第55話 悪夢
このまま、押し切って──勝つ。
大赤見は恐怖で顔を引きつらせ、私と距離を置こうとする。
逃がすつもりなんてない。一気に距離を詰めて、大赤見に向かって薙ぎ払った。
握っていた指ごと、思いっきり叩き落とす。
大鎌を持てなくなったのか、地面に落下。
もう、大赤見を守るものは何もない。涙目になりながら、必死に叫ぶ。
「獏ぅぅぅ獏ぅぅぅっっっ!! ワイはあのお方にも、将門様にも認められるような、最強の妖怪にならなきゃあかんのや。こんなおっぱいしかないおなごに負けるわけにはいかんのや。助けてくれぇ! 死にたくないわぁぁぁぁぁぁ」
おっぱいはともかく、命乞いをする姿に唖然とした。
さんざん人を食っておいて、いざ自分の身が危険になったら涙を流して情けなくないのか?
力が強いだけ。何が最強だ。
殺したくはないけど、まずは倒さないと始まらない。これで勝負を決める。
最後の攻撃を仕掛けようと妖扇をふるった瞬間──眼前に一匹の動物が現れる。
きゅゅゅゅゅん!!
さっき、牛頸ダムで出会った、子犬みたいな生き物。
さっきよりも、体に妖力をため込んでいるのがわかる。
そして、こいつから発せられる光が一層強くなったその瞬間──ストンと、瞼が一瞬で閉じてしまう。
瞼が落ちる瞬間、大赤見の声が聞こえる。
「行ったれ獏。惨劇夢──」
うぅ……。
ズキズキと頭に痛みが走る中、重たい目を開ける。
さっきとは違う。紫と赤がぐるぐるに混じった、グロテスクで気味が悪いことこの上ない空間。
そして、頭がくらくらする。しばらくどことわからない空間にいた。
数秒ほどたって、そこがどこかを認識。
よく見ると、リビングに廊下。私が住んでいた実家だ。
いつも家族と過ごしていた大広間に視線を向けると、あまりのおぞましい光景に言葉を失う。
タールのように粘っこくて赤黒い血。
何だかわからない、血がついている人の臓器。
誰かに食われた後なのか食い破られていた後がついている。
さらに視線を周囲に向けて──絶句した。静香の死体。
猛獣が食い散らかしたかのように、血肉がリビングのあらゆるところに散乱していて、死体は四肢も臓器もバラバラになっている。
首半分が妖怪に食われていて、そこら中に赤黒い血しぶきが飛び散っていた。
そして──。
死体となっていた静香が顔を動かしてこっちを向き、口がパクパク動き始めた。
掠れたような声が、私の耳に届く。
「なんで、お姉ちゃんだけ生き残ったの?」
絶望と怒り──そして唯一生き残った私への憎悪。じっと見つめてくる静香の光を失った目からは、そんな感情があふれんばかりに読み取れた。
私は、言葉を失い一歩引く。あまりのショックで静香の姿を直視できなくなり周囲に視線を向ける。
「役立たずのゴミが、親友も、妹も守れないで──」
そんな声が後ろから聞こえ振り向く。
今度は──お母さんだ。深い傷が入っている首からは、血がドバドバと吹き出ていて、目玉は片方が目が合ったところから飛び出して垂れ下がっている。
お腹の部分が半分ほどえぐれていて、血肉や臓器が露出していた。
歯ぎしりをして、見たこともないくらいの怒りの感情をにじませているのがわかる。
「お前が死ねばよかったんだ。いいなあお前だけ生き延びて──」
そう言って、お母さんは私のほほを目いっぱいの力でひっぱたいた。
そのまま、抵抗する気力もなく尻もちをつく。
どう言い返せばいいのかもわからず、ぱくぱくと口を動かしながら、ただお母さんの姿を見ていた。
ゴォン──。
背中に、強い衝撃が走って地面を転がる。すぐに気づいた、誰かが私の背中を蹴飛ばしたのだ。
すぐに視線を向ける。
お父さん。左腕がちぎれていて──ない。左足は──太ももの真ん中あたりがあり得ない方向に曲がって折れている。
お父さんは、私の足元に近づいてきて私の胸ぐらを掴んで無理やり立たせたかと思うと、私の顔面を全力でぶん殴ってきた。
ボキッと鈍い音が耳に届く。多分、鼻の骨が折れた。
ドロドロはなから吹き出る血を押さえながら、お父さんを見る。
「お前──この誰一人守ることのできない役立たずのゴミが!」
「お父さん」
「生きる価値のないゴミ──」
一度目を閉じてから──思い出す。家族たちとの思い出を。
私は──言葉を失い視線をおろす。怒りに満ちた感情を、強くこぶしを握って耐えた。
「凛音ちゃん──」
聞きたかった、でも重い感情が入ったような声。
「琴美」
その姿に驚いてびくっと体を動かしたが、琴美だ。お腹のあたりから、内臓や肉がぶら下がっていて、それからどろどろになった血が零れ落ちている。
「自分だけ生き残って、よかった?」
琴美は、にやりと笑って首を直角に傾けた。明らかに人間が出来るような曲がり方じゃない。
「私の親友は、家族は──そんなこと言ったりしない」
当たり前だ。私の家族は──琴美は──そんなこと言わない!
私は──信じた。今まで友にいた、大切な人たちを──。
妖扇を出して、自分のお腹に当てる。
琴美──こんな姿じゃなくって、笑顔が似合う琴美の姿で会おう。
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