第89話 まさかの結末



 氷結式 ──十二──


 全球凍結(スノーボールアース)


 心の中で、それがどんな術式なのか私にはわかる。これなら、玉藻前に勝てるかもしれない。


 残った力を全部、振り絞るようにして自分の妖力をすべて腕に込めて玉藻前に触れている水分を凍らせていく。

 自分が触れている液体を、すべて凍らせていく術式──。


 そう、液体という液体。血液に体液さえも。体の中から凍らせていくことができる。当然、玉藻前も命がけで抵抗している。なかなか思うようにこいつが凍っていかない。


 力比べだ。こいつの術式が私を消滅させるのか、それとも玉藻前をわたしが凍りつかせるのか。


「負けない。お前が食らってきた数えきれないの人々の分まで、罪を償わせる!!」


「ぐっっ」


「ぐああああああああああああああああああ」


「こいつ……なんていう力」


 一センチ、二センチ──少しずつだけど、相手の体が凍っていくのがわかる。

 相手の体液が、氷に代わっていくこのまま、少しずつ押し込んでいく。



「く──っ、仕方がない」


 玉藻前は歯ぎしりをして、身を引こうとした。逃げようとしているのか?

 させるか。琴美も、私の家族たちも──それすらできなくて私の前から消えていった。こいつへの憎しみ──無限に湧いてくる。きれいな力じゃないかもしれない、それでもいい。


 こいつを、この場で凍らせる。それで自分がどうなっても、かまわない。


 触れている場所に精神を集中させる。触れている場所から、ぐいっぐいっと引こうとしている感触がある。


 逃がさない。玉藻前が気づく。


「張り付いてっっぐっ取れない」



 身を引こうとして──それができなくて驚愕する玉藻前。当然だ、逃がすわけがない。


「どういうことですの?」


「多分、ドライアイスに触れると肌とくっつくだろ。それと一緒だ。凛音ちゃんが触れている液体を凍り付かせていると同時に接合させているんだ。あいつの、体液や血液を」


 貞明さんとミトラがしゃべっている。その通りだ。


 私の術式。私が触れている液体を凍らせる術式。

 私が触れていた玉藻前の体液、血液を凍り付かせたのだ。玉藻前が何とか逃げようと後ずさりしている。

 思いっきり温度を下げて、玉藻前の肌に触れた。すると、一瞬氷が体温で液体に溶けてから再び氷に戻るためそれが接着剤の役目をする。だからこいつは逃げられない。


「ぐっ──私が半妖ごときに。がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 ミチミチと音を立てて、何度も引き離そうとする。離すわけがない。少しずつだけど、追い詰めていく。当然逃がすわけにはいかない。


「ふざけるな。人の命を奪っておいて、そんなこと言わせるか!! 絶対に償わせる。絶対にお前に勝つ」



「ごとき」という言葉に、さらに怒りをにじませる。お前の目的なんか知らない、でもお前の勝手な行動のせいで散っていった人たちがいることを、お前に刻み付けてやる。

 全力で妖力を出す。これが終わって動けなくなってもいい。全力で、すべての力を出し切って勝つ。この人の心を持たない妖怪に。


「逃がすかぁぁぁぁぁ」


 逃がさない。ここで、こいつを討ち取る。腕全体が、凍り付いてきた。


 もう少し──。もう少し。


「ぐっ!」



 歯ぎしりをする玉藻前。


「こんな小娘に、仕方がない」


 そうささやくと玉藻前は掴んでいた左手を離す。無防備になった私の右手。これなら玉藻前を殴れる。

 一気に全力で殴り掛かろうとする。すると玉藻前が離した右手を振り上げて──。


 なんと、そのまま手刀で自分の左腕を切断したのだ。力の支柱を失い、前のめりになる私。予想できなかった動きに対応できず一瞬よろけてしまう。


 その瞬間玉藻前が視界から消えた。早い──動きが全く見えない。対応しないとと思った次の瞬間──。


「ゴォォォン!!」


 後頭部に、コンクリートの塊かってくらい固いものがぶつかってくる。同時に頭が真っ白になって何も見えなくなった。


 思いっきり回し蹴りを見舞ったのだ。


 後頭部に食らってしまい私の体は大きく吹き飛ぶ。そのまま壁をぶっ壊して、背中を電信柱に直撃した後ピンボールのように数メートルほど転がった後そのまま倒れこんだ。


 背中に2回、首に1回電柱や壁にぶつかって骨が砕け散った音がした。まずい……妖力を使いすぎて回復までに時間がかかりそう。


 視界が全く定まらずぐにゃぐにゃ。うまく立てないけど、すぐに攻撃が来る。


 ゆがんだ視界とふらふらな中無理やり視線を前方に向けて玉藻前を視界にとらえようとして、愕然とした。


 なんと私とは真逆の方向。山の奥の方へ逃げて行ったのだ。こっちを一度も見ない。逃げることで精一杯なのだろう。こいつ──。はらわたが煮えたぎるような感情になり、思いっきり叫ぶ。



「この卑劣なやつめ、逃げるな。逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 全力で叫ぶ私、玉藻前はちらりとこっちを振り返って、歯ぎしりをした。何か、トラウマのようなものでもあったのだろうか。


 しかし、すぐに前を向いて一つ飛びで山の中へ吹っ飛んで行ってしまった。


 こいつ。さんざん人を殺しておいて、自分はいざ危なく成ったら逃げるだと?

 納得いかない。


 悔しさいっぱいに叫ぶが、現実は変わらない。玉藻前はさらに山のほうへ飛んで行って姿が全く見えなくなっていった。


 くそぅ──。


 そのまま、地面に倒れこんだ。

 妖力を使い切ったせいか、足腰はふらふらで全く力が入らない。


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