第三話 彼の足跡と私のこれから ②
那月の夢を見た。
確かあれは那月と智香と晴美と私の四人でテーマパークに遊びに行った時の夢だ。
あの時ばかりは那月もテンションが高くて、耳付きのカチューシャを買ってはしゃいでいたっけ。
そんな那月のテンションの高さにかこつけて、私はその時初めて那月の手を握ったんだっけな。
テーマパークの楽しさよりも、右手の熱の方が余程刺激的で。
那月のその笑顔に、私は目を奪われっぱなしだった。
「何これ?」
そんな甘美な夢を見てから妙な感覚を下腹部に覚えたので起き上がると、私のファンタジーボーイが大変なことになっていた。
那月の事は好きだけどさ、流石にそんな下世話な理由で好きな訳じゃないよ。
そういう事をファンタジーボーイに言い聞かせてみても無駄なようなので、収まるまでスマホをいじって待つことにした。
なんと情けない。
ギターが弾けることを知ってからは、少し楽しくなってギターの練習することが暇つぶしのメインになっていた。
いやそんなことしている場合じゃないんだけどさ。
そうは言っても、智香と穏便に別れる方法が思いつかないのだからしょうがない。
ネットのオカルト掲示板にあった異世界に行く方法も幾つか試したけど、特にこれといって変化は無かった。まぁ期待はしてなかったけど。
「うーん、どうしようかな」
とっくに夏休みは五日程過ぎ去ってしまった。早いよ夏休み。
無為に毎日を過ごしていた私だったが、何か動きださないとなぁ、と思いはじめたタイミングで、スマホが震える。
京崎智香の名前が画面に表示されていた。
京崎智香。
この世界では恋人という関係以外は分からないけど、女性だった頃の私との関係は、幼馴染という表現が妥当だった。
初めて出会ったのは小学生の頃で、その頃はお互いにそこまで仲が良いというわけでも無かった。何となく同じ女子のグループに属していて、何となく遊ぶような関係であり、二人きりで遊ぶようなことはない程度のものだ。
それが変わったのは、中学生の頃。私の通っていた中学は近所の複数の小学校の卒業生が混ざって入学していた。その為、一年生のクラスで顔見知りは私と智香だけだったせいか、自然とその頃から距離がグッと縮まった気がする。
そこからは、毎年クラスも同じで、手芸部なんていう、手芸を一切しない女子が集まってお喋りするだけの部活も一緒に入部したくらいだ。
背は結構高いが、性格は私と真逆で結構引っ込み思案。長身の所為で目立つのを酷く嫌っているが、おっとりした顔立ちと長くて綺麗な黒髪は昔から男子の人気の的となっていた。
何回か告白されたなんて話をしていたが、不思議と彼氏が出来たという話を聞いた事がない。まぁ、私としては彼氏が出来て遊び相手が減るのは嫌なので有難いといえば有難かった。
自分は那月と恋人になりたいなんてずっと思っていたのに、なんとも自分勝手な話だが。
そんな智香からの着信は、心の準備が出来ていない私にとって、心臓が破裂するかと思うくらいに、不意打ちだった。
数コールの後、恐る恐る電話に出ると、私の知る智香の声が聞こえてきた。
「ナズナ?今大丈夫?」
「え?ああ、うん。どうしたの、急に」
智香の声を聞くと、思わず女性の頃の言葉遣いが出てしまいそうになるのを抑えて、咳払いをしながら何とか答える。
「どうしたの——って、全然連絡くれないからこっちから電話したんじゃない。バンドの方、忙しかったの?」
「ああ、いや。そっちは大丈夫。ちょっと調子が悪くてさ」
「まさか夏風邪?もう、昔からナズナは夏になると決まって風邪引くよね」
どうやらこの世界でも、智香は幼馴染らしい。ただの恋人には出せない往年の付き合いを彷彿とさせるような会話がくすぐったかった。
精神は肉体の影響を受けるのだろうか。
そんなことを思ったのは、以前は友人としてしか見ていなかった智香だが、今現在の私の恋人だと思うと、変な風に緊張してきたからだ。
「それより、明日暇?お母さんから美術館の特別展のチケット貰ったんだけどさ、一緒に行こうよ」
やばい。
まだ智香をどうするべきか結論が出ていないのに、デートの誘いが来てしまった。
一方的に別れを切り出すのは簡単だけど、智香は私の親友だ。傷つけたく無いし、無碍にもしたくない。
穏便にお互いが笑い合って別れることが出来れば、それが一番なんだろうけど。
果たしてそんなことが可能なのか?
どんどん条件が厳しくなっていく。こんなことなら、あの卒業旅行の時に那月に告白していた方が楽だったろうに。
「ナズナ?」
返事もせずにグルグルと思考の海を彷徨っていた私を心配したのか、智香が名前を呼んだ。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してたよ」
「まだ調子悪いんじゃない?無理しなくてもいいよ?」
少しだけ悲しそうな声を出した智香に、私は思わず罪悪感を感じてしまう。
「いや、行くよ。明日、昼に駅前集合でいいよね?」
ああ、やってしまった。
発言した直後に後悔しながらも、もうどうにでもなれと投げやりな状態にもなりつつあった。
「ホント!?じゃあ待ってるね」
どうやら智香は恋人と長電話しないタイプのようだ。要件だけ済ませると、結構簡単に電話を切った。
もし恋人が出来たら毎日電話とかする?——なんていう質問に、イエスと答えていた智香だったが、実際に恋人ができるとそういう訳でもないらしい。
修学旅行のバスの中でいつもの友人達としていた恋バナを今更ながらに思い出して、少し笑う。
そういえば、いつも一緒に固まって行動していた四人の内、智香と那月の存在は確認出来たけど、まだ晴美がどうなっているのか分からないな。
そんなことを思い出してチャットアプリの連絡先一覧をスクロールする。
だとするならば、篠宮洋介とやらは、私と同様に中身は違う世界の晴美の可能性がある。
晴美から兄や弟がいるような話も聞いたことがない。
もしかすると、これが唯一の手掛かりなのではないだろうか。
まさに一縷の望みの様な気がした。
隙を見て、一度直接会う必要があるな。
そんなことを思いながら、明日のデートに備えて私はそそくさと布団の中に入り込んだ。
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