第弐拾肆話 黒い幕が上がる時

 五月十五日、水曜日。

 本日の天気……雨。


 時刻は正午過ぎ。未だ包帯やらガーゼは取れぬが、大事には至らないと病院を退院。警護の人間に送られて、我が家へと帰宅する。


 昨日の今日だ。本来であれば休んでも、何ら不思議なことではない。のだが……


「いない、か……」


 悠亜の姿は、そこにはなかった。


 あいつのことだ。多分、学校にでも行ったのだろう。……いや、違うな。避けられてると言った方が正しいか。


 それからしばらくリビングにて過ごすも、手持ち無沙汰な時間が過ぎていく。


 全てが揃ってるはずなのに、今この家には何にもない。

 無になろうにも、そういう時に限って、思い出されるのは……あの時の口付け。


 何故、悠亜があんなことを……というのは今は置いておく。

 問題は、あの『代償』で苦しめられた日、誰がオレに口付けをしたのか? ということだ。


 考えられる答えは一つしかない。

 鍵を拾い、この家に侵入できた第三者……黒幕だ。


 だが、そいつは何故、そのタイミングで口付けをした?

 いや、寧ろ狙っていたのか? オレが『代償』を発症することを知ってて……


「――まさかっ⁉」


 瞬間、生まれるは一つの疑念。

 同時に嫌な汗が噴き出すも、それはいつしか確信へと変わる。


 ようやく手にした取っ掛かり。

 その糸を手繰り寄せるよう、オレは行動を起こした――



 三十分後――


「やはり、そうか……」


 家中をくまなく探した結果、予想した通り、複数のが見つかった。


 コンセントカバーの裏、エアコン、家具の隙間、その他諸々……

 つまり、全て筒抜けだったということだ。プライベートなことも、能力も、全部……


 だが、これでほぼ確定した。黒幕はオレが能力を発動できないことを知ってて、家に侵入。寝込みを襲い、口付けをした。


 そんなことする以上、相手は『女』。オレに『好意を抱く者の仕業』……と言いたいところだが、口付けが能力の『条件』を意味している可能性もある。いや、寧ろそう考えた方が自然だろう。


 とはいえ、その他のことは何も分からない。

 だが、徐々にパズルのピースが組み合わさり、一人の人物が頭に浮かび上がってしまう。


 そう思い至った瞬間、オレは家を飛び出していた。

 雨の中、警護の人間を振り切り、走る。走る。走り続ける。


 ただ只管に黒幕の待つ――『快異高校カイコウ』へと。



 一時間後――


 オレは校舎を捉えると、迷わず教室へと直行。

 時間や、びしょ濡れであることなど構わず、その勢いのまま扉を開ける。


「「「「「………………ッ⁉」」」」」


 当然、クラスの奴らは一様に、目を見開いていた。

 だが、ざわつくことなく、すぐに視線を逸らす。関わり合いになりたくないといったところだろうか。


「え~っとぉ……樋本くん、だよね? 今日はお休みじゃ……」


 老年の男性教師は、あたふたと名簿を確認。ずれた眼鏡を上げる。


「話がある。ちょっとツラ貸せ……」


 が、オレは構わず、


「――象潟きさかた


 奴の名を……象潟を呼ぶ。


 クラスの視線が一点に集まる中、当の本人はというと――


「……いいよ。来てくれると思ってた」


 何の迷いもなく、快く承諾した。



 屋上――


「ちょうど雨……止んだみたいだね」


 象潟の言う通り、雨はすっかり上がった。

 とはいえ、未だ晴れ間は見えない。黒く暗い曇天だ。


「それで? 話って何かな?」


 そう背後から問うてくる象潟は、前までと変わらぬ明るい声音。


「お前……オレに一目惚れしてるって言ってたよな?」


 対してオレは表情を一切見せず、ただ天を見続ける。


「うん。言ったよ」

「今もそれは変わらないか?」

「うん。変わらない」

「じゃあ……何されても文句ないよな?」


 数瞬、間が開くも、


「……うん。ないよ」


 象潟から了承を得る。


 そこで漸くオレは振り返ると、象潟へと詰め寄り、


「「――――――っ」」


 顎を持ち上げ、強引に唇を奪った。


 互いに瞳を閉じ、暫しの間、この異質な時間に浸る……


 本来であれば、このようなこと、死んでもしない。

 ただでさえ女は苦手で、憎くて、虫唾が走る存在だから。


 だが、対照的に象潟の方は全く嫌がっていない。

 寧ろ受け入れるように、腰へと手を回してくる始末。


 しかし、これは愛を確認する作業などでは決してない。

 その先にある真実を見い出し、掴み取る為の必要な行為――


「「………………」」


 あらかた確認を済ませたオレは、瞳を開けつつ、ゆっくりと唇を離す。


「ふっふふ……」


 すると、そこには恍惚な表情を見せる象潟の笑みが……


 ただただ嬉しげなその顔に、オレはより一層分からなくなった。


「……象潟御子きさかたみこ

「……うん」


 だからこそ、足りなかったその一手を打つ。


「お前が――黒幕だな?」


 例えどれだけ辛い現実が待っていようとも。

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