第38話 怨嗟
鉄を打つ音が煉瓦造りの工房に鳴り響く。
リズム的なそれは時折止まり鉄を冷やす音に変わり、炉に入れ再び鉄が赤熱すると再開される。
眼帯の女は鉄を打つのを中断するとこちらを見る。
「あ?なんや?用はなかったんやなかとか?」
「すんません、あっし達の目的地がここだったようでして、こちらを___」
「ちょいと待て、これば完成させたら聞く」
華奢な体躯には不相応な槌で鉄を叩き上げ、それは刃の形を成していく。
響く音を軽減させるため耳を寝かせ抑え込む。
炉の火は美しく燃え、金属は赤熱し光っている。
「……ぬしも物好いとるな。2時間も見よって飽かんとか?」
「2時間…?もうそんなに経っていたのか…」
ふっとアリサワの方を見ると座りながらいびきを上げ眠っていた。
よく眠れるな。
「それで?このムラサに用はなんや?」
「あぁ、そうだった。これを」
俺は指輪から箱に収められた砕けた無銘を差し出す。
「ふむ…見事な折れっぷりばい。銘は無かとか」
ムラサは慣れた手つきで刀を分解する。
手に取り、観察し、分析する。
数分が経った頃、ムラサは驚愕したような顔をした後、俺の方へ向き直る。
「ぬし…これどこで手に入れた…」
「……」
「答えろ!!!」
「……」
「…?こら…熱中症!?早う水ば飲ませんば!!」
「ゴッポッ!?ゲホッ!オエッ!…はっ、すまないボーッとしてた」
「はぁ…すまん待たせすぎた」
ムラサは汗を吹き、話を再開する。
「それで、こらどこで?」
「俺の仲間の…形見だ」
「…そらそいつば最後まで守れたか」
「守ったさ、少なくとも俺ともう1人の命はな」
「ならよか、そん刀も本望やろう。紹介状を見せてみい」
俺はアリサワの懐を探り、紹介状を取り出し渡す。
「ふむ…タケゾー爺しゃんの客人か、そんなら大歓迎ばい。察しは着いとるが…要件を話してもらおうか 」
「あぁ、この刀…この無銘の修繕をして欲しい」
「……クク、まるで獣ん様な眼ばい」
ローウェスの赤い暗く濁った眼をムラサは見る。
ムラサはその眼に炎を見出す。
それは制御できる炉の炎では無い。恐ろしいまでに燃え盛り制御することすら叶わない何もかもを焼き尽くす炎を。
「……」
「…よか、引き受けてやる」
ローウェスの濁った瞳に光が宿る、赤黒い光が。
「…!本当か!」
「ただし、条件がある」
「なんでも言ってくれ!!大切な、大切な物なんだ…!」
「素材はぬしん方で用意せい」
「わかった!どこにあ」
「待て、今日はもう遅か。話は明日からだ」
「うっ、そ、そうだな…起きろ、アリサワ。話は終わったぞ」
「んえ、姐さん?…分かりやした。宿へ行きやしょう」
建物を出る俺らをムラサは手を振り見送る。
「そいで、姐さん。話はどこまで進んだんでっせ?」
「その事は宿で話す」
「了解ですぜ」
宿へ辿り着くと宿の従業員にアラタとタケナカの部屋へ案内される。
「姐さん、お疲れ様です。おい、起きろタケナカ」
「む、もう食えぬ…フゴッ!?」
「起きたな、それじゃ姐さんお願いしやす」
「お、おう」
俺はムラサの話していたことを伝える。
「…うむ、本格的な話は明日からになりそうですね。姐さん本当にお疲れ様です」
「運転も護衛もお前らがやってくれたんだ、俺は車で寝て工房で話を聞いてただけだよ。さて俺は温泉に入ってくる。傷に良いんだってさ」
「了解です」
俺はそれだけを伝えると足早に温泉へと向かった。
「〜♪」
服を脱ぎ、包帯を取る。
人っ子一人居ない脱衣所に俺の鼻歌が響く。
従業員に聞いたところ観光シーズンでもない限り人は少ないらしい。
それでも経営に問題ないというのはすごい話だ。
