帰葬

AVID4DIVA

帰葬

ヒノツバサ:男性。ホソキノゾミの元婚約者。アカリのアパートに呼び出される。

ホソキアカリ:女性。ホソキノゾミの妹。姉を死なせた男の臓器を提供された。


・・・


帰葬


(ツバサ、アカリのアパートを訪ねてくる。ドアを数度叩く)


アカリ:はい。


ツバサ:ヒノです。


(アカリ、扉を開けてツバサを迎える)


アカリ:どうも。

突然お呼びして申し訳ありません。


ツバサ:いえいえ。

そろそろ、命日でしたから。


アカリ:そう、でしたね。

もうそんな時期ですね。


どうぞ、上がってください。


ツバサ:失礼します。

随分片付いてますね。


アカリ:断捨離(だんしゃり)したんです。


ツバサ:断捨離ですか。


アカリ:はい。色々、整理したくて。


ツバサ:そうですか。

あの、これ。


(ツバサ、アカリに大きなビニール袋を渡す)


アカリ:え、なんですか。


ツバサ:ノゾミとお母さんの御仏前に。

あと、アカリちゃ……ホソキさんにお土産。


(アカリ、苦笑し小さく嘆息する)


アカリ:もう、いいですってば。


ツバサ:手ぶらでくるのも、なんだから。


アカリ:だとしたって、せめてお花とかじゃないですか。

缶ビールにタバコって。


ツバサ:ノゾミも、お母さんも好きだったからさ。


アカリ:だとしても、ですよ。

ママなんて最後アルコール依存症みたくなっちゃってたんですから。

死んでまで飲ませないでください。


ツバサ:ごめんね。


アカリ:いいですけど。

それから、私もうそんなにアイス食べないですよ。


ツバサ:え、そうだっけ。すごい喜んでた記憶があって。


アカリ:いつの話ししてるんですか。


ツバサ:アカ……ホソキさん、今いくつになったの。


アカリ:アカリでいいですよ、前みたいに。

二十二になりました。


ツバサ:二十二か。


アカリ:あの、変なこと聞いてもいいですか。


ツバサ:え。うん。どうぞ。


アカリ:ヒノさんはお姉ちゃんのどこが好きだったんですか。


ツバサ:またいきなりだね。


アカリ:すいません、話下手で。


ツバサ:そうだな。

全部、って答えるのはズルいかな。


アカリ:はい。ちゃんと答えてください。


ツバサ:見た目で言えば、笑い顔。


アカリ:中身は。


ツバサ:不器用なところ。

あー、ちょっとこれ恥ずかしいな。


アカリ:よかったらビール飲んでください。持ってきたやつ。


ツバサ:ああそう。じゃあ、遠慮なく。


(ツバサ、ビニールから缶ビールを取り出し、開栓する)


よかったらアカリちゃんもどう。もう二十二歳だから大丈夫でしょう。


アカリ:お酒ダメなんで。


ツバサ:じゃ、アイスならいい。


アカリ:はい。


(ツバサ、アカリにアイスクリームを渡す)


