第67話 怪奇現象と、発狂小屋
その言葉に、ごくりと息を飲む。
「この集落には、時折起こる怪奇現象──突然、狂ったように人が殺人鬼に変貌する。ことが」
「どういう、ことですの?」
ミトラが首をかしげると、栄吉さんの表情がぐっと険しくなった。
「ここから先、北にしばらく歩いていくと、そのまま北へ行く道と東へ行く道がある。そんで、しばらく道を行くと、古びた小屋がある」
「発狂小屋というでの」
そう言ったのは、栄吉さんの隣にいた髪の薄いおじいさん。浪吉という人らしい。
「発狂小屋?」
随分物騒な名前だ。変な伝説でもあるのかな?
浪吉さんの表情が、一気に険しくなる。
「頭がおかしくて、人を襲うようなやつだ」
何それ──。ちょっと怖い気分になる。
「正確に言うとだな。普段はちょっと変わっとるが、普通な奴がだな──満月の夜に変貌して、人や動物たちを襲うようになる。そして、その人物は二度と戻らなくなる」
時折妖怪に取りつかれたかのように、発狂して暴れまわる人が現れる。
そしてそれを隔離させるために、ここからしばらく離れた場所に元々家畜小屋として使っていた小屋があり、閉じ込めておくらしい。
普段であれば、しばらくすれば元に戻るのだが──まれに戻らなくなってしまうときがあるのだとか。
「戻らなくなると、どうなるんですか?」
「おらたちの代じゃ見たことはないんじゃが、言い伝えによると──まず狂暴化して、まずは家畜を襲うようになる」
「そして、それだけじゃ飽き足らず──何十人も人を殺して食らうようになるたい」
「それだけじゃなかと、人間離れした力を持つようになってとても常人じゃかなわないようになるたい」
おばあさんの言葉で、なんとなく理解した。これ、妖怪だ。
そして今、実際に何度か家畜たちが襲われているとのことだ。これ以上放っておくと人にも被害が及ぶかもしれないとのことで、こっちに頼んできたのだそうだ。
貞明さんが、腕を組んで言葉を返す。
「イノシシが侵入──とかはないんか?」
「動物では絶対ないたい。あの無残な死に方は──まるで恐怖心を植え付けてくるようだったわい」
話によると、その時の家畜の殺され方が異常ともいえる状態だったらしい。
腹部を食いちぎられて、さらし首にされた挙句、その首を台に並べておかれたりしているそうだ。
「明らかに、あれは動物じゃないんだべぇ~~」
確かになんというか、見せつけているというのがわかる。
自分の強さと、残虐さを──。
猛獣が、自分の強さを見せつけるために威嚇しているのと同じということか──。
「おそらく、妖怪だわいな」
「やっぱりかい……」
「それが、可能性として一番高いですわね」
「言い伝えで、聞いたことあるわい。妖怪は、実在すると」
確かに、言葉だけを聞くと妖怪である可能性は高い。どんな強さの妖怪なのだろうか──とっても気になる。また、大赤見のように強くて、知能があるタイプなのだろうか。
ちょっと気になって、周囲をキョロキョロする。そしたら、ミトラや貞明さんとも協力しないと──。
村の人達に、危害が及ばないようにすることだって重要だ。今回の仕事、以前にもまして難しそうだ。ただ、目の前の敵を倒せばいいというわけでもないのだから。
お茶を少し飲んで、精神を落ち着けさせた耐民舞で、栄吉さんが口を開く。
「明日、みんなスケジュールを開けておる。発狂小屋に一緒に来てくれ」
何が待っているかはわからないけど、行かないわけにはいかない。
行けば、なにかがわかるかもしれない。コクリと頷く以外に、選択肢はなかった。
「私も行きます」
「そうですわね」
「ということで、明日9時。発狂小屋の方へ向かうで。今日は、案内人をよこすから村を見てもらえばええ」
確かに、私たちは集落のことをよく知らない。
事件を解決するために、集落のことを知っておいた方がいいことだってある。
どのみち、他にやることもないし、色々見て回ろう。
こんな人気がない土地。ちょっと観光気分で、色々と見ておくのもいいかもしれない。
「ありがとうございます。ぜひ回らせていただきます」
そう言って、軽く頭を下げる。
「お饅頭、ごちそうさまでしたの~~」
お前は、もうちょっと緊張感をもて……。
私達は、一休憩してから家を出た。ミトラと理香ちゃん。
「みんな忙しいから、私が案内するね」
「わかりましたの。かわいい案内役ですの──」
大丈夫かな……こんな女の子一人で。そりゃあ人がいなくて、変な人もいないだろうけど。なんと、村の案内役は理香ちゃんだったのだ。
貞明さんは、一人で山の方に行ってしまった。なんでも、気になるところがあって、一人で色々見てみたい。
だから、2人はわしの分まで村のことを見てほしいと。村のことを知って、それが手掛かりになることもあると。
ということで、まだ日が暮れていない時間。村を見て回ることとなった。案内は、理香ちゃんがしてくれることとなっている。
「案内するね、ついてきて──」
そう言って理香ちゃんはくるりと体を回転させて小走りで前を歩いていく。
元気そうな子供だな。
ミトラと一瞬顔を合わせて、互いにコクリと頷いてから、理香ちゃんに向かって走っていった。
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