第弐拾参話 禁愛の行方

 私、樋本悠亜ひのもとはるあ樋本啓司ひのもとけいじの妹である。

 十五年間、どんな時でも一緒に、その隣で過ごしてきた。


 両親が亡くなってしまった時も、伯母さんに酷い扱いをされた時も、お兄ちゃんとだから乗り越えてこられた。お兄ちゃんとだから……楽しかった。


 これからも、きっとそう。

 ずっとずっととして一緒に……


 にもかかわらず、私は……お兄ちゃんにキスしてしまった。


 なんであんなことをしてしまったのか、今でもよく分からない。

 ……いや、嘘だ。わかっててやった。私は自分の気持ちを抑えられなくて、お兄ちゃんと――



 AM.06:00――


 そこで目覚まし時計の音が鳴った。

 元より起きていたけど、私は自室にて目を開ける。


 あまり寝られなかった。

 昨日、色々なことがあったし、まあ、無理もない。


 と、自分に言い聞かせながら、続けて起床。

 閉め切っていたカーテンを開くと、あいにくの雨。


 まるで私の心を……なんて浸れるほど、おこがましくはない。

 正直、気は滅入っているが、今日も今日とて学校に行かんと、私は準備を始める。


 本来なら休んでもバチは当たらないだろう。

 寧ろ狙われている身なら絶対に休んだ方がいい。


 でも、そうしたらお兄ちゃんと鉢合わせることに……


 それだけは……もう少しだけ時間を……

 そんなどうしようもない気持ちが私の体を動かしている。


 要は合わせる顔がないということ。

 ただ、問題を先送りしてるだけ。一種の逃げ。


 それでも私は自分の命より、お兄ちゃんに嫌われる方が嫌。

 ダメな妹でごめんね。お兄ちゃん……



 それから準備が整い、時刻は七時半。

 未だ雨は降り止まずということで、私は傘を持って外へ。


 すると……


「おはよう。悠亜ちゃん」


 車に乗る牧瀬さんが手を振り、出迎えてくれた。


 あまり詳しくないから分からないけど、多分古い車。

 白くて角ばってて、昔の刑事ドラマで見るような、そんな感じ。


「おはようございます。牧瀬さん」


 などと頭の片隅で考えながら、私は頭を下げて挨拶。

 牧瀬さんに「さあ、乗って」と促され、私は早々に差した傘を閉じ、「ありがとうございます」と好意に甘えることに。


「しっかし、こんな時でも学校とは偉いね? 俺だったら、余裕でサボってるけどなぁ。へっへへ……」


 と、助手席に座った私へ、牧瀬さんは明るく話しかけてきてくれる。


「ええ、まあ……」


 ただ、当の私はいつもの調子が出ず、愛想笑いで返すことしかできない。


 ゆえに……


「………………」

「………………」


 車が走り始めてから暫くは、沈黙が続いてしまっていた。


 この空気は間違いなく私の所為……

 昨日、泣きながら病室を飛び出したことが原因だろう。


 あの後、追いかけてきた牧瀬さんに私は何も言えず、泣いていた理由も有耶無耶に。

 でも、牧瀬さんは深くは聞かなかった。ただ黙って私を送り届けて、今日もまた送ってくれている。


 とはいえ、あのことを言うわけには……


「別にいいからね。無理して言わなくても」

「え……?」


 さすがは刑事さんといったところか……

 その見透かしたような言動に、私は驚きの眼差しで、牧瀬さんの横顔を見遣る。

 

「喧嘩したとかじゃないんだろ? なら、大丈夫さ。お前さんの兄ちゃんは強い。俺ぁ、人を見る目だけは自信があるんだ」


 牧瀬さんは多くを語らず、そしてまた何も聞かず、昨日と変わらぬ笑みで私を包み込む。


 不思議な人……。安心感というか何というか、気付いた頃には心の中にスッと入ってきてる。あの人を寄せ付けないお兄ちゃんが信頼するのも、頷けるなぁ。


 その温かさに、肌寒さを感じていた私の心は、


「……ありがとうございます」

「おう!」


 ほんの少しだけ……救われたような気がした。



 桐一葉きりひとは女学院、中等部――


 車だった為、いつもより早めに学校へと到着。

 が、注目は避けられないようで、視線をあちらこちらから感じる。


 でも、注目を浴びているのは……


「いやぁ~! 前も来たけど、やっぱ女子校っていいよなぁ~! 匂いが違う! 匂いが!」


 どちらかと言えば牧瀬さんの方。

 きっと変態さん的な見られ方をしている。


 これがもし空気を重くしない為だとか、私への注目を逸らす意味でやっているのだとしたら、本当に頭が上がらない。でも、そんな感じはしない。残念ながら。



 数時間後――


 それからは私はいつも通り、授業を受けていく。

 友達も最初こそ心配していたけど、今では普通に接してくれている。


 牧瀬さんはというと、廊下に設けられた椅子でひたすら待機。

 申し訳ない気分になるけど、「どうせ暇だから」と嫌な顔一つ見せず、警護に従事していた。


 きっとこのまま何事もなく、一日が終わるのだろう。そう思った五限目前の移動教室。私は教科書を忘れてしまう。


 友達は『見せてあげる』と言ってくれたけど、時間もあったし、これ以上の迷惑はかけられないので、私は教室へと戻ることに。


 もちろん私は警護されている身。

 一言、伝えねばと廊下に出ると……


「樋本、お前……」


 良くか悪くか、神妙な面持ちで電話する、牧瀬さんを見てしまった。

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