第七話 綻び ②

「あ?西山高校?」

 バンド練習の帰り道、畑中に誘われてラーメン屋に私は来ていた。

 ニンニクマシマシの油多め味濃いめのラーメンはなかなか女子には躊躇してしまう一品だったが、今は男子だ。

 気に留めることなく大盛りすら頼めてしまうのは結構便利だなとも思ってしまう。

 畑中はラーメンに加えてチャーハンまで頼んでいる。流石に私はそこまでは食べられる気はしなかった。

 ラーメンを待つ間に、一瞬別人の様な雰囲気を纏っていた篠宮が、放った西山高校について畑中に訊いてみる。

「西山高校って言ったら、篠宮の通う男子校だろ?確か杉島市の方だったかな」

 ということは、この世界の西山高校は、私の知るものと変わりはないようだ。男子校なので直接行ったことはないけど、以前から知る情報と差異は無い。

「あれ、倉沢はどこだったっけ?」

「あいつは野々原高校だろ。俺らの高校の近くにある私立だよ」

 倉沢の方も、通う高校に関しては何も矛盾は無い。

 野々原高校と言えば、智香が受験して合格したが蹴って、公立であるウチの高校に入学した位しか思い入れは無いけど。

 となると、ますます意味深に西山高校の名前を出した篠宮の真意が分からない。

 あれがもし、篠宮では無くて、私と同じようにこの世界とは異なる世界の人間からの伝言だとするのなら、西山高校には間違いなく手掛かりがある。

 しかし、それは都合が良すぎる考えの気もする。しかし、強引にでも今私の置かれている境遇と関連している可能性に縋らなければ、篠宮の変化も、あの時私が感じた感覚も、全ては事態を余計に拗らせるだけのものとなってしまう。

 兎に角、明日にでも西山高校を見てみるしか無い。


「ああ、そうだ、これ」

 想像力の乏しい私が、必死になって頭を働かせている内に、すっかりラーメンは食べ終わってしまっていた。

 考えることに集中していたので味はほとんど覚えていない。なんか勿体無いことをした気分だ。

 食べるのが早い畑中は、チャーハンも頼んでいたというのに、私とほぼ同じタイミングで食べ終わっていた。

 口の中をリセットするかのように畑中は水を一気に飲み干すと、思い出したかのようにUSBのメモリを取り出した。

「倉沢が新譜を完成させたから、歌詞を頼むだと」

「俺が?」

「いつもナズナが作ってるだろ?今回も編曲は済んだから、二週間で歌詞をつけといてくれだとさ」

 何と言う無茶な注文。

 まさかナズオが作詞までしていたなんて。そうなってくると、最早ナズオは単なる男版の私では無くなってくる。

 なんて多才な男なんだ。

 自画自賛と言っていいのかわからない称賛をナズオに送るが、同時にそれは悩みの種でもある。

「頼むぜナズナ。次のライブが終わったらデモテープを事務所に送るつもりなんだからさ」

 更にプレッシャーをかけてくる畑中を恨めしく睨むが、畑中は財布を取り出して会計の準備を始めていた。

 私は深く溜息をついて、席を立つ。

 どうせなら神様への恨み節を歌詞にしてやろうか、なんて苦々しく思っていた。


 ◇


 西山高校は少し遠い。

 杉島市は県庁所在地なので、それなりに発展しているが、そんな場所にあるだけあって男子校と言えど西山高校は県内有数の進学校だ。

 というのが、私の数少ない西山高校の知識だ。

(まぁ……あとは、クラスメイトに頼まれて西山高校の男子と合コンしたくらいかな)

 スマホアプリで調べると、駅から二十分程度歩けば着くらしい。繁華街の賑わう雰囲気に浮かれて、あちこち寄り道しながら西山高校へと向かったのはバンド練習のあった翌日のことだ。

 もし西山高校に手掛かりが無ければ、いよいよもって手詰まりになってしまう。

 感情的な推論に過ぎないのに、私は西山高校に全ての可能性を賭けていた。



 だが、西山高校は、私の想像なんか遥かに超えるように、異質さを見せつけてきた。

「あはは……なんだ。やっぱり」

 やっぱり、この世界はおかしいじゃないか。

 それだけのことが嬉しい。

 スマホの地図上では西山高校と表示されている場所は、学校らしき姿は影も形も無かった。

 そこにあるのは、原生林のような鬱蒼とした林と、鳥居を中心に内部へと伸びる石畳のみ。

「西山……高校」

 鳥居の横に取り付けられた看板には、明らかに辻褄の合わない単語がある。

 本来であるならば神社の歴史だとか御利益だとかを説明する部分に並ぶ文字は、文字化けのようにチグハグな単語が並ぶだけだ。

 鳥居を潜り、内部へと踏み出す。

 神社で感じる厳かな雰囲気の様なものは微塵も感じず、ただ山の中にいるような、身に覚えのない爽やかさだけがあった。


 ——ああ、そういう事だったのか。

 その先にある光景を見て、私は悟る。

 世界は、この世界は。

 成る程確かに、水面から跳ねた飛沫の様な、酷く曖昧で壊れやすい世界なのだと。

 理解した。

 鳥居の先、境内のその奥。

 そこから先は、ブロックを重ねた作りかけの街の様な、歪な光景だけが広がっていた。

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