エピローグ①

「久しぶり。大学はどう?楽しい?」

 晴美は県外にあるデザインの専門学校に進学したらしいが、驚くほどに垢抜けた格好になっていた。

 まだ入学して半年も経っていないというのに、随分とオシャレになったものだ、と感心した。

「ま、それなりにね。こっちにはいつまでいるの?」

「ん?バイトもあるし、一週間くらいかな。あ、そうだ、明日には那月も戻って来るらしいからさ、久しぶりにみんなで集まろうよ」

 そうか。東京の大学に進学した那月も夏休みでこちらに戻ってくるのか。

 何となくだけど、那月は一度地元を離れたら、二度とこちらに戻ってこない様な気がしていた。

「いいね。私は大丈夫だよ」

「ナズナとは最近会ってるの?」

「卒業してからは、一回位かな。向こうには向こうの付き合いもあるだろうしね」

「薄情者だなー。折角近くにいるんだから、もっと会えばいいのに」

 晴美はカラカラと笑う。

 きっと晴美は嫌味なく本心で言っているのだろうけど、私は彼女と会う勇気がなかった。


 初めて会ったのは、小学生の頃だったけど、彼女を意識し始めたのは、中学二年生の時だった。思春期に入って、無駄に背伸びして自分を大きく見せたがる年齢に差し掛かった私や同級生達の中にあって、等身大のありのままの姿で過ごす彼女は、とても魅力的に映った。

 流行りとかには疎くて、趣味嗜好も子供っぽい彼女は、周囲の同級生と比べると、何故かそう生き方が逆に大人っぽく感じられた。

 憧れが、好意に変わるのにはそう時間は掛からなかったと思う。それが恋だと、すんなりと受け入れられたのも、私としては意外だった。

 高校に入ってからは、彼女の一番の友人として、傍にいられることだけが、私の唯一の自慢だった。

 芹川那月という転入生が来るまでは、私は私の人生に不満はなかった。

 ナズナが那月に惹かれているのは、すぐに分かった。それだけの時間を、ナズナと過ごしてきたのだから、その変化には鋭くなっていた。

 だけど私には勇気はなかった。

 ただ二人の距離が近づいていくのを、絶望しながら見ていただけだった。

 久瀬大橋駅の駅ビルで、二人が仲睦まじく買い物しているのを見ただけで、私はその商業施設が嫌いになったし、私とナズナが二人で過ごした場所だけが心安らげる場所の様な気がしていた。

 卒業した時に思ったのは、どうせなら、もう一度この街で、ナズナと恋人になりたかった。

 そんな淡い脅迫めいた後悔だけだった。


「まぁ、でも、こうしてだんだん疎遠になっていくのが、大人になるってことなのかもね」

「急にどうしたの?」

 晴美は大きく伸びをして、急に哲学めいたことを言い始めた。

「いつも四人一緒だったあの頃は、本当に楽しかった。それこそ、一生続けばいいのにって思ったくらいにさ。でも、私は今も楽しいんだ。専門学校の友達とデザインの話をするのも、バイト先の人達と馬鹿話するのも、高校の友達とたまに会ってこうして昔話するのも、さ」

 多分そういうことなんだと思う。

 と、まだ二十歳にもなっていない晴美の達観した様な言葉が、少し刺さる。

「あの頃の楽しさを求めても、あの頃の望みを求めても、今の自分に楽しめるとは限らないし、本当に望んでいるのかも分からない。相対的って言えばいいのかな、色んなことが変わっていくことを、大人になるっていうのかもね」

 私はそれを全面的に肯定できるほど、大人にはなりきれていなかった。

 だとしても、いつかは肯定できる様になりたい。

 そういう気持ちだけは確かにあった。


「ね、晴美」

 晴美はアイスコーヒーを飲み干すと、カップをゴミ箱に投げ入れた。以前までなら、甘いフラペチーノを飲んでいたのに、そういうところも変わったようだ。

「ん?」

「そういう、さっぱりした——なんていうのかな、いい意味で男っぽい割り切ったその性格、結構好きだったよ」

「あはは。智香にはよく言われたね、サバサバしててカッコいいってさ」

 晴美は笑う。

 私も笑う。


 多分それだけで、私の高校生活には何か意味はあったんだろう。

 それだけが救いの様な気がしていた。

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