第29話 富子さんの過去

「ありがとう、ございます」


 恐る恐る御影さんのティッシュを受け取り、傷口の部分に当てる。

 御影は、男たちを冷めたような目で見ながらため息をついた。


「いるのよね。どれだけ忠告してもいうこと聞かない、話を聞く耳を持たないやつらが」

「わかります」


 ビール瓶が当たった部分を抑えながら、言葉を返す。


「こんなやつらでも、時には痛い思いをして守らなきゃいけないって思うとだるくなるわね」

「はあ……」


 気の抜けたような返事を返す。なんとなく気持ちはわかるけど、私にはまだその経験がない。

 琴美は、私の大切な人で江の島であった男の人も、妻を助けるのに必死で少なくてもあんな人じゃなかった。

 だから、御影の言葉がどこか遠い世界の出来事のように思えるのだ。


「ま、戦っていくうちにいろいろ分かるようになるわ。まずは、この戦いよ。一緒に頑張りましょ」


 そう言って御影が笑顔を作ってウィンクをした。

 そうだ、考えていても始まらない。わからないなら、考え込むよりぶつかってみよう。

 それでわかってくるかもしれないから。



 夕方になった。

 南からくる生暖かい風が私の髪をなびかせ、夕日の光が湖をオレンジ色に照らす。

 湖のほとりに立っている私達は、怪牛が現れるとされる湖に視線を向けている。湖からは、妖力のオーラを感じる。やはり、何かあるのだろう。

 富子さんによると、湖に一度攻撃を放ち、怪牛をおびき出すらしい

 妖怪が現れると聞くと、やはり、緊張してしまう。

 今回も、しっかりと勝てるといいな。


「そういえば、御影さん」

「何?」


 そう言えば私二人の戦闘スタイルを知らない。一緒に戦うなら知っておいた方がいい。


「御影さんは、どうやって戦うんですか?」

「いろいろ喋るより、見せた方が早いわね」


 すると、御影さんは一呼吸をして右手をこっち出す。右手が黄色く光ったかと思うと、大きな薙刀が出て来た。


 漆器のように赤く塗られた、身長と同じくらいの大きさ。先端部は、槍のように刃がついている。


 御影さんは軽々しく薙刀を肩に乗せ、ほほ笑んで答える。


「これ、薙刀。知ってる? いつもこれで戦ってるわ」

「近距離戦、ですか?」

「まあ、そっちも出来るけどこれ、遠距離も撃てるから──相手に応じて使い分けてるって感じね。で、アンタは?」


 つまり、どんな状況でも戦えるって感じか。強そう。


 私は──。ちょっと考え込んでから、オホンと咳をいて妖扇を召喚させる。


「その──これで戦います。だから……得意ではないですね。近距離で肉弾戦というのは。氷を使うような、遠距離から打ち抜いていくような攻撃が得意です」


 やはり、初対面だと言葉が壊滅的になってしまう。

 御影さんは、特に気にするようなそぶりもなく答えた。


「なるほどね。遠距離得意ってこと。まあ、得意な分野を生かして頑張りましょ」

「はい」


 次、富子さんだ。


「富子さんはどんな戦闘スタイルなんですか?」

「ちょ、富子さんは──」


 私が聞いた瞬間、御影がそれを止めようとする。


「私戦わない。サポートに徹するから、よろしくな」

「えっ──戦わないんですか?」

 えぇ……。予想もしなかった答えに戸惑ってしまう。

「そうだ。今、私は戦えないんで」

「そうなのよ。事情があってね」

「何か理由でもあるんですか?」


 戦えない理由でもあるのかな? ちょっと聞いてみたい。それを察してか、富子さんはため息をついてから、私から視線をそらし、話し始める。


「聞いてなかったのか。私さ、以前パーティー全滅にあったんだよ」

「全滅って、死んじゃったんですか? や、富子さん以外……」


 衝撃的な事実に驚く。やっぱり、犠牲者っているんだ。


「そうだよ。一年前、妖怪と戦っていたら、今までにないくらい強ぇぇ奴に遭遇しちまってな。全く勝てなくて、私以外は逃げることすらできなかった」

「そ、そうだったんですか……」

「仲間たちは、逃げる間もなく死んでいった。悲惨な死に方ばかりだった。生きたまま悲鳴を上げて体中を引き裂かれたり、

 強い妖怪に首から上を食われたり、原形をとどめないほどぐちゃぐちゃになった死体。それはもう、思い出すだけで悲惨な──うっ……」


 富子さんはそう言いかけて口を押させ、うずくまってしまった。あまりのトラウマに、思い出しただけで戻しそうになってしまうのだろう。


「富子さん。思い出さなくていいです。わかりましたから──」

「そういうこと。だから今回私がいるの」


 そう言って、私と御影で富子さんの背中を優しくさする。


「身体が震えて、へたり込まないようにするだけで精一杯なんだよ」


 富子さんの背中が震えているのがわかる。演技じゃないみたい。あんまり、思い出させないようにした方がいいか。


「めっちゃ強力な妖怪で、気が付いたら病院にいた。医者から言われたよ。あまりのショックに記憶が解離したんだろうってな」


 記憶の解離、確かあまりにショックが大きいことがあると記憶自体がなくなってしまうんだっけ。


「サポートはしてやる。だから妖怪の方、よろしくな」

「私もいるから、頑張りましょう」

「──わかりました」


 コクリとうなずく以外、選択肢なんてなかった。今の精神状況で、戦いの強要なんてできるはずがない。苦しいけれど、二人で頑張ろう。

 御影さんだっているんだし。


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