第34話 羊飼い

「あ、来たっすよ!」

「ローウェス遅ーい」

「すまないな、試合してて遅れた」


ハルスケは手を振りエドは俺を待ちわびたようにジト目で恨み言を吐く。それもそうだ、15分位遅れてやって来たのだから。

3人で刃鬼の情報を集めるために街へ繰り出す。

ケイニスはというと今日は翡翠館で待機してもらっている。

気を失ったばかりな上に刃鬼の奇襲があっては近接での戦闘力皆無の彼女を守るのは困難だ。

それならば23区全域のカメラを確認してもらった方が有用だろう。


「それにしてもエッちゃんもワーカーになったんすね〜」

「ん、ローウェスの役に立ちたいからね」

「それにしても狙撃手っすかー、確かにお祭りの時射的で無双してたっすからね、今はプロ級なんじゃないすか?」

「まぁな、今じゃ狙撃の腕じゃ俺は勝てねぇもん」


エドの狙撃の素養はかなりの物だ、8年の間で俺が10発中7発当てる中あいつは10発中10発全部当ててしまう程になった。


「そ、そんなことは…そ、そんなハルはどうなのさ」

「自分っすか?自分は力の制御がだんだん上手くなってきたっすよ!」

「ほんとぉ?」

「そりゃほんとっすよ!刀が3回まで耐えられるようになったんすから!」


ハルスケは指を3本立て、強調するようにそう言う。

ハルスケは生まれながら遺伝子に異常があり、常人の数十倍の腕力を有している。それはやわな刀では振るうだけで欠け、へし折れてしまうほどだった。


「おぉ、前は1回でダメだったのに凄い進歩してるじゃん」

「いやぁ、まじキツかったっす、力が入りすぎているって何回もアヤカ姉にしばかれたんすよ、構えから何までしこたま絞られて何とか3回振れるようになったっす」

「あはは!さすがアヤ姉だね。アヤ姉は教育熱心というかなんというか、すごいよね」

「今のエッちゃんと自分が17歳で昔のアヤカ姉は少し年下の15の時から剣夜で注目浴びてたっすからねぇすげぇ才能っすよ。昔は9歳のガキンチョだった自分はあれから8年経った今でも計算系の宿題を教えて貰ってるんすけどこれがなかなかに大変で…」

