第弐拾参話 禁愛の行方
私、
十五年間、どんな時でも一緒に、その隣で過ごしてきた。
両親が亡くなってしまった時も、伯母さんに酷い扱いをされた時も、お兄ちゃんとだから乗り越えてこられた。お兄ちゃんとだから……楽しかった。
これからも、きっとそう。
ずっとずっと兄妹として一緒に……
にもかかわらず、私は……お兄ちゃんにキスしてしまった。
なんであんなことをしてしまったのか、今でもよく分からない。
……いや、嘘だ。わかっててやった。私は自分の気持ちを抑えられなくて、お兄ちゃんと――
◆
AM.06:00――
そこで目覚まし時計の音が鳴った。
元より起きていたけど、私は自室にて目を開ける。
あまり寝られなかった。
昨日、色々なことがあったし、まあ、無理もない。
と、自分に言い聞かせながら、続けて起床。
閉め切っていたカーテンを開くと、あいにくの雨。
まるで私の心を……なんて浸れるほど、おこがましくはない。
正直、気は滅入っているが、今日も今日とて学校に行かんと、私は準備を始める。
本来なら休んでもバチは当たらないだろう。
寧ろ狙われている身なら絶対に休んだ方がいい。
でも、そうしたらお兄ちゃんと鉢合わせることに……
それだけは……もう少しだけ時間を……
そんなどうしようもない気持ちが私の体を動かしている。
要は合わせる顔がないということ。
ただ、問題を先送りしてるだけ。一種の逃げ。
それでも私は自分の命より、お兄ちゃんに嫌われる方が嫌。
ダメな妹でごめんね。お兄ちゃん……
◆
それから準備が整い、時刻は七時半。
未だ雨は降り止まずということで、私は傘を持って外へ。
すると……
「おはよう。悠亜ちゃん」
車に乗る牧瀬さんが手を振り、出迎えてくれた。
あまり詳しくないから分からないけど、多分古い車。
白くて角ばってて、昔の刑事ドラマで見るような、そんな感じ。
「おはようございます。牧瀬さん」
などと頭の片隅で考えながら、私は頭を下げて挨拶。
牧瀬さんに「さあ、乗って」と促され、私は早々に差した傘を閉じ、「ありがとうございます」と好意に甘えることに。
「しっかし、こんな時でも学校とは偉いね? 俺だったら、余裕でサボってるけどなぁ。へっへへ……」
と、助手席に座った私へ、牧瀬さんは明るく話しかけてきてくれる。
「ええ、まあ……」
ただ、当の私はいつもの調子が出ず、愛想笑いで返すことしかできない。
ゆえに……
「………………」
「………………」
車が走り始めてから暫くは、沈黙が続いてしまっていた。
この空気は間違いなく私の所為……
昨日、泣きながら病室を飛び出したことが原因だろう。
あの後、追いかけてきた牧瀬さんに私は何も言えず、泣いていた理由も有耶無耶に。
でも、牧瀬さんは深くは聞かなかった。ただ黙って私を送り届けて、今日もまた送ってくれている。
とはいえ、あのことを言うわけには……
「別にいいからね。無理して言わなくても」
「え……?」
さすがは刑事さんといったところか……
その見透かしたような言動に、私は驚きの眼差しで、牧瀬さんの横顔を見遣る。
「喧嘩したとかじゃないんだろ? なら、大丈夫さ。お前さんの兄ちゃんは強い。俺ぁ、人を見る目だけは自信があるんだ」
牧瀬さんは多くを語らず、そしてまた何も聞かず、昨日と変わらぬ笑みで私を包み込む。
不思議な人……。安心感というか何というか、気付いた頃には心の中にスッと入ってきてる。あの人を寄せ付けないお兄ちゃんが信頼するのも、頷けるなぁ。
その温かさに、肌寒さを感じていた私の心は、
「……ありがとうございます」
「おう!」
ほんの少しだけ……救われたような気がした。
◆
車だった為、いつもより早めに学校へと到着。
が、注目は避けられないようで、視線をあちらこちらから感じる。
でも、注目を浴びているのは……
「いやぁ~! 前も来たけど、やっぱ女子校っていいよなぁ~! 匂いが違う! 匂いが!」
どちらかと言えば牧瀬さんの方。
きっと変態さん的な見られ方をしている。
これがもし空気を重くしない為だとか、私への注目を逸らす意味でやっているのだとしたら、本当に頭が上がらない。でも、そんな感じはしない。残念ながら。
◆
数時間後――
それからは私はいつも通り、授業を受けていく。
友達も最初こそ心配していたけど、今では普通に接してくれている。
牧瀬さんはというと、廊下に設けられた椅子でひたすら待機。
申し訳ない気分になるけど、「どうせ暇だから」と嫌な顔一つ見せず、警護に従事していた。
きっとこのまま何事もなく、一日が終わるのだろう。そう思った五限目前の移動教室。私は教科書を忘れてしまう。
友達は『見せてあげる』と言ってくれたけど、時間もあったし、これ以上の迷惑はかけられないので、私は教室へと戻ることに。
もちろん私は警護されている身。
一言、伝えねばと廊下に出ると……
「樋本、お前……」
良くか悪くか、神妙な面持ちで電話する、牧瀬さんを見てしまった。
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