第46話 気配を、探して

 琴美は、私の顔をじっと見る。思わずドキッとして私も琴美を見つめてしまう。


 綺麗で、本当に女神みたいだ。そして琴美は、唇を私の唇にふっと近づけて──。触れた。


 感触はないけれど、琴美のふわっとした唇。きれい……。

 琴美が顔を離すと、慌てて唇を押さえてじっと琴美を見る。


「いつかは、戻れるかな。待ってるよ、また──会おうね」


「琴美!!」


 琴美の姿がさらに薄くなって、完全に消えてしまった。


 再び、この異質な空間に私一人になる。

 周囲には、誰もいない。人の気配すら全くない。


 隣にあるジュースが並んでいる自販機、どこか違和感を感じたので視線を向けると──。


「いらっしゃいませ」


 えっ??


 どこかおかしいと思い視線を傾ける。まるで、30年位前のセンスをした「サイダー」や「コーラ」。

 そしてお金を入れる部分には、自販機に張り付けられているかのように女の人のような真っ赤な唇がついていた。それが。まるで自販機に人が入っているように唇が動いて、喋っているのだ。


「今日は、アイスコーヒーにしますか?」


 一瞬呆然として、すぐに首を振った。今は、そんなことを考えている場合じゃない。


 大きな夕日の陽光が、私に刺さる。眩しさから右手で、光を遮った後、決意する。

 行かなきゃ。



 でも──こんな行為いくらミトラ達のためとはいえ、ためらってしまう。


 大きく深呼吸をしてから、妖扇を手に取って、お腹に当てる。いくら半妖の身体と言っても、覚悟がいる。


 仕方がないんだ。琴美のために、ミトラ達のために──。ごくりと息を飲んで、つんと妖扇でおなかを軽く押す。


 覚悟は、決まった。


 そして──。


 今の私なら──行ける。


 ありったけの妖力を扇子に込めて思いっきり腹を切り裂いた。


 そう、この世界から私が元に戻るための方法。それは──切腹だ。


 痛みを通り越して、熱いとさえ感じる感触が、切り裂かれた腹部の場所から迸る。目の前に、切り裂かれた私の内臓たちが飛び散っている。昔の私なら、目の当たりにしただけで卒倒していただろう。


 血が滝のように流れて、体が修復していく。そして、目の前が真っ白になった。

 体中が、さっきの琴美のように透き通っていって、感覚がなくなっていく。


 これで、戻れるはず。


 待っていて──ミトラ、みんな。今戻るから!



 うぅ……。


 再び、目を覚ます。


 覚醒したようだ。急いで、周囲に視線を向けた。


 夜の、真っ暗な闇。お腹──傷は、全くない。


 さっきまで食事をしていた食堂に私はいた。そして、みんな眠っている。隊員の人も、店主の人──みんないる。

 ぐっすりと眠りながら、みんな何か声を発している。


「もう、こんな仕事嫌だ。死にたくない」


「あのクソ菱川。今に見ている、ぼこぼこにしてやるからヨォ!」


 みんな、ああ見えて恨みつらみを持っていたんだ。そして、机に突っ伏して眠り込んでいるミトラ。


「祇園……逢いたかったですの。あなたは、大切な人ですの」


 そんな声を漏らしている……。


 一応肩をゆすってみたが反応はない。祇園さんと、今ミトラの中ではどんなことになっているのだろうか……。

 彼らも、自分たちの理想の世界の夢を見ているのだろうか。特にミトラ。大切な人なんだっけ……。

 とりあえず、何とか帰ってきた。


 いけない、こんなことしている場合じゃない。まずは──犯人を捜さないと。


 すぐに立ち上がって、お代を置いた後店を出て行った。

 ひたすら、真っ暗な夜の道を走っていく。

 気配を探ると、山のふもとの方から妖力の気配がする。


 ここからバスで数十分なはずなのに──今まで、妖力の気配なんてしたことがなかった。


 身体の芯のような、心の奥がうずく。私の、半妖の力が声をあげているみたいだ。

 こっちから、強い力があるって──。


 正直、それが犯人かはわからないけど他に手掛かりはない……。


 行くしかない。


 坂を下り、ただ走っていく。



 十数分ほどたって、まずは私たちがいた旅館へとたどり着く。一応入り口に入って様子を見てみる。

 旅館で働いている人たちが、みんな倒れ込んで眠っている。

 そして、エントランスのソファーに背もたれにかかっている人がいた。


 菱川だ。


 寝ながら、目からぽろぽろと涙を流している。


「お父様、どうして認めてくれないんですか? 私が、女だから……正論ばっかりいうからら」


 認めてもらえない……確か、この人菱川財閥の人なんだっけ──。ああいう名門の家だと、色々厳しいのだろうか。

 この人も、相当な闇を抱えているのだろうか──。


 けれど、今そんなことに構っている暇はない。早く、行かないと。

 再び、目をつぶって神経を集中させる。こっちの北の方から、強い妖力の気配がした。

 他に、手掛かりはない。


 行こう──。






 そして、しばらく歩いて古びた神社へとたどり着く。

 ここに、今までにないくらい妖力の気配の大元。


 苔生した神社への石畳の道──。

 その先には、雑草ぼうぼうの中、崩れた鳥居の残骸。


 散乱している石才の道を歩いていて、神社へと向かう。


 その先に、拝殿があって──その先に信じられない光景を手にした。


 若い男の人が、眠っている人たちを美味しく食べているのだ。




 ☆   ☆   ☆


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