第27話 四尾連湖へ

「それで、決めるんですか?」


「言葉では何とでもいえる。だから、実際に妖怪と戦っているところを見て、判断したい。凛音の戦い方も見てみたいしな。まあ、ミトラから評判は聞いている。お前は大丈夫だってな。これは、最終試験みたいなもんだ。いつも通りに、戦ってくれればいいよ」


「大分強いみたいだけど、私も加勢することになっているから、一緒に頑張りましょ」

「は、はい」


 そう言って御影がウィンクをする。なんていうか、陽キャというかパリピというか、とっても明るい印象だ。私とは正反対の。

 取りあえず、私のことを認めてはくれそう。


「それで、丁度いいタイミングで妖怪退治の依頼が入ってな、これ」


 そう言いながら、富子さんは隣にある本のタワーから、一冊の本を取り出し、とあるページを見せてくる。


「これ、怪牛。こいつが、最近現れてるって連絡が来てる」

「──はい」


 二十年前くらいの安っぽい雑誌、年代物なのか紙が黄ばんでいる。その真ん中位の一ページを指さす。そこにいるのは、とある人が見たとされる怪牛のイメージ図。

 筋肉質で、二足歩行の怖そうな顔つきをした牛だ。


「ちょっと見せて」


 御影が雑誌を手に取りふーんと声を漏らす。


「強さは、そこそこ。この前印旛沼にいたやつより少し強いくらいだ」

「それなら、何とか──」

「まあ、私と凛音がいれば楽勝でしょ。半妖二人なんだし」

「こいつと戦ってもらう。いいな」

「はい」


 そう言って富子さんは別の部屋に行ってしまった。

 何でも、すぐに出発するらしい。ショルダーバッグに荷物を詰めて肩にかけると、玄関の方へと移動。


「行くぞ」

「は、はい」


 そして私も後を追うように外へ。

 富子さんとの妖怪退治、うまくいくといいな……。


 再び東小金井に戻り、中央線を山梨方面へ。富子さんは、電車の中でも駅で買ったチューハイを呑んでいた。

 八王子から特急に乗り換え、席に座った瞬間袋からビールを取り出す。そして一口飲むとまるで中年男性の様に「うぉぉぉ~~っ」と唸りだした。


「ふぅ~~っ、最高」


 この人の肝臓、大丈夫なのだろうか。

 列車が長いトンネルを抜け、山に入ってくる。御影は、私に色々話しかけてきた。


「アンタ、何で半妖になったの?」


 窓際に肘を置きながらこっちを向く。

 やっぱり聞かれるよね……。どうすればいいか迷ったけど、正直に答えるしかなかった。

 流石に名前は言いづらいから、大切な人が連れ去られた。とだけ言っておいたが。


「ふーん。大切な人のため、仕方なくって訳ね」

「そんなところです」


「私も似たような物よ。ま、それくらいの理由がないとこんな痛い思いして戦おうとは思わないわよね」

「そ、そうだね」


 戸惑いながらも、適当に相槌を打ってやり過ごした。やはり、知らない人と会話をするのは苦手だ。

 御影は、それ以上自分のことは何も話さなかった。私のことはあれほど根掘り葉掘り聞いたのに。まあ興味ないから聞かなかったし別にいいんだけど。



 それから、甲府でさらに特急に乗り換え、駅で買った駅弁を食べながら市川大門駅へ。そこからタクシーで三十分ほど。

 それなりの長旅で、やっと四尾連湖に到着。


「ついたな」

「はい」


 目の前にある景色を見て、思わず息を呑む。

 水がきれいで、とても透き通って見える。湖では綺麗な魚が水の中を泳いでいたり、水面では鴨が優雅に動いている。

 湖の周りは、緑一色で雄大な自然を感じられる美しい光景が重なっていた。

 ほとりでは、休日を楽しむために来た観光客がバーベキューをしていたり、キャンプを楽しんだりしている。とても賑やかな雰囲気。ボートで遊んでいるカップルや家族が数組いる。


「こっちだ」

「わかりました」


 富子さんが、手招きして私を誘導した。変な人じゃないといいな。


 私達は湖のほとりにある山荘へと足を進める。山荘「氷明荘」本来は観光客向けの宿泊施設のようで、ここも自然の豊かさを感じる場所だ。


「ちわーす」


 中に入って富子さんがぶっきらぼうに声をかけると、受付の人に事情を説明し、階段を上がり、二階へ。

 そして、一番奥の部屋をノックし、扉を開けると、一人のおじさんがいた。背が高くて、短髪の黒髪。半そでのシャツにGパン。ダンディーな印象の人。


「来たぞ。また怪牛はが現れてるんだって?」

「そうなんだよ。だから何とかしてほしいって頼んだんだけどね」


 そう言うと、おじさんは私達の目の前の机に用意していた飲み物を置いた。チャイという、ミルクティーに近い飲み物。

 今、七月で暑いのに……。

 しかしせっかくいただいた好意。無下に扱うわけにもいかず、ふーふーして冷ましながらいただく。甘さの中に、ほんのりと香辛料が聞いていておいしい。

 そしてそれを呑んでいると、おじさんが話し出す。


「最近ねぇ、湖がざわつくんだよねえ、時々」


 おじさんはため息をついて窓の外をじっと見る。話によると、最近になってから湖の湖面が、風も吹いていないのに大きな波が立ったり、火山湖でもないのに、水面から気泡が立ってきたりしているのだとか。

 そして十日ほど前、人気がない深夜、とうとう見てしまったらしい。


「湖から、大きな牛が──いた。さっきにあふれて、水面から何かを探しているように周囲をキョロキョロと見ていた」

「確か、怪牛──ってのが四尾連湖にはいたんだよな」


 おじさんはコクリと頷く。おじさんは机の引き出しをがらりと開けると、書類を取り出し、私達に見せる。

 紙はほんのりと灰色がかかっていて、表面が荒い。おまけに所々シミができているうえに、知らない文字があったり、文体が古臭い。

 何十年も前に作られた書類だというのがわかる。

 それを富子さんが解読し始める。五十年前、妖怪省の調査で、四尾連湖に怪牛という巨大な牛の妖怪がいることがわかった。

 湖の全容がわからなかったので、どんな罠があるかわからなかったこと。

 怪牛が何も悪さはしていないというのもあり、定期的に観察をするだけにとどめて討伐するということに至らなかったとか──。

 富子さんは肘を机につき、さらに言葉を進める。


「最近、多いんだよな。今までおとなしかった妖怪が、急に狂暴化して人を襲うようになるパターン」

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