第56話 私の、気持ち

 琴美──こんな姿じゃなくって、笑顔が似合う琴美の姿で会おう。


 そう心に決めてから、ごくりと息を飲んで。思いっきり腹を切り裂いた。

 想いっきり血が吹き出て、肝臓が飛び散る。


 瞼が重くなって──周囲が真っ白になった直後に意識はそこで閉じた。



 パッと目を開けると、首の右側に大赤見の大鎌。すぐに腕で攻撃を受ける。

 吹き出る血。あまりの怒りに、感覚すら感じない。



「私の大切な人たちは──そんなことしたりしない!!」


 今までの感情を──家族たちを弄んだ怒りを、全力でぶつける。

 大赤見が反撃に出たが、振りかざした攻撃を力づくでねじ伏せる。一瞬鍔迫り合いが起きて、私は妖力を全開に出すと、大赤見の大鎌は一瞬で凍り付く。


 そのまま突っこんだ後、妖扇を凍らせて思いっきり硬度を上げた。思いっきり薙ぎ払う首をはねて、顔部分は数十メートルほど吹き飛んだ。


 胴体部分は、完全に無防備となる。


 そのスキを逃さず、一気に急接近すると首部分に触れて最後の力を振り絞った。


「ぐびょびょびゃァァァァァァァッッッッッ!!」


 聞いたこともない断末魔のような悲鳴をあげるが、構わずに全身を少しずつ凍らせていく。大赤見の身体が抵抗するかのようにもがき苦しんで、私から離れようとするが構わない。


 そのまま妖力を注入し続けて、大赤見の胴体は完全に凍結。

 ピクリとも動かない。



「クソッ──ワイは……ワイはこんなところで」


 大赤見の吹き飛んだ顔から、そんな悔しそうな言葉が聞こえる。彼にも、何か事情があったのだろうか。それで許されるとは、思ってないけど。

 なんにせよ、何とか勝った──。本当にギリギリだった。


 今までの敵とは、全く違う。ただ殴ってくるだけじゃない。知能があって、策を仕掛けてくる。


 これからは──こんな感じの敵と戦っていくのか。


 本当に勝てるのかな、不安しかない。

 でも、負けるわけには

 いかない。大切な人を、取り戻すために。


 そして、もう一度大赤見の肉体に、視線を向けた。

 凍り付いたまま、ピクリとも動かない。


 死んではないだろうけど、どうすればいいのか──。


 殺さなきゃいけないのか?? 私が……。どうしても、うろたえてしまう。

 妖扇を持った手が震えて、動かない。


「凛音──」


 葛藤を続けていくと、ミトラの声がした。思わず、ぱっと顔をあげる。


「ミトラ、なんでわかったの?」


「強い妖力の気配がして、飛んできましたの。そしたら、こんなことに──」


 困り果てているミトラ。ミトラは、どんな夢を見ていたのだろうか。

 どうしても、気になってしまう。


「とりあえず、敵は倒したよ。あとは──」


 そう言って、大赤見の凍っている胴体に視線を向ける。


「あいつを、殺さないとですわ」


「やっぱり、そうなんだ──」


 ごくりと、息を飲む。うすうすとは感じていた。殺さなきゃダメだって。

 ためらっていると、ミトラが話しかけてきた。


「でも、殺さなかったら──こいつは復活して人間を食い始めますの。だから、やらなきゃいけないのですわ」


「わかった……」


 そうだ。ここで殺さなかったら、こいつはまた人を殺すだろう。そうしたら、私のように悲しむ人が出てくる。家族たちや琴美のように、何の罪もない人が犠牲になってしまうだろう。


 それだけは、あってはならない。

 ごくりと息を飲んで、拳を握って覚悟を決めた。



 ゆっくりと、妖扇をかざした。やらなきゃ──。

 覚悟を決めたその時、何者かの足音がした。


 私は、くるりと体を反転させて、足音が聞こえる後方に視線を移す。3人。

 3人とも若い男の人。1人は一番先頭を歩いている、長髪で細め。おとなしそうな人だ。後の2人は、彼の後ろを歩いていたが、先頭の人が止まるとそのまま前に出た。


 1人は銀髪茶色い袴と羽織を着た、刀を持っている男の人。もう1人は茶色の髪に、ツンツン頭、私より頭1つ高い位の男の人。

 ミトラが、耳打ちしてくる。


「先頭を歩いているのが、妖怪省の事務次官である山名大全さんです」

 事務次官──。じゃあ彼がトップってこと?

「そして、前にいる2人。銀髪の方が細川勝親かつちか、茶頭の方が斯波義永よしながですの」 

「逃げるように言ったのは、この2人が来るからですの。この人たちは、妖怪省の中でも妖怪に対してかなり強い敵意を持っています……」

 その言葉に私は背筋が凍り付いた。じゃあヤバいじゃん……。


「とりあえず、私が対応しますわ」


 慌ててミトラが立ち上がり、彼らに話しかけた。 

 義永が言った。


「何だよ。このカチンコチンになったゴミは」


 ミトラは、一歩引いた後答える。


「妖怪ですの。強かったでしたが、この凛音が倒してくれましたの」


 義永が言う。


「まあまあ強そうだな、というか大赤見って聞いてことあるな」


 勝親が言葉を返す。


「過去は聞いている。生まれたときから両親から虐待を受け、誰からも愛をはぐくんでもらえなかった。暴力を受ける毎日。当然、まともな教育を受けず裏バイトや半グレ集団などを渡り歩いた後、将門と名乗っている人物にスカウトされ、半妖となった」


 半妖となって、初めて自分の存在価値を肯定してくれた。初めて認めてくれた存在に出会えてやりがいを感じていると。


「同情するのか?」


「関係ない。この世にいる妖怪は、一匹残らず消滅させなければならない」


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