第36話 傷
「本当にすまない…!!!」
「あー大丈夫だって、俺もお前も生きてたんだしさ、ね?痛い!?」
「あーもう!!動かないでください!!」
アラタとローウェスが刃鬼から逃げ出してすぐ、翡翠館へ戻り怪我の治療を受けている所だ。
アラタは電車から身を投げた際に左腕を骨折そして全身に大小の打撲。俺はというと腹部から胸にかけてに大きな裂傷と全身へ細かい切り傷を負っていた。
そんな中俺はアヤカに傷を縫って貰っていた所に、アラタがやってきて目の前で土下座をしているという状況だ。
「俺が勝手に行動した挙句姐さんに怪我をさせてしまったのは事実だ!それに俺は姐さんに失礼極まりない発言をしたのに!!そんな俺を姐さんは助けてくれた!!この恩を!!」
「だーもう!!大丈夫だっての!お前は自分の治療に戻れ!骨折してるんだろ!?無理に腕つかなくていいって!!痛った!?」
「し、しかし!!」
正直な話。話が通じない上に傷が痛みかなりしんどい。
「全く…すみません、ローウェスさん。昔からコイツこうなると止まらないんです…気が済むまで付き合ってやってください…」
「えぇ…うーん…だがなぁ…」
俺は半分に折れた刀を見てふと思いつく。
「…それなら俺の護衛と刀の修理について行ってもらうか」
「そ、それでいいのなら!!直ぐに準備を!!」
「馬鹿、明日だ!俺らは手負いだ、今日は休め」
アラタは慌てるように部屋を出ていった。
「…はぁ、真っ直ぐすぎるな、真面目というかなんというか…それに姐さんってなんだ…それ言うなら兄貴だろ…」
「それが彼の良いとこであり悪いとこなんですがね、はい縫合終わりましたよ。3日は無理しないでくださいね」
「ありがとな…ふぅ…にしても折れちまうとはな…」
「タケゾー様の兄弟弟子だった方の物…でしたよね?」
「あぁ、タケゾーの兄弟子で俺の義父、ヴェルン・ガリオンの遺した刀だ、銘は無い」
「…先程あぁは言ってましたがアテがあるんですか?」
「うーん、正直無いから困ってる」
ローウェスは折れた刀を手に取り、指でなぞる。
黒い刀身は光を失い、眠っているかのようだ。
託された日から手入れし、俺の牙として働いてくれていた。
だからこそ、喪失感が重くのしかかる。
「その刀が折れたのには理由があるんじゃよ」
「…タケゾーか、エドとハルスケはいまどうしてる?」
タケゾーは顎髭を弄りながら部屋へ入ってくる。
「ハルはお主の出したバイクに興味津々じゃよ、エドちゃんもじゃな。カカッこれでまた1つ孫の好みも知れたわい…まぁそれはいいとしてヴェルンの刀が折れた理由、それは仕上げがされてないからじゃ」
「仕上げ?」
「あぁ、その刀は儂の
タケゾーは腰に下げた刀、真牙を抜く。
その刃は美術品のように銀色に輝き波紋が波打っている。
一目見ればそれが尋常ならない切れ味を持ってることは分かるだろう。
「儂らの師が儂ら弟子の免許皆伝を祝うため打たれた品なのだ」
タケゾーは語り出す。
「若かった頃の儂らは剣聖と呼ばれた人の元で技を極め、競い合っていた、まだワーカーという職業も存在しない、それこそこの都市が出来て初期の頃じゃ」
「…第一次企業間戦争の前頃か」
「あぁ、もう50年も前のことじゃよ、自らの技を編み出し極めた儂らへ免許皆伝の証として、祝いの品として師は刀を送ろうとしてくれた。じゃが儂の真牙は仕上げまでされ完成に至ったが、お主の無銘は仕上げがされなかった、いや出来なかったんじゃ」
「できなかった?」
アヤカがいつの間に注いで来ていた茶をタケゾーが啜る。既に開かない瞳にはなにか思うことがあるのか複雑な表情を覗かせていた。
「うむ、その無銘の完成前に工房が襲撃されたのじゃよ。儂らは名を上げすぎた、儂らの力を恐れ疎んだ者たちにより刀工は死に、儂らの師はその刀工の娘を護り通し、最期に無銘と真牙を手渡し力尽きた」
「…いつの世も同じだな」
「カカッそうじゃのう、人間と言う生き物は突出した強さを恐れる、あの頃の
「そんなことが…」
アヤカは暗い顔をしながら話を聞いている。
