第69話 この人、違和感
「私も、抱きしめてほしいですの!」
「暑苦しいし、せめて屋内でやってよ」
田舎で、理香ちゃん以外誰もいないとはいえ、外で抱き合うなんて恥ずかしい。
すると、ミトラは──。
「あっ、ああ──ん」」
わざとらしくよろけてこっちに来た。よろよろと動いたらと思ったその時─
─。
なんと、一気に邪魔して私の胸に飛び込んできたのだ。
「躓いちゃいましたの」
絶対わざとだ。子供かお前は──。そして、ミトラは信じられない行動に出る。
「あったかいですの!」
「あっ! お前──!!」
なんと、私の胸に飛び込んできたのだ。抱き着きながら、私の胸に顔をうずめてうりうりしている。
「あったかくて、やわらかいですわっ!!」
「暑苦しい。というかそれ以前だ、この変態」
ミトラの頭を掴んで、何とか引き離そうとするが離れない。ぎゅっと私を抱きしめて、胸に顔を突っ込んでいる。
何が起きているかわからず、理香ちゃんは唖然としている。
「一生パフパフされたいですわっ!」
「するかっ!」
仕方がない。ちょっと手荒だけど──。
「こんなところで、やるなっ!」
思いっきりミトラの頭にチョップを加えた。ビシッと音がして、当たった瞬間、ミトラはひるんでその瞬間にがっと引き離す。
おでこを押さえて、涙目のミトラ。
わしゃわしゃした胸を押さえてにらみつける。
「冷たいですの。私も、凛音と抱き合いたいですの!」
もっと、場所をわきまえてやれ!
……バカ。
真夏──。
凛音たちが岡山の県北にいたころ。
凛音の高校で、それは起こった。
怒号と──硬いものが当たっているような鈍い音。
「クソ野郎」
「ぶっ飛ばしてやる。この前の分までな──」
男達の、大きな叫び声がこだまする。先生たちがいない場所。
校舎の裏側にある、人気が全くない場所。以前凛音とヤンキーたちがもめた場所。
今は──凛音はいない。そして、その時ヤンキーたちが持っていた恨みは消えていない。
その恨みは──泰一にそのまま降りかかった。
呼び出さなければ半殺しにすると彼を脅して、呼び出した。
やることなんて、もちろん決まっている。
来ないともっとひどい目に合わせると脅迫をして。彼を数人で取り囲む。
「この前は良くもやってくれたな」
「あの巨乳女のせいで、邪魔されちまった」
暴力だ。以前から取り巻きの女が目をつけていて、ボコボコにしようとしたが、偶然通りかかった凛音とミトラにより邪魔されてしまった。
おさまりがつかなかった彼ら。そのイライラを解消するため、再び呼び出した。
「おかしいだろ、なんで──俺がこんな」
「うるさいんだよ。ほら、こういうのが見たかったんだろ?」
「え──ちょっ!」
取り巻きの中心にいつ女が、信じられない
なんと、女は泰一の前でスカートをまくり始めたのだ。
白くて、程よく肉付きのいい太ももが嫌でも視界に入ってしまう。
異性との経験がない泰一にとって、それはもうとっても強い引力みたいなものだ。あらがうことなどできない。
思わず、視線が太ももに吸い寄せられてしまう。そして、女の顔が怒りにゆがむ。
「このスケベ野郎。チー牛のくせに、私の身体じろじろ見てんじゃねーよ!」
そう叫んで、取り巻きの男たちがさらに殴り掛かる。
「うるっせぇ、クソ野郎」
さらに数分ほど、彼らは泰一に暴力を振り続ける。うずくまっている彼に、何度も何度も蹴っ飛ばした。
時間がたつと、彼らは飽きたのか、疲れたのか暴行をやめた。
「この野郎」
「二度と花にエロい目向けるんじゃねえよ陰キャ!」
「ほんと最低。二度と視界に入らないで!」
そして、ヤンキーたちと花という女は帰っていく。
ボロボロになった泰一。
(なんで、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけなんだ)
自然と、握る拳が強くなる。悔しい……悔しい……。
「俺に、俺に──力があれば、こんなことにはならなかったのかな?」
思わず、ボソッとつぶやく。
ボロボロの中、そんなことを考えて起き上がろうとすると、誰かがやってきた。
その人物が、俺に顔を向けてくる。
誰だろう、見たことがない人。
白髪で長身。前髪が長くて目がよく見えない。
長身で、すらっとした背が高い男の人。
大人の人なんだろうけど、なんだか違和感がある。
何というか……変な感じ。なにか、よくわからない気配を感じているというか。
「ひどい人たちだねー」
そう言って、男はこっちに手を差し出してきた。奇妙な微笑を浮かべて。
男が手を貸すと、その手を握る。俺が何とか立ち上がると、男は俺の腕を引っ張ってきた。
それから、俺の顔をじっと見てくる。
もう一度表情を確認。やっぱり興味津々で、にやりとした笑み。何だろう。彼から発せられる感覚は──。
「君、結構面白そうだね」
「は、はあ……」
「ちょっと、色々話してみない? こんなところで立ち話もなんだから──明後日あたり、ここでさ」
そう言って彼は、俺に向かってメモを渡してきた。そこには、住所が書いてある。
「そこに、明後日10時。どう?」
何だろうか。俺はこいつのことを知らない。なのに、知り合いであるかのようになれなれしく接してくる。
──どう対応すればいいかわからず、戸惑う。そうだ。
「いいけど、そうだ。名前、なんて呼べばいい?」
「ああ……名乗ってなかったね、ごめんごめん」
男はニヤリと笑って、こう答えた。
「僕、将門っていうんだ。よろしくね。」
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