第92話 助ける、決意


 バスや列車を乗り継いで、気が付けば夜。

 名物のエビ飯定食を一緒に食べた後、岡山駅で貞明さんと別れた。これから出雲のほうに行くとか。


「戦いにつかれてから高速バスじゃあ、疲れ溜まっちゃうじゃろ。新幹線の終電は言ってもうたしホテル代はさすがに出せんが、これで行くとええ」


 そう言って、寝台特急の2人用の個室チケットを渡してくれたのだ。


「凛音と同じ部屋で一夜、とっても嬉しいですわ」


「ありがとうございます」


「じゃあな凛音ちゃん。ああいう良心をこれからも絶望せずに持ち続けるんじゃぞ」


「わかりました。今回はありがとうございました」


 そう言って、貞明さんに頭を下げる。この人は、いい人で私のことを理解してくれた。

 それは本当にうれしい。ミトラは──変な言い方するな。



 寝台特急に乗って、ミトラと一緒の個室へ。狭めの部屋に、ベッドが2つ。


「わ~~い、凛音と一夜を過ごすですの」


「だから誤解を招く言い方するなよ」


 一戦は越えないぞ……。戦いの疲れもあり、ベッドに入るなりすぐに夢の中に入ってしまった。


 列車は山奥から関西の都会に差し掛かり、夜の0時ごろに関西圏に入っていったあたりでいったん目が覚める。

 ちょうど神戸のあたりに差し掛かっていて、日付が変わるというのに都会の街のネオンが眩しく、どこか神秘的に見える。


「おいしいですの。あ、目を覚ましましたの」


「気持ちの切り替え、早いね」


 にっこりのミトラに皮肉交じりで言った。私は、夜景を見ながら複雑な思いで弥津一や理香ちゃんのこと、そして玉藻前のことを思い出していた。


「最後、弥津一の表情、本当にあんな終わり方でいいかなって思って。後、玉藻前を仕留められなかったこと……ぐるぐるしてる。後悔だらけで」


 彼の悲惨だった過去を知って、どうしても非情になり切れなかったのだ。私が直接被害を受けているわけじゃないってのもあるけど……彼の過去を知って、彼に同情してしまった。


 でも、彼は人を殺していた。その時点で、どんな最期を迎えようと文句は言えない。

 そして、玉藻前との戦い。確実に半妖になりたての私に、油断していた。それなのに、最後逃げられてしまった。


「凛音、弥津一に情を持ったりしているんですの?」


「うん、まあ……」


 ミトラは、やっぱり私のことをよく見ている。ミトラから目をそらして言葉を返す。


「なんというか、敵なはずなのにシンパシーを感じるんだよね


 私だってずっと孤独だった。

 一歩間違えば、立場が逆だったことだってあり得た。私が孤独でも、道を外さなかったのは琴美がいたからだ。

 疎まれていたのは、私だって変わらないのだから。


 考え込んでいると、ミトラが隣によってきて──。


「えっ??」


 チュッと、私のほっぺにキスをした。

 柔らかくて、気持ちがよさそうなミトラの唇。いきなりなにすんだよもう……人が見てる前で。


「なんというか、凛音らしいですわ」


「大きなお世話だ」


 にこっと笑うミトラ。ちょっと、顔を膨らませてしまった。こいつ──。

 顔を赤くして、キスされたほっぺを押さえながら言葉を返す。


「その心を、忘れないでくださいまし。これから先、もっと心が醜い妖怪や半妖に出会って、憎しみに震えて、殺意で心があふれることも出てくると思います」


「うん」



 結局、琴美について何も知れなかった。悔しさと無念さが頭の中でずっとぐるぐる……。

 すると、ミトラはこっちを向いて微笑んで前髪に触れてきた。


 近づいてきたミトラに、思わず見とれてしまいドキッとしてしまう。心臓のバクバクが止まらない……。


「凛音は、やはり優しいですの。その気持ちは大切にしてほしいですの」


「え……」


「今まで凛音よりもずっと戦ってきた私から、先輩として言いたいですわ」


「これから、もっと憎しみに打ちひしがれることが増えていきますの。それでも、今の気持ちを失ってほしくないですの。相手を理解しようとする、感情を理解しようとする気持ちをわすれないでほしいですの」


 ミトラの戦いでも、いろいろなことがあったんだと思う。それこそ、あまりの怒りで感情を抑えられなくなりそうなことも。


 だからこそ、私の気持ちを理解することができるのだろう。同じ想いをしてほしくないのだろう。


 ミトラの存在が、とっても心強い。


「わかったよ。ありがとう」


「ありがとうですの。何かあったら、相談に乗るですの、任せてくださいまし」


 納得しきれないけど、コクリとうなづいた。この気持ち絶対忘れない。


 それからも、ミトラは話しかけてくる。


「何があっても、敵であっても優しさを忘れないんでほしいんですの」


「え……」


「いくら敵が憎くても、そんな感情で行動したらあいつらと同じになってしまうですのゃ。弥津一を恐怖して暴力を与えていたやつらと一緒ですわ」


「うん……」



 ミトラも、戦っていていろいろあったのだろう。心に刻んでおこう。今はまだ、言葉でしか聞いていなくて、いざそんなことになったらどうなってしまうかはわからない。


 でも、胸にしまっておこうと思う。


 私は、まだ戦い始めて時間がたってないけど経験のあるミトラ、そしてベテランで実力者の貞明さん。


 まだまだ未熟な私にとって、とても頼りになる存在だ。

 でもいつまでも甘えていられない。もっともっと、強くならないと。


「わかったよ、ありがとう」


「あと、琴美については逃がしただけで決して また強くなって、戦っていけば会えると思いますの。その時に想いを伝えられるよう──強くなってくださいまし」


「……うん」


 ミトラの言葉に、コクリとうなづく。そうだ……いつかこんなチャンスがまた来るかもしれない。そんな時に、こんな悔しい思いはしたくない。


だから、私は負けない!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る