第弐拾肆話 黒い幕が上がる時
五月十五日、水曜日。
本日の天気……雨。
時刻は正午過ぎ。未だ包帯やらガーゼは取れぬが、大事には至らないと病院を退院。警護の人間に送られて、我が家へと帰宅する。
昨日の今日だ。本来であれば休んでも、何ら不思議なことではない。のだが……
「いない、か……」
悠亜の姿は、そこにはなかった。
あいつのことだ。多分、学校にでも行ったのだろう。……いや、違うな。避けられてると言った方が正しいか。
それからしばらくリビングにて過ごすも、手持ち無沙汰な時間が過ぎていく。
全てが揃ってるはずなのに、今この家には何にもない。
無になろうにも、そういう時に限って、思い出されるのは……あの時の口付け。
何故、悠亜があんなことを……というのは今は置いておく。
問題は、あの『代償』で苦しめられた日、誰がオレに口付けをしたのか? ということだ。
考えられる答えは一つしかない。
鍵を拾い、この家に侵入できた第三者……黒幕だ。
だが、そいつは何故、そのタイミングで口付けをした?
いや、寧ろ狙っていたのか? オレが『代償』を発症することを知ってて……
「――まさかっ⁉」
瞬間、生まれるは一つの疑念。
同時に嫌な汗が噴き出すも、それはいつしか確信へと変わる。
ようやく手にした取っ掛かり。
その糸を手繰り寄せるよう、オレは行動を起こした――
◆
三十分後――
「やはり、そうか……」
家中をくまなく探した結果、予想した通り、複数の盗聴器が見つかった。
コンセントカバーの裏、エアコン、家具の隙間、その他諸々……
つまり、全て筒抜けだったということだ。プライベートなことも、能力も、全部……
だが、これでほぼ確定した。黒幕はオレが能力を発動できないことを知ってて、家に侵入。寝込みを襲い、口付けをした。
そんなことする以上、相手は『女』。オレに『好意を抱く者の仕業』……と言いたいところだが、口付けが能力の『条件』を意味している可能性もある。いや、寧ろそう考えた方が自然だろう。
とはいえ、その他のことは何も分からない。
だが、徐々にパズルのピースが組み合わさり、一人の人物が頭に浮かび上がってしまう。
そう思い至った瞬間、オレは家を飛び出していた。
雨の中、警護の人間を振り切り、走る。走る。走り続ける。
ただ只管に黒幕の待つ――『
◆
一時間後――
オレは校舎を捉えると、迷わず教室へと直行。
時間や、びしょ濡れであることなど構わず、その勢いのまま扉を開ける。
「「「「「………………ッ⁉」」」」」
当然、クラスの奴らは一様に、目を見開いていた。
だが、ざわつくことなく、すぐに視線を逸らす。関わり合いになりたくないといったところだろうか。
「え~っとぉ……樋本くん、だよね? 今日はお休みじゃ……」
老年の男性教師は、あたふたと名簿を確認。ずれた眼鏡を上げる。
「話がある。ちょっとツラ貸せ……」
が、オレは構わず、
「――
奴の名を……象潟を呼ぶ。
クラスの視線が一点に集まる中、当の本人はというと――
「……いいよ。来てくれると思ってた」
何の迷いもなく、快く承諾した。
◆
屋上――
「ちょうど雨……止んだみたいだね」
象潟の言う通り、雨はすっかり上がった。
とはいえ、未だ晴れ間は見えない。黒く暗い曇天だ。
「それで? 話って何かな?」
そう背後から問うてくる象潟は、前までと変わらぬ明るい声音。
「お前……オレに一目惚れしてるって言ってたよな?」
対してオレは表情を一切見せず、ただ天を見続ける。
「うん。言ったよ」
「今もそれは変わらないか?」
「うん。変わらない」
「じゃあ……何されても文句ないよな?」
数瞬、間が開くも、
「……うん。ないよ」
象潟から了承を得る。
そこで漸くオレは振り返ると、象潟へと詰め寄り、
「「――――――っ」」
顎を持ち上げ、強引に唇を奪った。
互いに瞳を閉じ、暫しの間、この異質な時間に浸る……
本来であれば、このようなこと、死んでもしない。
ただでさえ女は苦手で、憎くて、虫唾が走る存在だから。
だが、対照的に象潟の方は全く嫌がっていない。
寧ろ受け入れるように、腰へと手を回してくる始末。
しかし、これは愛を確認する作業などでは決してない。
その先にある真実を見い出し、掴み取る為の必要な行為――
「「………………」」
あらかた確認を済ませたオレは、瞳を開けつつ、ゆっくりと唇を離す。
「ふっふふ……」
すると、そこには恍惚な表情を見せる象潟の笑みが……
ただただ嬉しげなその顔に、オレはより一層分からなくなった。
「……
「……うん」
だからこそ、足りなかったその一手を打つ。
「お前が――黒幕だな?」
例えどれだけ辛い現実が待っていようとも。
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