第61話 ミトラと、これからも──
「それを認めてしまったら、私の精神は全部崩れてしまいますの。孤独だった私を救ってくれたのは、祇園でしたから……」
ごめん。ちょっと言い過ぎたかな──。
そんな後悔をしていると、ミトラは私の近くに寄ってくる。それはもう、息が当たるくらいに。
そして──。
ドサッ……。
ミトラが、私を後ろに押し倒す。私の体は、後ろのベッドに倒れこむ形になる。ミトラは、倒れこんだ私に飛び込んできて、強く抱きしめた。腰の周りにミトラの両手が強く当たっているのを感じる。
「もう私は、凛音に抱かれた瞬間から、凛音なしではいられなくなってしまいましたの。あなたがいることで、私はまともな精神を保てるのですの。祇園を探す勇気が保てますの」
そしてミトラは起き上がって、座りながら私を見て笑みを浮かべる。
「今の私の心は、あなたのことでいっぱいです。私を抱いてくれたあの日から」
誤解を招く言い方しないで。ミトラがピンチだから助けただけじゃん。
しかしミトラは、自信を持った表情で私を見つめる。おかげで、言い返す気力がなくなってしまった。
笑みを浮かべたまま、胸に手を当て、言い放つ。
「だから──あの時私を抱いた責任を取って、ずっと私の大切な人として、私の隣にいてください!!」
私の、隣に?
その言葉に、私は言葉を失い、ミトラを見つめたまま固まってしまう。そんな瞳で見つめられたら、私なしじゃ正気を保てないなんて言われたら、断れないじゃん……。
断ったら、私が悪いみたいじゃん……。
私は、その言葉に──腹を立てた。そんな、自分勝手な──。
私ははっと起き上がり、ミトラに抱き着く。そして体を回転させ、さっき私を押し倒したように、今度は私がミトラを押し倒す。
ミトラの背中が震えている。演技でも何でもない、本心というのがわかる。口をへの字にして、むっとしながら言葉を返す。
「私は……気が弱くて──。自分のせいで人が傷つくているのが、本当は嫌で──」
「ご、ごめんなさいですの──」
今更謝るのかよ。もう遅いよ──。私はミトラの腕をぎゅっとつかむ。
「ずるいじゃないか。そんなこと言われたら、私がミトラを見捨てて、ミトラがおかしくなったら、私が悪いみたいじゃないか──」
ミトラは、私をじっと見て言葉を詰まらせている。
「ミトラは、明るくていつも私を引っ張って──私と違って誰とでも話せる」
「私は、お前とは違う。気が弱くて、相手が初対面だと、まともに話せなくて、言葉が拙くて。周囲と打ち解けるのが苦手で──」
「私よりお姫様みたいにきれいで、明るくて、人当たりがいいのに、なのに、どこかわがままで、子供みたいに私をひっかきまわして──」
私は、ミトラに感じていた想いを、全部ぶちまける。
「いきなり目の前に現れて、私をひっかきまわしておいて、あなたが大切な人です? 挙句の果てに私がいなくなったら精神が持たない?
冗談じゃない。そんなことをしてミトラを見捨てたら、一生後悔し続けなきゃいけないじゃないか」
「わ、私の事。そこまで──」
そこまでだよ。このメルヘン女!
そして私はミトラに近づく。腕を折り曲げ、ぎゅっと体を密着させた。
両腕をミトラの肩の後ろに回し、ミトラを精一杯抱きしめた。右頬、髪越しにミトラの柔らかい肌を感じる。
「約束しろ。私があんたに罪悪感を感じるいわれはない。だから、お前には、幸せになってもらう。おかしくなったら、絶対に許さない! 絶対に、幸福になってもらう」
「私は、ずるい女ですの──。あんなに凛音にプレッシャーをかけて、こんなことを言われて、なのに罪悪感よりも良かったっていう安心感が、私の心の中を埋め尽くしていますわ」
表情を見なくても、声色でわかる。安心しきっているのが──。
「ありがとう。これからも、よろしくね……」
抱きしめたままミトラの髪を優しくなでる。ミトラは、落ち着いているせいか全く動かない。
髪のにおいが私の鼻腔をくすぐる。いいシャンプーを使っているせいかいい香りがして少しドキドキしてしまう。
あんな明るいミトラにしては、意外な過去だと思った。けれど、今にして思えばその明るさも、どこか不自然に感じられた。まるで、何かを隠しているような、強がっているような。
時折切なくて、弱みを見せているようにも感じられた。
ミトラの不自然なまでの明るさや、無計画というくらい無茶な行動は弱みを見せまいとする裏返しなのかもしれない。
私に、自分のことをに心配されたくないという。
一度ため息をつく。
私は、いつも周囲に助けらればかりだ。琴美にしろ、ミトラにしろ。だからたまには、私が助ける側になりたい。
また、力不足かもしれないけれど、せめてミトラが不安そうになっているなら、その気持ちを、和らげるくらいのことはしてあげたい。
たまには、いいかな──。
私は、ミトラのことをぎゅっと抱きしめる。互いに下着姿同士、いつもならこんな恥ずかしいこと絶対にしないけれど、今だけは全く恥ずかしさなんてない。
むしろ、もっとミトラを抱きしめてあげたいという気持ちになれる。ミトラを抱きしめていて、彼女の不安を和らいであげているということが、とても誇らしく感じる。
母性本能というやつだろうか。ほっと一息つく。
「今日は、抱きしめてあげるから」
ミトラの頭を優しくなでなでして、一息つく。ミトラも私も、下着姿。私の身体全体に、ミトラの肌のぬくもりを感じる。
そして一度ミトラの顔に視線を向けると──。
「……って、もう寝てるじゃん」
思わず声を漏らす。ミトラは、すでにすうすうと寝息を立てて眠っているのだ。とてもかわいく、綺麗な寝顔。
そういえば、今日は本当に疲れた。ふぁ~~あと一度あくびをして振り返る。
強力な妖怪と対峙。何とか勝ったと思ったら妖怪省の人たちが来た。
ギリギリだった。少しでも気持ちが途切れていたら、私はあの場で殺されていただろう。
ふぅ──。
熟睡しているミトラから目をそらし、一度大きく息を吐く。
そう考えていたら疲労や疲れがどっと出てきてうとうとし始めた、少しずつ瞼が重くなっていく。
目をつぶって、大きく息を吐き力を抜いて、これからのことを想像する。
ミトラと出会って、一か月くらい。けれど、その中にいろいろなことがあった。家族を失って、琴美を失って。私の体はこんなことになってしまった。
妖怪たちに体を殴られたり、ぶった切られた利した時の痛みは、想像を絶するものだった。
琴美と取り返すという強い思いがなかったら、とっくに折れて逃げだしていただろう。
でも、心の中で不安は消えない。
私、琴美を取り戻すことができるのかな……。
つい布団を強く握ってしまう。
でも、ほかに道なんてない。どれだけつらい思いをしたって、逃げるわけにはいかない。大切な親友のため、やるしかない。
──行こう。ミトラと一緒に。
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