これはいつだって起こりうる事だ、いつ奪われるか分からない、だからこそ強くあろうとし、だからこそ恐れられる。
「…それで?その話をしたのには理由があるんだろ?」
「うむ、察しがいいのう、その刀の修繕についてじゃ」
「ですが誰に…私達の刀を打ってくれているマガツキ工房は刃鬼騒動で閉鎖中、ムゲツ堂は羊飼い共による強奪で休止中ですよ?」
「…まだひとつ残ってるぜ」
「まだひとつ…?…あっ」
アヤカも気がついたようだ。
「カカカッ!コレは紹介状じゃ、渡せばわかってくれるはずじゃよ。明日は早い、今は眠るがいい」
「あぁ、ゆっくりとさせてもらうさ、それじゃ」
アヤカとタケゾーが部屋から居なくなり、俺は布団に寝転がる。
…何故か寝付けない。
枕が変わったから、自分はそれほど繊細では無い。
ベッドから布団に変わったから、23区に住んでいたことがあり慣れている。
暑苦しくて眠れない、適温的湿でむしろ快適である。
傷が痛み眠れない、痛み止めとアヤカの処置のおかげであまり痛まない。
眠れない理由を色々考えてみたがどれも当てはまらない。
「…」
起き上がり、包帯まみれの体に上着を羽織る。
今の俺の格好はというと、下には剣夜の制服を履いているが上はというと包帯のみである。そう包帯のみである。
部屋を出るには少々憚れる格好だ。
眠れず館の廊下を歩いていると花のような香りが風に乗ってか鼻腔をくすぐる。
「あら?こんばんわぁ、ローウェスはんやっけ?こんな時間になにやってますの?」
月夜に照らされた金色の髪と狐の耳が美しく輝き、風になびく髪からはさっき感じた花の匂いがする。
「…あんたはヨーコさんだったか」
尻尾をゆったりと揺らしながらヨーコは窓辺に座り、月を眺めていた。
「あらぁ、覚えてくださったん?うれしいわぁ、それでローウェスはんはどうなさったん?」
「眠れないからブラブラしてたんだよ、そんなヨーコさんは」
「ヨーコでええよ。情報の修正と収集もモロモロ終わったから寝よう思ったんやけどねぇ。うちも眠れんからここで夜風を浴びてるんですわ」
ヨーコは微笑みながらそう語る。
眠れず何をするでもなくただ外を眺めるのに23区の居住区は静かでいい、それも翡翠館程の広さであれば尚更だ。
「……」
「……」
しばしば無言の時間が訪れる。
俺は窓の外を眺める中、気のせいだろうか。ヨーコは俺をジッと見つめている。
まるで獲物を見る獣の様だ。
「…ヨーコさん?」
「……」
「ヨー…コ?」
「はぁい」
何を考えているか俺には分からない。
なにか話題を振らねば。
「そ、その耳はどういう…?」
「あらぁ、気になりますぅ?ええでしょ、狐の遺伝子使って生やしたんよぉ、妹と一緒に」
「そうか、妹が居たんだな」
「そうよぅ、まぁ刃鬼に殺されてしまったんやけどねぇ」
「……すまない」
重い。
沈黙を破るための会話でなぜ先程よりも重い空気になっているのだろうか。コレガワカラナイ。
「ええのええの、そんなローウェスはんの耳と尻尾はどないしたん?」
「俺のか?これは…気がついたら生えてた…としか言いようがないな…」
「あらぁ、冗談がお上手やないのぉ。ふふ、ほんま可愛らしいわぁ」
「…!?」
ヨーコが俺を引き寄せ抱きしめる。
突然のことで反応できない。
(もしかして酔ってるのか…?)
アルコールの匂いは…しない、高そうなシャンプーの匂いがするだけだ。
ということは素がこれなのか…???
頭を優しく撫でられ困惑する。
「あー、えっと…?」
「あらぁ、かんにんねぇ、あまりにも可愛くて抱きしめてしもうたわぁ」
俺はヨーコから離れる。
「…ローウェスはん」
「ん?なんだ?」
「■■って…いや、なんでもあらへん…」
「…?」
「な、なんでもあらへんよ、おやすみなさい」
「お、おう。おやすみ」
ヨーコは足早に去っていった。
俺に何を聞きたかったのか、それははっきり聞こえなかった。
だが布団に入ってからも、あの影のかかったような表情が俺は忘れられないでいた。
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