第52話 弱点


「大丈夫?」

 琴美は壁にもたれかかって、座り込んでいる。


 呼びかけると、こっちを向いてきた。

 憔悴しきっているのか、疲れ果てたような表情。目はうつろで、視線は定まっていない。


「うん、何とか」


「とりあえず、保健室行く?」


 そう言うと、琴美はおおきく息を吐いてからゆっくりと立ち上がってスカートをパンパンと払った。

 そして、無理矢理にっこりと笑顔を作る。私に、つらいところを見せるのが嫌なのだろう。


「ありがとうね、凛音ちゃん」


「駄目だよ──自分を見失っちゃ」


「だって、許せないんだもん。琴美は、何にも悪くないのに──」


 自然と、握った拳が強くなる。震えた拳を、琴美は優しく両手で包み込んだ。


「何も見えなくなっちゃうからだよ」


「え──」


 その言葉に、私は思わずキョトンとなる。


 何も──見えなく。


「どんなに怒りがわいても、自分を見失ったらなにも周囲のことがわからなくなっちゃうよ。今は良くても絶対に後悔しちゃう。いつか、感情任せにばかり動いてたら、それだけは、覚えていて」


「わかった──」


 そう言って、コクリと頷く。


 あの時は、よくわからなかった。だって、大切な親友を守るためにただ必死で立ち向かっていっただけだし──。


 けど、こうして必死に戦っていて、その言葉の意味がなんとなくわかった。


 そうだ。怒りにまかせて力をぶつけるだけが強さじゃない──。時には押されっぱなしでも──見続けないと。


 そうすれば、わかるかもしれない。相手のことが。



 大きく息を吐いて、体を落ち着けさせる。

 体を完全に回復させてから、大赤見に再び視線を向けた。


 早く──あいつが反撃に出る前に。出る前に……??


 冷静に頭を張り巡らせると、一つの疑問が浮かぶ。


 どうして、とどめを刺してこないのか──。


 さっきまでの、琴美とのやり取りを思い出しているとき。私は、意識がそっちに行ってたぶん無防備だった。


 私の息の根を止める絶好のチャンスだったはずなのに。

 多分、攻撃されたらなすすべもなくやられていただろう。


「さあ、立ち上がんな。次でおしまいや」


 大赤見はニヤッと笑みを浮かべ、私を誘う。私を殺そうとしなかったのだろうか。

 まるで、ゲームで私をいたぶっているかのように。



「なんや? あまりにもワイが強すぎてビビっとるんか? なら、こっちから行かせてもらうで!」


 そして、大赤見は再び突っ込んできた。慌てて対応する私。


 大赤見は余裕そうな表情で何度も私の肉体を切り刻もうとしてくる。


 私が攻撃を防いでも、体を回転させてさらに攻撃を仕掛けてきた。


 まるで、流れるように自然で──全くスキがない。何とか攻撃を仕掛けようとすると、すぐに防がれて、カウンターを食らい体が切り裂かれる。


 そして、私がひるんだ瞬間に大赤見が一気に踏み込んでくる。



「これで、決めさせてもらうで」



 このままいけば押し負けてしまう──。


 そんなことを考えたその時──。

 大赤見がニヤリと笑みを浮かべた。勝利を確信したような、自信に満ちた表情。


「もらったで──」


 顔面に向かって、殴り掛かってくる。私は、顔の前を手でクロスさせる。

 それを気にせず、殴ってきた大赤見。あまりの威力に防いだはずの攻撃を受けきれない。


 大きな痛みを伴って、後ろに吹き飛ぶ。


 殴られる過程で、一瞬、違和感を覚えた。


 少しずつ押していけば、私は競り勝てなかったはずだが、大赤見は私の顔面を狙ってきた。



 確かに痛いけど、致命傷だけはかわしダメージを軽減できた。

 それだけじゃない、さっきまでの大赤見の行動。私を殺す絶好の機会に、仕掛けてこない。


「簡単には、殺さないで。もっと、あんさんを苦しませて──痛めつけてやるわ!」


 そしてもう一回にやりと笑った後、もう一度殴り掛かってくる。



「ほれほれ──もっと苦しめや! 人が苦しんでる表情を見るのは、最高に格別やわぁ~~。そして、最大限の苦痛を与えた後に、あんさんをおいしくいただいたるで」


 そう言いながら、何度も攻撃を繰り返してくる。


 それに対して、私は冷静に対応。もう動揺しない。

 深呼吸をして、心を落ち着けさせる。


 さっきまでとは違う。怒りという感情に流されない。

 さっきまでの怒りが、バチバチ大きく音を立てて燃えるオレンジの炎だとすれば、今の怒りはガスバーナーで見るような真っ白な炎。


 音も立てないし、一見するとおとなしく見えるが、その温度はオレンジの炎の比ではない。


 音などに、無駄にエネルギーをまき散らしたりせず、ただ高温の炎のみにエネルギーを費やしている。


 鉄さえ焼き切る炎。




 焦ったりしない、最後まで──自分に攻撃が当たる直前までよく観察したから対応する。


 すごくいい。今までとは違って、しっかりと対応しきれている。



 そして、極限の中で戦って──なんとなくだけど、大赤見のことを理解した。


 大赤見をにらみつけながら、距離をとって考える。


 確かにこいつは強い。単純な力だけじゃなくて、経験──駆け引き。それらについては私よりも上といってもいい。

 おまけに、倫理観も壊れていて、人間のことを自分の食欲を満たす餌だとしか考えていない。


 だから私を殴ったり、人を食ったりしても全く罪悪感を感じていない。残虐になれる。

 だけど──。


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