フタリゴリラ~不老世界の追跡者~

ころぽっかー

第1話 〔哲学的ゾンビ〕氷雨レントの若さゆえの失敗

氷雨レントはマグナム47を構えた。




『ダーティ・ハリー12』にも登場する超大型拳銃だが、身長二メートル二十センチのレントが持てば適切なサイズ感である。




「動くな。動くと撃つ」




降り注ぐ霧雨が、彼の眼鏡のレンズを濡らした。




最悪なことに、連続拷問魔、殿山真は〝大人しく両手をあげた〟。




殿山の足元で、被害者の少女がうめいている。


少女は裸で、両足の膝から下を失っていた。




レントは、応援がここ志木ニュータウン四号棟の屋上に来るまでの時間を考えた。




五分?それとも十分?




この武蔵野に聳え立つ巨大公営団地は、一昨年、昭和186年に竣工したばかり、50階だてが計100棟、部屋数は全部で7890室。首都圏の深刻な住居不足解消につながるものとして大々的に抽選会が実施された。




レントは、NHKニュースのなかで、大宮公園の芝生広場にウォータースライダーめいた巨大抽選機が据え付けられていた光景を覚えている。運命の球が、ハンドルを回した人の手元にコロコロと転がっていった。




倍率は百倍を軽くこえたが、よりによって当たりの一つは殿山の手におさまった。




八百長だったという話もある。




殿山はその時点で前科三犯かつ執行猶予中だった。抽選会に参加することはできないはずだが、更生支援団体が騒ぎに騒いだ。役所は忖度して、わざと殿山が当たりを引くようにしたのだという。




ともかく、殿山は4号棟の38階角部屋を手に入れ、ここを拠点に、楽しんだ。




被害者は七名、みな十歳以下で、命を失わない程度にバラバラにされた。ほぼ全員が精神に異常をきたしている。




レントは目の前の痩せぎすの悪魔にいった。




「答えろ、どうして被害者を殺さなかったんだ」




悪魔は微笑んだ。


殿山の外見は二十代半ばだが、公的不老処置を受けているだけのこと。じっさいは五十歳を超え、中身は腐りきっている。




「だって、殺しちゃったら罪が重くなるじゃないですか。七人やれば、一人当たり30年でも200年ごえは確実だ。その点、生かしてさえいれば、刑期はぐーーーっと短くなる。たぶん20年くらいで済むんじゃないかな? それなら、ちょっとお勤めを終えて出て来れば、また楽しめるじゃない。人生は長いんだ。計画的に行かないと」




レントは引き金にかけた指に力を込めた。


応援がくるまで十分はある。




殿山がほっそりした両手を高くあげる。




「おおっと!刑事さん落ち着いて!人命尊重法だよ。人の命は地球より重いんだ。もし、ボクを殺したら、刑事さんも大変なことになるよ」




ふいに、頭上の黒雲を割って、ヘリコプターが接近してきた。


サーチライトが屋上に立つレントと殿山を照らし出す。




「なに?」と、レント。




殿谷がヘリに手を振った。




「ぼくが呼んだんだ。保険さ。刑事さんはとても優秀だ。人権団体の人たちが完璧なアリバイを作ってくれたのに、ぼくまでたどり着いたんだからね。でも、ちょっと頭に血が上りやすい。全国の視聴者に見ててもらえば変なことはできないでしょう? さ、ぼくを逮捕してくださいよ。それで刑事さんは明日から全国百億人のヒーローだ」




「ヒーロー、か。そうだな。もしここでお前を撃てば、わたしはまずい立場に置かれる。花形の刑事一課からは外され、冷や飯を食う」




殿山が手を叩いた。




「よく、わかってるね。さすがに東大首席のキャリアだけのことはある」




そうだ。ここでやつを撃てば、わたしの人生を賭けた計画は台無しになる。




レントは腕の力を緩めた。




殿山の足元で少女が手をのばした。


レントに向かって助けを求めるように手を伸ばす。


少女の目がレントに訴えていた。




レントはいった。


「だが、冷や飯を食ったとしてもせいぜい二十年。お前のいうとおり人生は長い。たいしたこととではない」




指が引き金を引き、数十億人の視聴者の眼前で殿山の頭と、レントの当面の未来を吹き飛ばした。




⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎




殿山殺害から半年後、レントは古ぼけた二階建てアパートの前に建っていた。




階段や通路を支える鉄骨は錆だらけ、ひび割れた窓ガラスはガムテープで補修され、壁のプラスチックトタン板は元は青色だったものが日に焼けてほぼ白色に変わっている。




築五十年? いや、百年かもしれない。




桜田門からは直線距離でほぼ五キロ、警察関係のビルが立ち並ぶ地域からは離れているが東京特別五十区内で、二階建てというのはたいへんな土地の無駄遣いだ。じっさい、両隣には真新しい数十階建てのビルが聳えている。




アパートの門扉には、木材に汚い字で「警察庁きそうはん」とあった。




たしかにたいへんな不祥事を起こしたのは認める。全国民の前で犯人を射殺したのだ。警視総監が国会で頭を下げる羽目になったし、辞表を出すよう強烈な圧力もかかった。だが、まだ嫌がらせが終わってなかったとは。




これが機捜? どこにパトカーがあるというのか。




彼は小さくため息をついた。




あのとき、理解して引き金を引いただろ? 20年は棒に降ったんだ。それを受け入れて耐えるしかない。




敷地内に踏み込む。




アパートの部屋ひとつひとつに「会議室」「給湯室」「備品倉庫」などと表札がかかっていた。




彼は「業務」と書かれた部屋をノックした。




中で「おう!」と、雷のように大きく野太い声が答えた。




ドスドスと音がしてから、ドアが内側に勢いよく開いた。




レントは驚いた。




彼は身長二百二十センチ、たいていの人間は見下ろすことになる。




だが、いま扉を開いた人物は顔が見えなかった。




互いに鴨居が邪魔になっている。


つまり、向かいにいる人物はレントに匹敵する身長の持ち主だ。




首から下もゴツイ。




よれよれのつるしのスーツこそみっともないが、肩幅は広く、胸板も厚い。堂々たる体格だ。




その男が少し屈んで顔を見せた。




レントは驚きに声をあげそうになった。




男は歳をとっていたのだ。


見事な白髪頭で目尻には皺がある。


力強いアゴにまばらに生えた髭も白い。


外見年齢は六十歳ほどか。




全国民不老処置法はレントが生まれる前に成立しており、彼はこれまで己の目で「老人」を見たことがなかった。




老人が手を振った。




「よお坊や。俺が今日からお前さんの相棒だ」

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