第45話 さよなら

「おいて──いかないで」


「あ……」


 そうだ、ここで別れたら静香は──。

 もう会えない? せっかく再会できたのに……。


 そう考えただけで、胸が痛くなる。瞳の奥がじんわりと湿り気を帯びてきて、それが涙になった。


 涙を、何とかぬぐう。


 あふれ出てくる感情を抑えようとするが、あふれ出る涙が止まらない。そして、静香を優しく抱きしめる。髪を研ぎほぐすようにして、優しく頭を優しくなでた。


「ごめんね、お姉ちゃんはもう──一緒にはいられないの。一緒には、暮らせないの」


「え……」


 静香ははっとした表情になり、じっと私のことを見つめる。


「ごめん──。みんな」


 すっと後ろを向いて、走り出す。これ以上、家族たちを見ることなんてできなかった。

 涙が止まらなかった。


「いままで、ありがとう。でも、私にはあるから。取り返さなきゃいけないものと、守らなきゃいけないものが──」


「お姉ちゃん……」


 走りながら、右手で両目を抑え、懸命に涙をふく。


 今まで一緒にいてくれて、私に愛情を数えきれないくらい、注いでくれた。

 いっぱいの、伝えきれないくらいの気持ち。


 絶対に、忘れたりなんかしない。大切な、人たち。



 そして、紫に光る空。鳥居が浮かぶ空の下、懸命に走る。


 決意は固まった。あとは──どうすればいいんだ。

 元の世界に帰る方法。


 考えながら走っていると。



「凛音」


 聞いたことがある声が、後ろから。

 反射的に、声を出した方へ顔を向ける。


 忘れもしない。ずっと聞きたかった、探し求めていた──大切な人の声。


「琴美……」


「凛音ちゃん。やっと会えたね」


 逢いたかった──私の、大切な人。


 でも──私が想像していた姿とは全く違っていた。


 琴美は、なぜか巫女服に近い服を着ていた。黄緑色をした上品さと気品さを醸し出している雰囲気。


 そして、琴美の身体に視線を集中させる。


 琴美の身体がほんのりと光っていて、後ろの風景が見えているのだ。

 というよりも、ほとんど透明に近い。薄く白く、透き通っているような感じだ。


 そして──私と同じように体から妖力の気配がする。


 私と同じ、半妖なのだろうか。でも、そんなことはどうでもよかった。

 やっと会えたという事実。


「やっと会えた。ずっと探してた」


「私も、凛音ちゃんと逢いたかった」


 琴美は、そう言ってにこっと笑みを浮かべて──首を少し傾けた。

 今までずっと思ってたけど、本当に琴美は上品できれいだ。


 私と違って、本当に美人だよな……。

 そして琴美は、口元に「静かに」と言わんばかりに人差し指を当てる。


「琴美──」


 そうささやいて、肩に触れようとしたのだが、触れることが出来ない。


 まるで、夢幻だったかのように触った感触がなく、そのまま手は下に降りる。


「ごめんね、私この世界の人じゃないの──。触ることは、出来ないの」


「つまり、琴美はまだ──死んでないってこと?」


 食って掛かるかのように琴美の肩を掴もうとするが、結果は同じ。琴美は、微笑を浮かべたまま私を見つめている。


「うん──でも、今は凛音の世界には戻れないの」


「戻れないって?」


 琴美の言葉に、頭が混乱してうまく答えられない。


「また、会おうね。でも、その前に」


 話は良くわからないけれど、琴美にも事情があるのだろう。


 そして、琴美は私の耳に口元を近づける。琴美の髪から甘い香水の香りがして、とてもドキッとしてしまう。


「教えてあげる。凛音が、この世界から抜け出す方法」


 そう言ってひそひそとこの世界から抜け出す方法を教えてくれた。けど──。


「本当に、それで??」


 琴美が教えてくれた方法。愕然として、ただ琴美を見ていた。本当に?

 確かに、私ならそれをしても大丈夫だ。


 試しに、妖扇で軽く指を切ってみたが、すぐに回復した。

 半妖の私なら──全く問題ない。


「出来る?」


 琴美の言葉に、一瞬戸惑ってしまった。そして──。


「出来る」


 そう言いきって、コクリと頷く。琴美はにこっと笑って顔を傾けた。


「そう言うと思ってた。凛音、必死になると周囲を見なくなって、すごい勇気を出すんだもん」


「ありがとう」


 私は、そんなすごい人なんかじゃない。ただ、大切な人を追っていて、それをめがけて──一生懸命になってるだけ。

 目の前で、助けてって声があるから、その声に答えたくて戦ってるだけ。


「じゃあ、私はここまでかな。もう、体をこの世界じゃ維持できない」


 琴美の身体がさらに透けて見えた。少しすると、ほとんど透明な状態になってしまう。


「じゃあ、守ってあげてね。凛音のこと信じてるから──」


「こっちこそ。会えて本当にうれしかった」


 ほほ笑んで、うっすらと涙を流しながら琴美を見る。

 やっと会うことが出来た、大切な親友の姿。


 姿と、透き通った姿から姿を消してから何かがあった。そして、ここにいる姿も仮のようなもので、私と一緒に戻ることはできないというのも感覚的には理解できた。


「あのさ、琴美は──私たちの世界に戻れるの?」


 それでも、また琴美と一緒にいたい。琴美だけでも、私たちの世界に戻ってきてほしい。

 唇が触れるんじゃないかってくらい顔を近づけて聞いてみた。


 琴美は、私の顔をじっと見る。思わずドキッとして私も琴美を見つめてしまう。

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