第九話 優しい夜の果て ①

「……ようやく、出来た」

 初の作詞としては、我ながら及第点だろう。早速メッセージアプリで畑中たちに出来上がった歌詞を送る。

 少し気恥ずかしいが、反応は上々だ。

 歪なこの世界の景色を見た後に、私は私なりにこの世界が何なのかを予想してきた。

 個人で世界を変えるだなんて、その方法の予想はつかないけれど、誰にとってこの世界が望まれたのか。それは粗方の予想がついてしまった。

 些か自意識過剰気味な結論ではあるが、それでも誰が原因なのかと問われれば、私なのだと言わざるを得ない。

 とはいえ、いくら原因が私だと言ったところで、この世界をどうにもすることのできない私は、正直に言ってしまうことにしたのだ。

 この世界を望んだ彼女に、或いは現実の世界を否定した彼女に。

 あるべき世界を、あるべき場所に。

 あるべき人間を、あるべき世界に。

 それが自然なのだと、だからもう元に戻ろうと。そう伝えることにした。

 ギターを爪弾くと、私の心が音色になるような気がした。ナズオの身体とはいえ、私も随分この楽器に慣れ親しんだモノだ。

 だから、私は歌詞に、そういう意味を載せた。世界とか人とか、そういう存在のあるべき場所を伝える歌だ。

 夏休み最終日のライブに彼女を誘った。もし、世界を歪にしている犯人が私の考えている通りに彼女ならば、この曲を聴けば、私の伝えたいことが伝わるかもしれない。

「まぁ、これでダメだったら、また別の手段を考えれば良いだけだし、気楽にいこうか」

 自分を慰めるように、独りごちる。



 歌詞も出来上がった、ということで新曲の練習に精を出していたら、あっという間に夏休みも後二日となってしまっていた。

 相変わらず暑過ぎる今年の夏は、いつもの、と表現するには少しばかり特殊過ぎた。

 そもそも今年といっても、私からすれば一年半くらい前の夏なのだけど。

 ライブを翌日に控えた私は、チケットも何とか捌けた安心感で(メッセージアプリに名前が登録されていた友人に片っ端から連絡した)今日くらいは家でのんびりしていようかと思っていたが、智香からお誘いがあったので彼女の家に向かっていた。

「ほら、お土産」

 途中で寄ったコンビニで購入したアイスを手渡す。智香は昔から小豆のアイスバーが好きだったのを覚えていたので、それをお土産にした。この世界の智香もそうそう好みは変わらないだろう。

「ゴメンね、暑い中呼び出して」

「いいよ。今年はあんまり遊べなかったからさ、今日くらいはね」

 とはいえ、私からしてみれば、明日のライブ後に元の世界に戻る予定だ。

 犯人が元の世界に戻せる方法を知っていればの話だけど。

 だから最後くらいは、と思って智香の誘いを受けたのだが、少し彼女を騙しているようで胸が痛んだ。

「そういえばさ、こないだメッセージで言ってた新しい歌詞は出来たの?」

「え?ああ、うん。なんとかね。でも明日のお楽しみ。明日、来られるんでしょ?」

「勿論。あ、タイトルは?タイトルくらい教えてもいいでしょ?」

 無邪気に顔を近づける智香に、私は少したじろぐ。これが正真正銘の男だったらとっくに誘惑に負けているところだ。男になってみてわかる、女性の恐ろしさにクラクラしながら僅かに首を縦に振る。

「優しい夜の果て、っていうタイトルにしたよ」

「お、なんか名曲っぽい」

 軽く笑いながら智香は言うと、私の手を引いた。

「今日は暑いから、私の部屋で過ごそう?」

「うん。じゃあ、そうしようか」


 誰にとっての優しさなのだろうか。

 煩悶とする気も無いけど、一つどころに止まる夢を見続ける気は私には毛頭無かった。

 智香が自然と私の肩に寄り掛かる。

 もしかしたら、こういう未来の方が自然なのかもしれない。

 誰かにとっての優しさは、誰かにとっての望みは、私にとっての幸福ではない。

 だが、誰かにとっての幸福であるのも間違いない。

 それを私は、ただそうあるべきが自然だという独り善がりな理由だけで否定しようとしている。

 それでも。

 だとしても。

 濡れる智香の瞳の中に、どこか澄んだ顔をした私を見た。

 どちらが正しいかなんて、もう関係ないのだ。私は、那月の隣にいる未来以外を求めることはもう無いのだから。

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