人は居ないがタオルで最低限隠しつつ、扉を開ける。
「おぉ、こりゃすごい」
いつもの浴室が小さく思える程の湯船からは湯気が絶え間なく出ている。
俺は湯船に入る前にお湯を体にかけ、汗を流し湯船に足先を付ける。
42°と言ったところだろうか。
ちょうどいい温度だ。
「ふぅ…生き返る…」
長い時間車に揺られあちこちがこってしまった。
3時間は寝ていたとはいえ同じ体勢ではこうもなる。
静かだ、お湯が湯船から溢れる音や水音が心地いい。
「……目のやり場に困る…」
半年以上経っても未だ慣れない女の、それも子供の身体。初めてシャワーを浴びたあの時は目を閉じて浴びたせいで転び痛い思いをした。
「…よし」
覚悟を決め身体を洗うべく湯船から身体を起こした。
「姐さーん!!お背中流しますぜ〜!」
そっと湯船に身体を戻す。
ガラリと脱衣所の扉が開くとアリサワが元気よく入ってきた。
(はぁ!?ちょ、なんでアリサワが…あ、そりゃそうだ俺今女湯にいるな…くそっ…伝え忘れてたか…)
年齢やらなんやらは解説していたが性別が抜けていた。身体変容は性別やらなんやらを変えようとするとかなり難しいというのが一般的な認識だ。
だからこそ彼女は俺が元から女だと認識していると推測できる。
「ふぃ〜今日は疲れやしたねぇ〜」
「そ、そうだな…」
「…姐さん?どうして背むけてるですか?」
「い、いやなんでも…」
湯船に浸かったアリサワが俺に近ずく。
鍛え上げられた身体には無数の古傷が刻まれている。
「…せい!」
「ブフッ!?なっ」
「へへへ、やっとこっち向いてくれやしたね」
「あ、わ、な」
「さ、身体洗いに行きますぜ」
アリサワが俺を抱え洗い場へと向かい洗面台の前の椅子に座らされる。
「へぇ、姐さんなかなかに身体が引き締まってやすねぇ、まるで刀みたいですわ」
(…これは…浮気じゃない…これは浮気じゃない…これは…浮気じゃない…)
心の中で死んだ嫁にそう言い聞かせる様に何度も呟く。
傷が開かないようにアリサワは優しく俺の背中を洗う。
「…姐さん、あっしは知ってるんですぜ?」
「…?」
「姐さん元男だって」
「なっ!?…な、なんで知ってるのに…」
軽蔑の目を向けられるかと思っていたが予想と外れニヤニヤとしている。
「そりゃ教えられる人なんてあの人しか居ないでしょうに」
「…アヤカか…それで?俺が男だってわかってるのになんで風呂に入ってきたんだよ」
「そりゃああっしの体は見せて恥ずかしい物じゃ有りやせんからね。それに今の姐さんは」
「ヒャッ!?」
「女の子ですぜぇ?ヘッヘッヘ、やはりこの柔肌…くぅ羨ましいですぜ。元男だとは思えねぇです」
アリサワは俺の身体を洗う。
傷は歪人の再生力のおかげで大分塞がってはいるが傷が開かないようにとスポンジではなく手を使ってである。
「お前…!中身おっさんかよ!?」
「うぇへへへ、あっしはれっきとした女ですぜぇ?」
「やめ、尻尾と耳を触るな!!ひぁー?!」
◆◆◆
「楽しそうであるな」
「…あの2人一応ここが公共の場だとわかってるのか…?」
「うむ、だが拙ら以外に客はおらぬ。それゆえある程度の自由は許されるだろう」
ローウェスとアリサワの楽しそうな声を壁一枚で隔てるはアラタとタケナカの2人である。
「…そんなお前は酒を持ち込んで…はぁ」
「リーダーも1杯どうかね?」
「阿呆か、仮にも俺らは仕事できてるんだぞ?」
「それでは拙が独り占めしてしまおう」
「勝手にしろ」
ため息をつくアラタを他所にタケナカはおちょこに入った酒を飲み干した。
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