第21話 霧の街
「うおらぁぁぁあ!!!」
ブースター6基全てが作動した剣を床へ叩きつける。
轟音と共に世界にはヒビが入り、崩れ去って行った。
崩れ去っていく空間の欠片は塵となり完全に消失し大量のロッカーで囲われていた広大な空間は何の変哲もないただのオフィスに戻っていた。
テクスチャが切り替わるとでも言うべきだろうか。
「…痛っ…腕がもげるかと思ったぜ…さぁて、やっと出てきやがったか、歪人野郎」
痺れる腕を押さえ前を見る。チカチカと点滅する電気で見にくいがそこには肉のようなものが纏わりついた不気味な古い人形が項垂れていた。
それは大量の血を垂れ流しながら、時折痙攣している。
人形の胸部から腰までにかけて亀裂が入ってることを見るにこの人形がさっきの侵食の主だろう。歪人の侵食された空間は破壊されると、例外もあるが、侵食の主にそのダメージはフィードバックされる。
それこそ、この人形の侵食は広さはあっても強度自体はそうまでもなかった。
例えるなら硬い鉄を薄く伸ばすと、強度が低くなるのと同じ事だ。
それ以上となるとさすがにその空間にいるコイツを見つけ出して殺すか侵食を解除させるかしないと出られなかっただろう。
「にしても…どうしてこんな場所に…」
埃の積もり方を見るに、少なくともここ数年使われて居なかったように見えるが。
「まぁ、今考えてもしょうがねぇよなぁ…連絡だけ入れとけば…まだ繋がらねぇか。霧…?なっ…ッ!」
人形の方を見ると、小刻みに揺れている程度だった小さな痙攣はさらに激しくなり、人形の亀裂からは大量の霧が盛れ出していた。
咄嗟に近ずき大剣を振り下ろすが、人形は破裂するように大量の霧を放出し、辺りを包み込んだ。
「…何も…無い…?いや、待て、ここはどこだ?なんで…”なんで俺はこんな場所にいるんだ?”」
濃い霧が少し薄まり、そこで俺が目にしたのは古い街並みだった。
それこそ古い本や、写真、データでしか見たことが無いが、霧に覆われたかつてロンドンと呼ばれた街に似た風景が眼前に広がっていた。
「クソッあの野郎まだ隠し球持ってやがったか…う…しかもなんだこの匂い……」
レンガ造りの美しい街並みとは裏腹にゴミでまみれた街道、死体が流れてる水路、俺の効きすぎる鼻を突くむせ返るような悪臭と湿っぽい空気で、陰鬱とした街並みは歩くのも嫌になるほどだ。
こんな場所に本当に人が住んでいたのだろうか、いや住んでいたからこそその頃の資料が残ってるということだろう。
地面を触ってみるが、さっきとは違い、密度が倍以上あり完全な破壊は無理だろう。
そうなると歪人を倒す以外に俺が外に出る手段は無いようだ。
「この街、すごい精巧さだ…1人でここまで…これは血痕…?まるで引き摺ったような跡まで有るが…」
血の跡を辿り街の奥へ進むにつれて霧の濃さは増して行く。
一応灯としてそこら辺に落ちていた木材に俺の能力で火を付け松明替わりにしてはいるが、濃さを増した霧には心許なく、ただゆらゆらと揺れているだけだ。
「血の跡が途絶えてるな…この先は裏路地…か…これは酷いな⋯」
引きずった様な血の跡が途絶えた場所で俺は上を向く。
そこには夥しい数の人間が建物の壁に吊るされていた。
蜘蛛が捕らえた獲物を非常食として巣に吊るすように、糸を巻かれた人間はピクリとも動かずゆらゆらと風に揺らされている。
「…どうなってんだここは…進めば進むだけ死体の数が増えていくなんて…いや”これが普通か?”…」
路地を進むにつれ吊るされている死体の数も血もその量を増やしていき地面を埋めつくしていく。元の色が分からなくなるほど血が染み込み赤黒く変色したタイルも生温かく湿っている。
侵食された空間が元の空間とは完全に別物になる場合、侵食を起こした歪人本人の記憶や精神を元に作り出されることがある。
だがどうすればここまで酷い状況にできるのだろうか。
警戒心をいっそう強め、俺は霧に覆われた街のさらに奥へ進んで行く。
それを黒い影は屋根の上から観察していた。
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8/8 修正
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