第44話 本当の、気持ち

 空想の世界ではない、本当の記憶。すべて、思い出した。


 ミトラ──どこにいるの? 私の、大切な人。そう考え、ミトラからもらったシルバーの飾りに触れた瞬間──。


 シュゥゥゥという音とともに体が青白く光り始めた。冷たくて──でも私の身体に何か力のようなものが入ってくる感覚。


 その光は、裸だった私の身体を包み込み、見覚えがある服となった。


 妖服──体が、元に戻ってきている。あとは──。

 そう考えた時、私のスマホも、同じように青白く光った。すぐに駆け寄って、視線を向ける。

 マップには私の家と、次の文字が乗っていた。


「異界」


 画面が、今まで見たことがないような青白さになっている。

 ここは、死んだ人たちの世界ってこと? だから、お父さんとお母さん。静香も──。

 琴美は、半透明な姿で私の声をかけると消えてしまった。まだ、この世界にはいないってこと?

 でも、お母さんも静香もそんなことは言っていないし、変わった素振りもしていない。



 突然の事態に頭が混乱してパンクしそうだ。

 でも、そんなことは言ってられない。こうしている間にも、ミトラ達が危険な目に

 あってるかもしれない。


 早く、元の世界に戻らないと。でも、戻ったら……。


 もう、みんなとは会えない。多分、二度と……。本当に、ここから抜け出すの?


 一瞬考えこんで、悩みを断ち切るかのように顔を強く振った。


 考えても仕方がない、今やることは一つ。戻らなきゃ。ミトラも、みんな戦っているんだ。


 そう考えて、一歩を踏み出そうとしたその時──。


「お姉ちゃん──」


「凛音。どうしたの? その服」


 キィィィとドアが開いて、静香とお母さんかきた。琴美に叫んだ言葉に、気になってきたのだろうか。


 当然、2人は私が半妖になったことを知らない。驚いた表情で、こっちを見ている。


「お姉ちゃん。何があったの?」


「何かあったんでしょ。どうしたの?」


 その言葉を聞いて──。


 目頭が熱くなった。

 ダメ──。そんな思いを断ち切って、また首を横に振る。これ以上いたら、ここから去れなくなる。


 ごめんね。行かなきゃ。


 静香と両親と、目を合わせないように下を向いてみんなの横を通り過ぎる。そうじゃないと、立ち止まってしまうから……決意が、揺らいでしまうから……。


 階段を下って玄関へと早歩きで向かう。そして、玄関を開け夕日が視界に入ったその時、お母さんが話しかけてきた。


「凛音。どうしたの? どこに行くの?」


 私に気が付いたのか、後ろには、琴美と静香、お父さんの姿も。みんな、追いかけてきたんだ。


 その時、空の色が紫色に変わる。見たこともない空の色。不思議な世界だ。





「お姉ちゃん……」


 振り返ると、心配そうな表情で静香がつぶやいた。

 ここから行かないで──そんなことを言わんばかりの表情。



 それを見て、今の自分の感情に、気が付いてしまった。


 ずっと、ここにいたい。こうして、親友と──家族たちと何気ない日常を過ごしていたい。


 本当なら、こうして──幸せな日常を送っていたはずなんだ。


 一緒に学校へ行って、楽しく遊んだりして。

 本当なら、今頃お母さんの夕飯の手伝いをしていたりして。

 友達のことか、考え込んでいることとか話したりして──いつもと変わらない毎日を過ごしていた。



 将来のこととか考えたりしていて──琴美に相談して、勇気をもらったんだろうな。


 それで、どんな将来が待っていた……はずなんだろう。


 私だって、こんな悲しい思いをすることもなかった。


 醜い化け物と戦って、苦しい思いをすることも、痛みで歯を食いしばることもなかった。罪のない人が妖怪に傷つけられて「お願い、助かって」と必死に手を合わせることもなかった。


 涙が、止まらない。けど、行かなきゃ。



 琴美も、静香も──もういない。失った。


 もう、あの日には戻れない──。これは、夢幻なんだ。

 お父さん、お母さん、静香──。いかなきゃ。


 ゆっくりと、前へ向かって歩く。

 家族たちから一歩一歩離れていくごとに、背中が冷たい。戻りたいって、話かけているかのようだ。

 そんな想いを振り切って、一歩一歩──。


「ごめん、私行かなきゃ」


 そうささやいて数メートルほど進むと、ざっと誰かがこっちに走ってくる。


「静香──」


「お姉ちゃん、行っちゃうの?」


 そう叫んで、こっちへ駆け寄って来る。うっすらと、涙を浮かべている。悲しそうで、私と別れたくないというメッセージをこれでもかというくらい出して──。


 ダメだ、迷った分だけ──ここにいたいって思いが強くなる。

 もう──両親たちは一緒にいることはできないんだ。離れよう。


 行かなきゃ。ミトラ達の所へ。みんなが待っている、私が生きている世界へ。


「みんな、ごめん」


 かすれたような、小さな声色で言う。そして、静香たちの顔を見ないまま後ろを振り向いた。


 振り向いて、ここから去ろうとする。足が、動かない。


 まるで、身体全体がここから離れようとするのを拒絶しているかのようだ。

 ダメだ──、だって、静香は……お父さんは……お母さんは……もう。


 何度も心に言い聞かせて、信じたくない、受け入れたくない事実を思い出す。


 行かなきゃ──行かなきゃ──みんなが待ってるんだ。行かなきゃ、いけないんだ!


 そして、一歩を踏み出そうとする。悔しくて、無力感でいっぱいで──そんな思いを、振り切ろうとして、静香は逆に私の服の裾を掴んだ。

 そして目に涙を浮かべ、囁いてくる。


「おいて──いかないで」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る