「ハルは算数苦手だったもんねぇ、あ、今は数学か」


ハルスケとエドは長い空白期間の埋め合わせをするように雑談をしながら街道を歩く。

ハルスケは剣夜の制服とは違い、ワイシャツを着ており、ハーネスベルトには両脇に2本、背中に1本刀を装備している。

戦闘では使い捨てること前提であり、継戦能力に乏しいがその破壊力は見習いながら一線級だ。


「さて、話もこれくらいにして、不審な人物がいなかったか聞いて回るか」

「自分はローウェスさんに着いて行くっす」

「じゃあ私は高いところから探すね」

「まぁ、3時間くらいしたら合流するぞ」

「りょ」「了解っす!」


◆◆◆


「えーと、ローウェスさん…」

「おう、どうしたハルスケ」

「いま自分たちがどうなってるかの確認なんすけど」

「あぁ、そうだな」


車が揺れ、誰かが小さく呻き声をあげる。


「縛られてるんすけど!?」

「まさか奴ら筋硬直剤使ってくるとはな、準備がいい」

「ぐぅ、そのせいで千切るのは時間かかりそッすね」


エドと別れてすぐ、聞き込みも程々の所で俺らは車の中に押し込められてしまった。

体はギチギチとまではいかないがマトモに動けない。

力が弱まってるのもあるが、縄自体がかなりの強度だ。


「筋硬直剤打たれちまったからなぁ、どうするか」

「あれ出来ないっすか?縄燃やすのって」

「やめとけ火傷するぞ。それに奴らにバレたら面倒だ」


ハルスケがうぞうぞと蠢きながら縄を千切るため奮闘しているが苦戦しているようだ。

どうやら奴ら相当な濃度の薬を使ったらしい。


「にしても、何が目的なんすかねぇ?」

「さぁな、売られるんじゃないか?このまま」

「見た目幼女のローウェスさんならともかく成人近い自分はなんでなんすかね?」

「幼女で悪かったな」

「そこ!黙れ!」


ワーギャー騒いでいたら怒鳴られてしまった。

まあいい、筋硬直剤の効き目はそのうち切れるだろう。


「着いたらどうするっすか?」


この後どうするか、そんなの決まっている。拉致した奴らを徹底的に叩き潰し、情報を得る。

ただそれだけだ。


「お、車止まったっすね」

「さて、薬の効果は切れたか?」

「もうすぐっすね、武器無いのが不安っすけど」

「貸してやる、行くぞ」


ローウェスは縄を指輪から取り出したナイフで器用に切ると扉を蹴り飛ばす。

そこは放棄されたどこかの工事現場だった。

男たちは俺らを見るやいなや、焦ったように銃を向ける。


「俺が防ぎながら前に進む。弾が止んだら良い武器を貸してやるよ」

「了解っす!」


弾丸の雨を取り出した大剣を盾にしながら前へ突進するようにして進む、弾が切れたのか弾丸の雨が止む。

大剣を足場に、飛び上がり刀で1番近くにいた男の喉元を切り裂く。

それと同時にハルスケも縄を引き千切ることに成功したようだ。

見たところ奴らは大した武器は持っていない、1番いい武器を持ってるやつでも安物の銃のようだ。


「ハル!それ使え!」

「こ、これっすか!重っ!?エッちゃんのお父さんはこんなの振り回してたんすか!?」

「ハハッ!そう言ってるがアイン先輩のを軽々持ち上げるじゃねえか!」


ハルスケに先程まで盾として使っていた大剣を使うように指示するとハルスケは俺でも両手でやっとの大剣を軽々と持ち上げた。


「エンジンは点火させるなよ!下手したら情報ごと建物丸ごと消し飛ぶからな!」

「えぇ!?ちょ、なんてもん持たせてるんすか!?」


ハルスケは大剣を振り回し、男共を蹴散らしながら叫ぶ。

俺の言った事にビビりながらも着々と数を減らしていく。


「て、テメェらなんなんだ!?クソックソックソッ」

「誰か、誰かって聞かれてもなぁ、突然拉致られて来ただけだしなぁ」

「ろ、ローウェスさん後ろっす!!」


俺が取り逃した1人が背後から切りかかる。

風が着る音と共に1つの弾丸が男の頭を吹き飛ばした。


『ごめん、遅れた』


エドの声詫びる声がインカムから聞こえる。


「いや、ナイスタイミングだ」

「クソッ…力の強いガキ1人拉致るだけの簡単な仕事だったってのに…テメェら何なんだ!?」

「ただのワーカーだっつの」


俺はそう呟くと男を蹴り飛ばし気絶させた。


◆◆◆


「〜♪」

「楽しそうっすね〜」


俺らを拉致した奴らを全員沈黙させガサ入れをする。

ハルスケは自分の武器を、俺は書類を。

合流したエドはというと鼻歌を歌いながら書類を漁っている。

チンピラの拠点程度幾らでもある、正直期待はしていなかったが興味深いものを見つけた。


「おーい!ハルスケ!羊飼いってなんだ?組織の名前か?」

「ひ、羊飼いっすか!?そりゃここら辺狙ってるマフィアっすよ!」

「なるほど…孫のハル狙ったのってそういう…」

「まじで俺はなんで拉致られたんだ…」

「ついでなんじゃない?目的のハルスケのついでに高く売れそうなの、お小遣い稼ぎ程度に考えてたんじゃない?」

「……」

「キレてるっすね」


キレてなんかない。

ないからな!

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