第三話 彼の足跡と私のこれから ①
「おい、ナズナ、おいってば」
——何もかも終わった。
まさか、那月に好きな人がいるだなんて知らなかった。それは、元の世界でもそうだったのだろうか。
私を除いて、私以外に性別や性格が元の世界と変わった人はいない。少なくとも私の周囲には。
もしかしてコイツか?と隣に座る男子を睨む。
「え、なに急に睨んでるん?怖っ!」
どうやら男の私の友人らしい。私がこの世界に来る前から、夏休みの二日目に遊ぶ約束をしていたらしく、仕方なく私は畑中と合流して駅前のカラオケに来ていた。
「悪い悪い、呼んだ?」
「次、お前の番だぞ」
ほら、と渡されたのはマイク。
気付けば、予約していた曲が流れ始めていた。最早懐かしいとさえ思ってしまう流行りの曲だが、今この時点では最新曲だ。
やっぱ男性ボーカルを歌うなら男の方が歌いやすいな。
なんて、無理やり男になったメリットを見出しながら悲恋の曲を歌っていく。
神妙な顔をして此方を見ている畑中の視線に気づいて、間奏のタイミングで私は横を向いた。
「京崎さんと別れたの?」
「はぁ?何だよ急に」
我ながら男口調が板についてきたな。会話の内容云々はともかく、喫緊の課題として男のフリを自然と出来るようになる事を目的としていた私にとって、今の返答は自然と男っぽく返せたと自画自賛する。
「失恋ソングばっかりだからさ、今日歌ってんの」
そりゃ失恋一歩手前だからね。
と、言いたいところだが、軽く否定する。
「たまたまそういう気分だったんだよ」
しかし、男の私が——男の私っていうのも言い難いな、よし、【ナズオ】と名付けよう——畑中と友人になったのは意外だ。
私の記憶だと、彼は高校の中では余り友人がいなかったようにも思える。というよりも、学校の外に仲間を持っているようなイメージだった。
「それよりさ、お前、新しい曲の練習してんの?」
「は?新しい曲?」
合唱コンクールは秋だった筈。いやいや、あれは中学のイベントか。
となると、新しい曲ってなんの話だろう。音楽の授業を選択している訳でもないし、そもそも夏休みだし。
「いやお前、こないだ新譜渡したよな。バンドの曲だよ。ギター練習してるのかって聞いてんのよ」
おいおいおい。ナズオ、お前バンドマンなんかやってたのかよ。身の丈を知りなさいよ。私ギターなんて触ったことすらないぞ。
「あ、あーっと、その話ね。大丈夫、練習してるって」
「本当か?夏休み最終日にライブやるんだからマジで頼むぜ」
全然大丈夫じゃないんですけど。
いやマジで。
カラオケを終えた私は、その後適当に畑中とゲーセンで遊んだ後すぐに帰宅した。
私の巧みな会話術(と思いたい)で得た情報に拠れば、畑中がドラム、私がギターボーカル、その他にベースの
問題が山積み過ぎて折角の夏休みだというのに、全然気が休まらない。というよりも、那月と恋人になることを第一目標にしたいのに、そこのアクションをする前にやらなきゃいけないことが多すぎる。
自室に戻った私は部屋を探す。普通ギターなんていうおしゃれアイテムは部屋に置いておくだろうに、ナズオはクローゼットの中にギターケースに入れてしまっていた。
そりゃぱっと見分からん訳だよ。
「ギター……夏休み中に弾けるようになるのか?」
ケースから取り出して、取り敢えず担いでみる。
それなりに格好はつくけど、問題は演奏だ。
「ええと……確か」
と、見様見真似で弦を押さえて鳴らしてみる。
「うん?」
思ったよりもちゃんと音が鳴ってる。いや、なんていうか…。
「——ナズオ。アンタちゃんと練習してたんだね」
身体が覚えている。
知識はないけど、どういう風に弦を押さえればどんな音がなるのか、直感的に理解出来る。
それは安堵させたが、同時に一つのことを思い出させた。
「そうか、ちゃんと男の私も、生きていたんだよね」
私がこの世界にやってきて、男の私の肉体に入り込んで。自分のことばかり考えていたが、元々の男の私の人格はどうなったのだろうか。
単純に入れ替わったというのなら、今頃大学生の私の中に入っているのだろうし、そうでないのなら消えてしまったのだろうか。
「ナズオにだって、いくら男の私だからって、ナズオにはナズオの夢があったし、好きな人だっていた筈だよね」
それを考えると、申し訳なくなる。
「そうか。私はこの世界にいてはいけない人間なんだった」
そうなってくると、少しだけ考え方が変わる。
元の世界に戻ること。
方法や原因も分からないし、これは出来ればの話だけど、もし元の世界に戻れるのならそれが一番だ。
でも私は、結局自分本位な人間だから。ナズオに対しては申し訳ないと思う気持ちもあるけど、それは私が平穏無事な保証があってのことだ。
そういう訳で、元の世界に戻れる方法が見つかるまでは、結局やる事は変わらない。
まずは智香と出来るだけ傷付けずに穏便に別れてから、那月の好きな人以上に私を好きになってもらって恋仲になる。
——うん、なんだかまだ前の世界の方がハードル低めだった気がするけど、とにかくやるべきことは明確になった。
取り敢えずは。
畑中の言う新譜を探し出して、音符の読み方の勉強だな。
ジャカジャカとギターを鳴らしながら、親に煩いと怒られるまでの間、夏休みの間にどうするべきか、そんなことばかりを考えていた。
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