第60話 2人っきり
「凛音。私のことが、わかりますの?」
「……わかるよ。ここは?」
戸惑いながら私が答えると、ミトラがはぁ──っと安堵の息をついて表情が柔らかくなる。
「よかったですの──」
ミトラが喜んでいる表情を目の当たりにしてしまい、思わず顔が赤くなり、緊張してしまう。
すぐに周囲へと視線を向ける。真っ白いLEDの蛍光灯にツインベッド。すでに机にある時計を見ると、すでに夜中の三時。相当眠っていたみたいだ。
ワンルームの奥にはカードキーが入った部屋の照明のスイッチ。恐らくここはビジネスホテル──なのだろうか。
「ミトラ、大丈夫だった?」
「私は、大丈夫ですわ。凛音こそ──」
「私は、大丈夫──ってあっ」
ミトラの言葉に私は何とか立ち上がろうと身を起こすが、起こした瞬間、私の体はふらついてしまう。それでも起き上がろうとするが、その意思に反して力が入らない。
慌ててミトラが私の体を抑える。
「無理は禁物ですわ。今は休んで……」
「ご、ごめん」
力が入らない以上、どうすることも出来ない。ミトラが私を押すと、私の体は再びベッドの上へ。
そのあと、ミトラは床にくしゃくしゃに脱ぎ捨てられた下着をつけて、私の顔の隣に座り込む。
私の目線だと、ミトラの豊満な胸が下から見えてしまい、恥ずかしい。
私がミトラに視線を送ると、ミトラは両肘をついて、両手を頬に当てて話しかけてくる。
「とりあえず。凛音が倒れた後のことを話しますわ」
そしてミトラが事情を説明してくれた。あの大赤見との激闘。そしてその後の義永、勝親のいざこざ。
私は、無実を証明した後、倒れこんでしまったらしい。すぐに医務班によって見たもらった結果、極度の緊張と体力の消耗が原因らしく、すぐに近くの専門の宿泊施設に運ばれ、ベッドで寝かせていたらしい。
ちなみに、そこまではミトラがおぶってくれたとのこと。
「お疲れ様ですわ。あんな年に一回、出くわすかどうかの強い妖怪相手に立ち向かって──」
「ありがとう」
私は天井にある蛍光灯をボーっと見つめながらさっきまでの戦いを思い出す。
確かに大赤見は強かった。
そして、私が見たあの二人。
一人は明らかに人間ではない大きさを持つ妖怪。
もう一人──。
「初めて見たよ。あの人が、ミトラが探していた『祗園』さんなんだね……」
「はい。出会った時、言葉を失いました……。まさか、こんなところで会えるだなんて──」
ミトラ視線が、私ではなく誰もいない私の頭上に向く。心の中が、祗園という人でいっぱいなのだろう。ちょっと意地悪かも知れないけど、聞いてみるか。
「私と、すっごい似てるよね。ほとんど双子みたい」
その言葉に、ミトラははっと表情を失う。
何かを隠していて、それがばれてしまったかのように。
そして観念したのか、ほっと一息ついて言葉を返して来る。
「そ、そうですわ。祇園と凛音は本当に似ています。外見だけでなく、いざというときの勇気。自分のことを放り投げて、私や周囲のために戦うことも、全く同じですわ」
「そう──」
私はフッと微笑を浮かべ、ミトラをじっと見た。ミトラも微笑を浮かべたまま、私から目を離さない。
「──そうです。私が凛音と一緒にいるのは、あなたといると祇園と一緒にいる。そんな気分になる──。それが貴方と一緒にいる、理由でした……」
「でした?」
とうとう観念して本音を話したようだ。歯に何かが詰まったような言い方。
「しかし、凛音と出会って、一緒に時間を共にして、変わりました」
「私と、出会って?」
「はい。凛音は凛音です。祇園と同じように、私の大切な人です」
「ありがとう」
こいつ。よくためらいもなくそんなことが言えるな……。
なんていうか、私とは違うベクトルで人との距離感がおかしいんだよな。
いきなりキスしてきたり、なれなれしいっていうか──。
正直、今のミトラにこれを言うのはつらい。でも、言わなきゃいけない。
「でもさ……、あの祇園っていう人さ……」
その瞬間、ミトラの体がピクリと動く。ためらう気持ちを押し殺し、私は言葉を進めた。
「敵に──なっちゃったんじゃないかな?」
言いずらい、というか言いたくない。ミトラが悲しむのがわかっているから。けれど言わなきゃ──。じゃないと、ミトラ、ついて行っちゃいそう。
ミトラははっと表情を失い、私をじっと見てから言葉を返す。
「なってません! 祇園は私の大切な人です」
自分の感情を隠すかの如く強い口調。けれど、その声色はどこか震えているようにも聞こえた。
「でも、祇園っていう人。ミトラを見つけても何も話しかけてこなかったよ。何か話しかけるでしょ おまけに、あんな妖怪と一緒にいたし」
そう、祗園の隣にいた白い帽子の女の人。明らかに体のサイズがおかしい。祗園の隣にいた五倍くらいある。明らかに妖怪の女。
ミトラの表情が暗くなり、うつむいてしまう。
反論できないのだろう。瞳には、うっすらとした涙が浮かんでいる。
「そんなことは……ないですの」
悲しそうな表情でベッドのシーツをぎゅっとつかむ。
ミトラが悲しそうな表情をしてると、私まで心臓を掴まれたような、悲しい気持ちになってしまう。
とりあえず、もう追及するのはやめよう。
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