第88話 こいつには、負けない


「力なきものが何と言ったところで、妄言でしかないというのはわかりますか?」


 確かにこいつは本当に強い。オーラだけでも今まで戦ってきた妖怪とは比べ物にならない。

 でも、逃げたくなんかない。


「私との、一騎打ちにしたい。2人に、手は出させない」


 そう言って、玉藻前を強くにらみつける。妖力は、かなり回復している。

 玉藻前はにやりと笑みを浮かべ、腕を組みながら私の方を見る。


「確かに、あんさんが半妖である以上実力は知っておきたいし、葬るなら手負いのいまがええ。そして、自分より強い半妖がいるとわかれば部下からの信用は失うし、約束を破るのも同じ」


「意外と、約束は守るんだね」


「貞明はん。信用はお金では買えへん。長い間、約束を守ることでしか築けへん。壊すのは一瞬だがのう。少しは頭を使っとるのう。一騎打ちなら、私が傷つけられるのは凛音だけ。2人に手を出せば野暮は私」


「うん、2人に手出しはさせない」


「しかしわかりまへん。そなただって半妖としてそれなりに戦ってきたはず──。強さを体で理解してなお、立ち向かおうとするのですか? 刃を交えねばならない程度の存在ではないでしょう? でなければ体が震えるはずもない」


 わかっていたか──その通りだ。どうやって勝つのか、まったくイメージできない。


 貞明さんが言った。


「凛音ちゃんの勇気は褒めたるわ。今まで戦ってきた敵とはわけが違うけん。本来であれば、凛音ちゃんが半妖の道を究めて何年も──何十年も鍛錬を積み重ねて、ようやく巡り合うであろう敵──間違っても、半妖になって数か月の凛音ちゃんが相対していい相手じゃないけん」


 貞明さんの言葉は、正論かもしれない。ここでみんなを見捨てて、逃げるのが正しいかもしれない。


「それでも──私は逃げません。確かに、ここで逃げるほうが賢いかもしれません。今の私では、実力が違うかもしれません」


 強くこぶしを握って、今の私の気持ちを伝える。


「しかし、人には勝てないと分かっていても、戦わなければならない時が、あります。

 無実の人たちを食って、殺して。反省もせず、これからも人を食らおうとする。

 ──そんな奴らを私は許さない!」


 心の底から、憎悪の炎が湧き出てくるのがわかる。玉藻前は、私を見てただ笑っていた。



「凛音はん──いいこと教えてあげましょか?」


「なんだ?」


「必要だったのですよ、琴美は──」

「え……」

 その言葉に、愕然として何も言えなかった。なんで知ってるんだ……。


 足元がぐにゃぐにゃして、視界がゆらゆらと揺れる。唐突に出たその名前に。

 整理がつかない私の感情など知らず、玉藻前は平然とした表情で、さらに言葉をつづけた。


「ぽかんと口を開けて、動揺しているのがまるわかりどす。琴美が必要だったのです。だから配下に命令したのです。特殊な体質の彼女を持ってこいと。まあ、あいつが乱暴だっおかげでいらん犠牲が出てしもうたみたいだそうで」


 他人事みたいな物言いに、怒りが爆発しそうになった。お前の変な気まぐれで、家族たちは犠牲になったのか? お前の訳が分からない目的のおかげで、みんながあんな目に。



「待て、こいつの策かもしれん。挑発に乗るな」


「そうですわ。凛音はまだ、戦っていい状態じゃ」


「そんなこと、関係ない」


 貞明さんとミトラが慌てて私を止めようとする。確かに、私の平常心を乱そうとする策かもしれない。それでも、こんなことを言われて黙っているわけにはいかない。

 膝の上にのせていた理香ちゃんを隣において、立ち上がって玉藻前を見る。


「凛音ちゃん」


「大丈夫、理香ちゃんに危害は加えさせない」


 こいつだったのか琴美を奪ったのは──家族たちを殺したのは。

 こいつのせいで……こいつのせいでみんな……。


 強く玉藻前をにらみつける。玉藻前は余裕そうにポケットから扇子を出して、扇子を口元にあて笑みを浮かべた。


「おお、いい闘志どすえ。惚れてまいそいやな。相手になるどす」


 こいつ……理香ちゃんが距離を離れたのを確認。心配そうな表情。大丈夫。

 絶対危害は食らわせないから。そして、守る対象が離れたことで感情が自然と爆発する。


「責任をとれぇ。お前たちが殺してきた分。琴美──お父さん、お母さん、静香。いや、お前が食らってきた罪なき人たちの分。全部、お前の首で──償わせる!」


「ほう、いいたんかと闘志どすな。そういう強い執念、嫌いじゃないどす。それどす、私が好きなのは。その気持ちを強く持って、かかってくださいま──」


「この野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 相手の言葉が終わる前に、一気に玉藻前に突っ込んでいく。こいつが何と言おうと、大切な人たちを奪っていったのには、変わりない。


 絶対に、この場でこいつを始末する。


 一騎突っ込んでいく。玉藻前は余裕そうな表情で立っているだけ。


 ミトラがつけた傷に、手を触れる。

 ミトラが戦った勇気、絶対に無駄にはしない。


 傷口を塩漬けにした痛みを、何十倍にもした感じだ。それでも歯を食いしばって懸命に耐えて玉藻前からつかんだ腕を離さない。

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