓った。

 あとミトラ、どさくさに紛れておっぱいに顔を押し付けるな。


 ゴツン!!


「痛いですの!」

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