第四話 夢の飛沫のような君へ ②
もしも終わりのない時間を与えられたなら。
終わりがないというのは、限りのない苦痛を味わうということと同義だ。だから多分、多くの人は不老不死を望まない。
それでも、永遠だけは信じている。矛盾しているようにも思えるが、無限という言葉と永遠という言葉には、絶望と希望と同じ関係性を持っているような気がするのだ。
だから私はこう思う。
——無限に続く現実よりも、永遠に続く夢に住んでいたい。
オカルトな手段を用いて異世界を求めたせいか、それともたまたま男のナズナを見かけたせいか。
この世界に来る前の、女のナズナと一緒にテーマパークへ遊びにいった時の夢を見た。
もちろん二人きりじゃなくて、大体いつも一緒にいた仲良しグループの四人で行ったのだけれど。
一通り遊び倒して、帰りの電車の中で疲れ果ててナズナは眠ってしまっていた。
隣に座る私は、彼女の指と私の指を絡めるようにして握っていた。あの頃は、手を繋ぐ行為に友情以外の気持ちはなかったのかもしれない。ただなんとなく、電車に乗り遅れそうな私の手を引っ張ったナズナの手を離す理由がなく、握ったまま電車の椅子に座り込んだのだ。
寝ているのに、握っている手に少しだけ力を入れると赤ちゃんの様に握り返してくるナズナが可愛くて、私達の最寄駅に着くまでの間、そんなことを繰り返しながらナズナの反応を楽しんでいた。
当時は意識していなかったけど、今でも鮮明に思い出せるということは、知らず知らずのうちに、彼女と手を繋ぐという行為に友情以外の何かを見出していたのだろう。
それを思うと、自分の気持ちに鈍感であった自分自身に呆れる。
目が覚めると、スマホを見る。
スマホの写真を見返しても、ナズナとの思い出は無かった。
毎朝失望を繰り返す自分は、馬鹿みたいだ。心臓の奥が痛くなる。
会いたいという気持ちが、膨れ上がるばかりだ。全てを諦めて、この世界で生きていくのが、多分一番楽な道なのだろうけど。
「……起きるか」
そうは言っても、この世界での現実は今日も続く。
ナズナと過ごした夢の世界を夢みても、この世界にいる以上は、この世界で可能性を負い続けるしか無いのだ。
今年の夏休みに入ってから、私は祖母との二人暮らしを終えて、新たに父が建てた二世帯住宅の家に引っ越していた。
家の場所も間取りも、何もかもが以前と変わりない。
以前の世界でも、何度となくナズナが遊びに来た我が家は、どこを見ても彼女との思い出がある。
それを思い出すのが辛いからなのか、最近の私は外に出ることが多い。妹の葉月は新しい家に移って、友達もこちらにはいないため暇そうにしている。
アウトドアな妹だったが、そういう事情もあってが、最近は家でゲームばかりしている。
遊びに連れていくのもいいけど、今日ばかりは家で留守番していてもらう。
何故なら今日は。
篠宮晴美、彼女の行方を探しにいくのだから。
しかし何年経験してもこちらの夏の気温には慣れない。茹だるような、という形容詞がよく使われるけど、まさにその通りだ。
とはいえ、流石に前の世界と合わせて四回目の夏ともなるとそれなりの対策は心得ている。
汗拭きシートに日焼け止め、さらには制汗スプレーまでも常備して準備万端だ。
目指すは晴美の家である。
とはいっても、晴美の家には二回程度しか訪れたことはないし、場所も曖昧にしか覚えていない。
使い慣れない電車に乗るのはあまり気乗りしないけど、仕方なく電車に乗って二駅向こうを目指す。
私やナズナ、智香の住む街の最寄りが
「あれ?」
晴美の家は久瀬大橋駅だった筈だ。それは覚えている。仮に私の記憶違いだったとしても、峰沼の二つ隣の駅は久瀬大橋駅だった。
乗り込んで、鈴石駅を通り過ぎたと思ったら次は宮永駅だった。
もしかして快速なんてあったのかな?
今まで快速電車なんて走ってたことすら知らなかったけど、と思い電車のドアの上にある路線図を見るが、久瀬大橋駅そのものが存在していなかった。
「え?いや、なんで?」
私は慌てて電車を降りる。宮永駅は記憶の通りのホームだ。
もしかして私の記憶が間違っていたのか?そう思い、地図アプリを立ち上げて確認してみる。
やはり、久瀬大橋駅そのものが無くなっていた。路線の先を見ても、そんな名前の駅はない。
これは、もしかしたらナズナが男になっていたという変化よりも大きいかも知れない。私にとってはナズナの変化の方が重要だけど。
しかし、地図を見てみると、久瀬大橋という地域自体はまだ残っている。
そもそも久瀬大橋駅自体が私の記憶違いなのではないかという疑念も一瞬浮かぶが、即座に否定できる。
(何故なら……)
あの駅は、ナズナと過ごした大事な場所の一つだからだ。
なんてことない、ただナズナと二人で遊んだだけの場所。晴美の家に行く途中で、急な用事が入ったとかで手持ち無沙汰になった私達が、駅前のカラオケに行っただけの場所だ。
だというのに、こんなにも記憶に焼き付いて、鮮明に思い出せる。
仕方なく、私は一度家に帰宅してから、自転車で久瀬大橋駅のあった場所へと向かう。
駅があって、駅前には半円のロータリーがあって、放射状に道が伸びていた。
だが、辿り着いたそこは、ある意味絶句するような光景だった。
駅もないというのに、不自然なまでに駅前の光景は何一つ変わっていないのだから。
「……なに、これ……?」
ナズナのいないこの世界に対して、寂しいとか悲しいとかそういう感情を浮かべたことは何度もあった。
だけど私はその時初めて、恐怖というものをこの世界に対して抱いた。
駅もないのにロータリーが突然出てくる違和感とか、駅があった場所には高架の線路だけが走っていて、不自然なくらいに建物が一つもないこととか。
それは明らかに、この世界が自然にできたものではないということを主張しているみたいだった。
私にはこの世界に対して考察する時間は、言葉通り掃いて捨てるほどあった。
SF作品によく出てくるパラレルワールドだったとするのなら、少なくともそれは自然の法則の中で出来上がった世界の一つに過ぎない。
無数にある可能性の数だけ世界は連立して生まれていき、私が過ごして来た世界と非常に近い可能性の世界に飛ばされて来たのではないだろうか、という説が私の中では有力だった。
しかしどうだろうか。
こんな不自然な形の街が出来上がるような可能性なんて、果たして存在しているのだろうか。
明らかに人為的な仕業を感じさせるこの不自然さに、私は身震いした。
「まさか、……晴美の、家も……?」
自転車を飛ばして、記憶をなぞりながら晴美の家があった場所へと向かう。
駅からはすぐの場所なので、数分も漕げば直ぐに目的の場所に着く。
私の記憶ではそこに三階建てのそこそこ立派な晴美の家があるはずなのだが……。
表札には無慈悲に書かれた篠宮とは違う苗字と、晴美の家とは違う見た目の住宅が我が物顔で堂々と建っているだけだった。
怖い。
助けを求めたくて、弱音を吐きたくて、私はメッセージアプリを立ち上げる。
だけどそこには、私の話をまともに信じてくれる人なんているはずもない。
だけど連絡先一覧の新しい友人と表示された枠には、別人だと知っていてもなお、縋りたくなってしまうような名前があって。
私は思わず、電話をしてしまう。
あれほどナズナとは違う、ナズナの名前を使った別人だと、何処かで憎々しく思ってすらいたというのに。
私は、弱い人間だ。
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