第71話 蠢く夜

「今は家畜が被害に会っとるが、それがいつ人間に向かって来るかわからん」


 確かに、実際にもよくある。最初は野良猫や野良犬に危害を加えていたのが、その凶暴さが人間に向かって行き、猟奇殺人となってしまうことが。


 何時危害ががこっちに向かって来るかわからない。なので何とかしてほしいということらしい。


「でも、わからないんですよね。いつ来るか」


「地道に、見張りをするしかなさそうですの」


「まあ、交代でやれば何とかなさそうだわい」


 貞明さんの言葉通り、地道な作業になりそうだ。


 そして、夜もすっかり遅くなった。昨日は夜行バスのせいでよく眠れなかったこともあり、眠い。


 大きくあくびをすると、ミトラもつられてあくびをした。


「まあ、ことが動くのは明日からだ、今日はゆっくり休みな」


「ああ、2人とも、深夜バスだったからのう。明日は戦いになるかもしれんし、もう寝たらええ。布団は、大部屋にある」


 栄吉さんと貞明さんの計らいもあり、まだ21時ごろだが、寝ることとなった。

 どうせ、起きててもスマホいじくるかミトラと戯れるくらいしかない。



 そして、歯磨きをして、ミトラと一緒に広い部屋で寝た。和室で、初めての場所。この家の先祖らしき人の位牌があって、幽霊とかでそう。


 ミトラは、布団に入るなりすぐに眠ってしまった。やはり、疲れていたのだろう。

 明日から、色々ありそうだから、私も寝るとするか。


 目をつぶって、ぼやく。


 ミトラ──抱き着いてくるな。胸に顔をうずめようとするな。







 私がミトラと一緒の夜を過ごしているとき、同時に蠢く影があった。


 まるで、現代とは思えない木でできたボロい小屋。

 隙間から風が吹きつけてきて、当然暖房も冷房もない。


 夏はサウナのように熱く、冬は雪が積もるくらい、凍えるような寒さが襲ってくる。



 そんな、家畜が住んでいるような小屋で──一人、いや、一匹というべきか。

 半妖となった俺はいた。


 先日、ここから勝手に逃亡──力が暴走して力尽きたところを村人からありとあらゆる暴行を受け、家畜のように鎖につながれ、ここから動くことも出来ない。


 そんな中で、彼らに復讐をするため──俺は与えられた妖力をひたすらコントロールすることに励んでいた。


 毒の妖力──。


 以前は、衝動的に強い妖力を発することが出来ても制御することが出来ず、ガス欠を起こして倒れるのを繰り返した。





 必ず復讐する。そう覚悟して、その怒りをばねにして──とうとう自身の力を制御することに成功した。

 突如現れて、名も知らぬ人物に「復讐したいなら使いこなしてみろ」と宣告された力を──。


「よし──俺様は強くなったで、強くなったで、強くなったでぇぇぇぇっっ!」



 思い出す。村のやつらから受けた罵声──暴力。仕打ち。


「この一家の恥さらしが! 死にさらせ!」


「恥なのか、やはり貴様は恥なのか!」


「お前はもう人間とはみなさない。家畜小屋にでも暮らしていろ!」


 生まれつき頭が悪かった俺。劣等生──生きる価値のない汚物──のろまのクズ。お前は生まれてきたことが間違いだった。


 ありとあらゆる罵声を浴び、暴力を受け、家族から虐待を受けた。そして──。


「お前を家から放り出す。お前はこの家の恥だ! 出ていけ!」


 雪が積もる2月──俺は家から放り出され、与えられたのはもともと豚小屋に使っていたボロ屋。



 食料は──家族の残飯と、腐りかけて異臭がした食べ物と呼んでいいかすらわからないもの。

 道端に生えてるような雑草を食わされた時だってあった。


 そして、時折妹が隠れて持ってきてくれた食べ物が──俺の唯一の支えだった。

 身体からしても、心からしても──。


「お兄ちゃん、食べて」


 優しい妹だ。隠れて手作りで作ったのだろう。

 簡単なおにぎりとか、サンドイッチとか。


 それでも、嬉しかった。優しさが、心に染みた。


 しかし、そんなことをして周囲が許すはずもなかった。周囲の大人が、俺の小屋の前で立ちふさがったのだ。


「ダメじゃないか、あいつに施しなど──」


「でも──お兄ちゃんは本当は」


「ダメだ、今度あいつの所に行ったら、承知しないかんな」


 そして、真夜中。危険を顧みずに彼女はやってきた。申し訳なさそうな、後ろめたさを感じる表情。


「ごめんね……」


 そして、誰もいなくなって、一人。

 絶望に明け暮れていたころ、一人の人物がやってきた。


「貴様──よい面構えをしている」


「からかいに来たのか? よそ者。ぶっ殺してやろうか?」


「貴様の憎悪、殺気怒り。大したものを持っておる。どうだ? その力で、我とひと暴れ市笑みないか?」


 こいつ──何か異様な気配がする。人間とは違う、なにか。ニヤリとほほ笑む男。構わない。どんな力だろうと、俺を踏みにじってみたやつらに、同じ目に合わせるなら受け入れてやる


「わかった。受け入れてやろう。復讐したい奴がいる──」


 男が、俺に手をかざすと体に変化が起きた。


 体に、今まで感じたことがない力がみなぎってくるのがわかる。

 これが──力というやつか。


「貴様は、妖怪の力を持った人間──半妖となった。存分に、力を発揮するが良い」


「これで……これでこれでこれで、復讐が出来る。ぶっ殺してやる」


「だが、まだ力を操り切れていない。妖力を使いこなせねば、身を滅ぼす」


「わかったよ。強くなればいいんだろ」


 それから、家畜たちを実験に俺は妖力の制御を練習した。


 最初は出力が不安定だったが、ようやく妖力を制御できるようになった。家畜たちを、思い通りになぶり殺しにすることが出来た。


 今度は──村の人間たちだ。俺様をさんざん罵倒して、殴り蹴り──絶対復讐してやる。



 見ていろ、この俺様をさげすんだゴミどもめ、絶対に後悔させてやる──殺してやる!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る