第93話 泰一と……


 真夏──。

 凛音たちが岡山の県北で死闘を繰り広げているころ。


「クソ野郎」


「ボコボコにしてやるよ!」


 数人の男の大きな叫び声がこだまする。叫び声と、暴力をふるっている鈍い音。

 校舎の裏側にある、人気が全くない場所。以前凛音とヤンキーたちがもめた場所。



 今は──凛音はいない。そして、その時ヤンキーたちが持っていた恨みは消えていない。

 その恨みは──泰一にそのまま降りかかった。


 事の始まりは数十分前。


 以前、凛音がわが身を顧みず助けようとした泰一。


 数人のクラスでも問題児といわれるヤンキー連中。呼び出さなければ半殺しにすると彼を脅して、呼び出した。

 やることなんて、もちろん決まっている。


「この前は良くもやってくれたな」


「あの巨乳女のせいで、邪魔されちまった」


 暴力だ。以前から取り巻きの女が目をつけていて、ことあるごとに泰一に食って掛かってくる


「おかしいだろ、なんで──俺に突っかかってくるんだよ」


「だって、私の体とかじろじろ見てたでしょ。浩太、やっちゃってよ」


 こいつは、不良グループリーダー浩太の交際相手美紀。金髪で目つきが悪く、いつも泰一たちのようなカーストが低いやつのことを告げ口して浩太とともに暴行を繰り返していた。


「んなことしてないよ。変な言いがかり作るなよ」


 理由なんてなんでもいい、ガンつけたとか、態度が悪いとか──。それで呼び出しては、カーストが低いやつに暴力をふるっているのだ。



「だってほら、これを見てよ。こいつがむっつりなのを見せてやるからよ!」


 にやりと笑みを浮かべた美紀。それから、衝撃的な行動に出た。

 なんと、美紀は泰一の前でスカートをまくり始めたのだ。


 白くて、程よく肉付きのいい太ももが嫌でも視界に入ってしまう。下着が見えてしまうんじゃないかってくらいのめくり具合。

 思わず、泰一の視線が太ももに吸い寄せられてしまう。そして、美紀の顔が怒りにゆがむ。異性との経験に乏しい泰一にとって、その欲望にあらがうことはできなかった。


「ほら見たじゃん。このスケベ野郎。チー牛のくせに、私の身体じろじろ見てんじゃねーよ!」


 そう叫んで、取り巻きの男たちがさらに殴り掛かる。


「おい、人の女の体じろじろ見てんじゃねぇよ」


 飛び蹴りする浩太。倒れこんだ泰一に周囲の手下たちも一斉に殴り掛かった。

 何度も何度も殴る。

 数分ほど、彼らは暴力を振り続ける。うずくまっている俺に、何度も何度も蹴っ飛ばした。


 時間がたつと、彼らは飽きたのか、疲れたのか暴行をやめた。

 数分後に、ボロボロになった姿──。



「この野郎」


「二度と花にエロい目向けるんじゃねえよ陰キャ!」


「ほんと最低。二度と視界に入らないで!」


 そして、ヤンキーたちと美紀という女は帰っていく。


(なんで、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけなんだ……)


 自然と、握る拳が強くなる。


(悔しい……悔しい……。俺に、俺に──力があれば、こんなことにはならなかったのかな?)


 気が弱くて、いつも一人でいた泰一は目に涙を流しながらささやいた。いつもクラスのカーストでも最下層。自分が力強かったら結果は変わっていたのかな?


 ボロボロの中、そんなことを考えて起き上がろうとすると、誰かがやってきた。


「どうしたの? そんなボロボロになって」


 誰だろう、見たことがない人。180cmくらいのすらりとした長身、細さと筋肉質さを兼ね備えたような体つきで緑色のツンツン頭。


 大人の人なんだろうけど、なんだか違和感がある。


「ひどい人たちだねー」


 そう言って、男は泰一に手を差し出してきた。

 男が手を貸すと、泰一がその手を握る。何とか立ち上がると、男は泰一の腕を引っ張ってきた。

 立ち会がると、泰一の顔をじっと見てくる。

 薄気味悪さを感じさせるにやりとした笑み。


「君、結構面白そうだね」


「は、はあ……」


「ちょっと、色々話してみない?」


 何だろうか。彼は泰一のことを知らない。なのに、知り合いであるかのようになれなれしく接してくる。


 ──どう対応すればいいかわからず、戸惑う泰一。


(そうだ)


「いいけど、そうだ。名前、なんて呼べばいい?」


「ああ……名乗ってなかったね、ごめんごめん」


 男はニヤリと笑って、こう答えた。



「僕、将門っていうんだ。よろしくね。」










 数日後。

 江の島から、モノレールで3駅ほど進んだところ。

 特に観光地があるわけでもない、山沿いの住宅街が連なる駅。


 改札口の前で、将門と名乗った男は立っていた。


「泰一君──こんにちは」


「は、はぁ……」


 水色の、薄着のTシャツにGパン。


 住宅街をしばらく進んで、十字路を進んでいく。

 セミが鳴いていて、道路のコンクリートがゆがんで見える真夏の暑い日。


「あれが、入り口だよ」


 将門がそう言って、視線を建物に向けた。

 その建物を見て、ぎょっとして──思わず思い浮かんだ。


 本当に、人が住んでるのか?



 当たり前だ。将門がさしているのは──古いアパート。本当に古い。


 いや、古いというよりいたるところがボロボロでさびれていた。

 窓は内側から板で塞がれている。


 その板も、古びているうえに、日焼けして色が抜けていてふさいでから年数がたっているのがわかる。


 ドアまでの敷地も雑草がぼうぼう生えていて荒れ放題。

 上へあがる階段も茶色にさび付いていて踏んだだけですっぽ抜けてしまうそうだった。戸惑っていると、将門は何もなかったように先を歩き始めた。



「ああ、大丈夫だよ。すぐにわかるから」



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