第17話 悩みを、越えて
「すいません。私、連れがいるんで──」
しかし男たちは気にしない。
男の人は私の胸に視線を向けた後、なんと茶髪の方が私の腕を掴んで引っ張り出したのだ。
「いいっていいって。じゃあその子とも遊ぼうよ」
「そうそう、せっかくナイトプールに来たんだから、楽しまなきゃ」
お前達なんかと一緒で楽しめるか!
そう言いたいが突然声をかけられたことに動揺して、嚙みながらしか言葉が出ない。
「いや……。その──、困ります、やめてくだ」
さらに、金髪の男が頭をポンポンとしてくる。
「悪いことは言わないよ。一緒に楽しもうよ」
初対面で髪を触るな。しつこい!
心の中でそう叫んだ瞬間、何と男は私の手を掴んできたのだ。
あまりの突然の出来事。断らなきゃいけないのに、脳がフリーズしてしまい、どう言葉を返していいかわからずフリーズしてしまう。
「ほら、あっちの波のプールで泳ごうよ」
強い力で引っ張られ、半立ちになってしまったその時──。
「私の親友に、何をしてくれてるんですの?」
聞きなれた甲高い声に、思わずその方向を見た。
ミトラだ。片手にラムネ、もう片手にオレンジソーダのグラスを抱えたまま、ジト目で男たちを見る。
「い、いや……あんまりかわいくて。君も一緒に遊ばない?」
男のチャラい言葉にもミトラは動じない。そんなミトラの姿を見て、心の底からほっとした。
落ち着いて手に持っていたジュースを机に置く。
そして口を尖らせて、じっと男たちを見る。
「さあ、帰って帰って! でないと警備の人を呼びますわ」
ミトラは男たちの背中を押して、ここから追い出していく。
男の人たちはミトラにあたふたしてこの場を去って行った。
そして、ミトラが私の方を見て笑みを浮かべる。
「とりあえず、休みましょう」
「そうだね」
私たちは席について、ミトラが持って来たジュースを口に入れる。南国風の、プラスチックのカップにオレンジとレモンが置かれている。
疲れ切った身体に、甘酸っぱいラムネ。
体全体が満たされるような感覚になり、とてもリラックスできた。
大きく息を吐くと、ミトラがこっちを向いて話しかけてきた。
「怖かったですの?」
「な、何で?」
「だって、いつもより体が震えますし──、」
あっ──。言われて初めて気が付いた。
慌ててミトラから手を放す。
「当たり前だよ」
じっと手元にあるラムネに視線を合わせながら言葉を返す。
どうしても、今までの自分を思い出してしまうからだ。
「私、生まれてからずっと気が弱くて──人見知りだったんだ」
だから、ああやって周囲から押されると何も言えない。
「いつもああやって強く出られると何も言えなくて──。迷惑だなとは、思ってたんだけどさ、いつも言い出せない。いつもそうなんだ、私」
思い出すだけで、シュンと落ち込んでしまう。
「生まれてからずっと、自己主張が苦手なんだよ。相手に悪いなって思ったり、そもそも関心が無かったり……。今も言われてるよ。お前は人に関心が無いとか、『出来損ない』とか」
口にするだけで、目がじんわりと潤ってくる。何とか湧き上がってくる涙を抑えているとミトラが心配そうに話しかけてくる。
「凛音──」
ミトラが、驚いた表情でじっと私を見る。
しかし、一回息を吐くと首を横に振って言葉を返した。
「なら、私がずっと、いてあげますわ。誰でも、気分が落ち込むときはあります。もう一度、行きましょう」
「また、プールへってこと?」
「はい。自信を取り戻せるのは、自分だけなんですから」
その言葉に、私ははっとなる。
「ここ数週間、凛音と一緒の時を過ごしてきました。全部を知ったというのはおごまかしいかもしれませんが、凛音がどんな事にも真面目で一生懸命、なのは、よく伝わってきます。だから、凛音ならそんな悩みを越えられると信じています」
そう言って、私の手をぎゅっと握ってくる。
「自分に自信が持てば、そんな悩みは、軽くなると思います。さあ、行きますわ」
ミトラの、自信満々な表情を見て思った。
行くしかない。
そうだ、こんなことで悩んでもどうにもならない。前を向いて、今できることをやろう。
ミトラの言葉のおかげで、何とか気分が前を向いた。
そして私はもう一度プールへと行く。
それからは、同じことの繰り返し。決して器用ではないから、何度も練習する。繰り返していく。数時間ほどかけて、以前よりも少しは力を制御できるようになっていった。
もちろん、暴走なんてさせていない。
時間を見ると、すでに21時を回っている。
「今日は、これくらいにしますの」
「そうだね」
さすがに、疲れた。これ以上やったら、明日の授業が全部睡眠学習になってしまいそうだ。
「じゃあ、水着──お金は私が出すのでお持ち帰りと──」
「いらない」
そういって笑顔を見せると、ミトラは不満そうにぷくっと顔を膨らませた。
「もう……もっと見たかったですの」
次からは、ちゃんとした水着買おう。
そしてプールを出た夜道。
人気が少ない道でミトラと話す。
「わかっていますわ。凛音はそんな人なんかじゃないって。友達のために、何の関係もない人のために身体を投げ出し痛い思いをして戦っていることも──」
「ありがとう」
ミトラの言葉が、とっても私の心に染みる。
「ですから、これからも一生懸命頑張ってくださいな。あなたを求めている人は、きっといます。凛音が一生懸命闘うだけ、人々を救うことができるのですから」
「ありがとう」
コクリと頭を下げると、先日の妖怪との戦いを思い出した。傷ついた妻の前に、涙を流しながら必死に応急処置をする男の人。
一命をとりとめた時に涙を流していたのは、強く記憶に残っている。
「凛音にしかできないことが、いっぱいあります。私も隣で力になりますから、いっしょに頑張りましょう」
ミトラは、またにこっと笑う。女神のような、太陽のような眩しくて明るい微笑み。
見ているだけで、ドクン──ドクン──と心臓が高鳴る。
ミトラのことを、強く意識してしまう。
「わかったよ」
小さな声で、うなづいた。
私なんかが力になれるなんて、どこか現実味がない。それでも、私を必要としてくれる人がいるなら──やってみようかな。
そんなふうに、考え始めていた。
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