ツバサ:俺は、ノゾミの不器用なところが好きだ。


アカリ:お姉ちゃんって不器用でしたか。

なんかこう、なんでもソツなくこなして、いろんな人に好かれてたけど。


ツバサ:うん。表面的には上手いことやれる人。

ともすれば八方美人って思われるかもね。


でも、とても不器用な人だと俺は思うな。


アカリ:どの辺が不器用なんですか。


ツバサ:そりゃあ色々だよ。

一言で言えば、そうだな。


素直すぎて素直じゃないところ。


アカリ:なんですかそれ。


ツバサ:わかりづらいよね。

でも、そうとしか言えないんだよなあ。


アカリ:素直って、純粋とか真っ直ぐとか、そういうニュアンスでしょう。


ツバサ:そうだね。そんなところじゃない。


アカリ:純粋で真っ直ぐなのに純粋じゃなくて真っ直ぐじゃないってことですよね。


ツバサ:うん。そう。


アカリ:よくわからないです。

ひょっとして煙(けむ)に巻こうとしてますか。


ツバサ:違う違う。


なんて言えば伝わるかな。

うん、そうだな、人の気持ちとか思いってさ、大体は割り切れないでしょう。


アカリ:ええ、まあ。


ツバサ:八割わかってても二割受け入れかねること。

理屈は通るが感情がそれを許さないこと。


たくさんあるじゃない。生きていれば。


アカリ:ありますね。


ツバサ:大体の人って、自分の中で多数決なり打算なりして、

決定をするじゃない。


アカリ:はい。


ツバサ:ノゾミはね、八対二のまま、そのまま両方やっちゃうんだ。


アカリ:お姉ちゃんの言動は矛盾してた、ってことですか。


ツバサ:まあ雑に言えばね。


アカリ:そんなとこが好きだったんですか。


ツバサ:そう。


アカリ:ヒノさんって変わってる。


ツバサ:そうかな。

どうして、そう思うの。


アカリ:だって、そんな人と結婚したいって普通思いますか。


ツバサ:どうして結婚したいって思わないの。


アカリ:え。だって、そんな人、そもそも信用できないし。


ツバサ:アカリちゃんは全人類に裏表(ウラオモテ)がないと思ってる人なの。


アカリ:そんなことはないですよ。

でも、結婚する人にくらいは、誠実であって欲しいって思いませんか。


ツバサ:結婚する人だから、一層装飾してよく見せることを誠実っていうの。


アカリ:別に。そういうわけじゃないですけど。


ツバサ:あーあ、ごめん、なんか意地悪いね俺。


今度は俺が聞いてもいい。


アカリ:ええ、どうぞ。


ツバサ:行くあてはあるの。


アカリ:え。


ツバサ:ここ引き払うつもりでしょう。


アカリ:なんですか急に。


ツバサ:いいって、変に気を使わなくて。

言いづらいことがあると、口が『へ』の字になる癖、変わらないね。


アカリ:わかっちゃいますか。


ツバサ:うん。断捨離っていうか、引っ越し準備だよねこれ。

あー、別に深く詮索しないよ。好きにしたらいい。

きっと俺と会うのも最後になるだろうし、聞きたいことは全部聞いてよ。


アカリ:ありがとうございます。


(アカリ、大きく深呼吸をする)


アカリ:お姉ちゃんのこと、許せますか。


ツバサ:許すって何を。


アカリ:お姉ちゃん、死んじゃったじゃないですか。


ツバサ:うん。


アカリ:別の男の家の、ベッドの上で。


ツバサ:うん。


アカリ:それって、裏切りじゃないですか。


ツバサ:裏切り。


アカリ:だってヒノさんがいたのに。婚約だってしてたのに。

お姉ちゃんの死因、知ってますよね。


ツバサ:知ってるよ。


アカリ:最低じゃないですか。

私、お姉ちゃんのことは好きだったけど、嫌いなところもいっぱいあった。


ツバサ:そうかもね。


アカリ:ヒノさん。

お姉ちゃんのこと、まだ好きですか。


ツバサ:愛してるよ。


アカリ:あんな死に方しても。


ツバサ:うん。


アカリ:なんで。


ツバサ:なんで、って。


アカリ:なんで許せるんですか。


ツバサ:知ってたし。


アカリ:は。


ツバサ:ツキモリは俺の後輩だよ。


アカリ:何。公認で浮気してたの。


ツバサ:浮気じゃないよ。


アカリ:婚約者がいるのに他の男とセックスして心臓止まったんだよ。

それが浮気じゃなきゃ何なの。


ツバサ:浮気の定義にもよると思うけど、俺は違うと捉えてる。


アカリ:ねえヒノさん。

お姉ちゃんのこと愛してたんだよね。


ツバサ:愛してるよ。


アカリ:なんで微笑(わら)ってるのよ。ねえ。


ツバサ:なんか、ノゾミらしいなって。


アカリ:後輩に自分の婚約者寝取られて、死なされて、なんで笑っていられるのよ。


ツバサ:言った通りだよ。俺、ノゾミの不器用なところが好きなんだ。


アカリ:ヒノさん、あなたおかしいよ。どうかしてる。


ツバサ:引っ越しを決めたのは、ツキモリが死んだからかな。


アカリ:何。


ツバサ:それとも、俺を呼んで全て問い質(ただ)すためかな。


アカリ:何なの。

どこまで知ってるの。


ツバサ:うーん。多分、全部かな。

というか、俺が知ってるんじゃなくて、アカリちゃんが知らないだけだと思う。


アカリ:どういうこと。


ツバサ:ツキモリってさ、器用すぎて不器用な男なんだよ。

ノゾミの真逆。


ノゾミは八の承知の二の不承をそのまま行動に移すけど

ツキモリは六と四の背反(はいはん)を十と零(ゼロ)にしちゃうの。


アカリ:だから何。


ツバサ:アイツは割り切ってしまう。

割り切れないことを許容できない。


アカリ:だから先輩の婚約者と寝て、あまつさえ死なせていいっていうの。


ツバサ:アカリちゃん、最後まで聞いて。

落ち着けなんて言わないから。聞いて。


ノゾミにツキモリを当てがったのは俺だ。


アカリ:……最低。


ツバサ:ノゾミの矛盾をツキモリに支配させようとした。


アカリ:最低、最低、最低、最低!最低だお前は!


ツバサ:ノゾミも、ツキモリも、同意の上のことだよ。


アカリ:あんたたちにはモラルも何もないの。恥も外聞もないの。


ツバサ:ないよ。

あるのは、ごく薄い、生きていくためだけの体面(たいめん)くらい。

そしてそれが、アカリちゃん。


君が見てる、ノゾミの全て。


アカリ:あんたに何がわかるのよ!


ツバサ:じゃあ君には何がわかるんだ。

ノゾミの何が、わかるんだ。


アカリ:わかんないよ!全くわかんない!お姉ちゃんも、あんたも、ツキモリも!


ツバサ:なら黙れ。


アカリ:黙らない!


ツバサ:わからないなら黙れ!

ノゾミの陰の下で、ノゾミの表面だけを見てきた君が、これ以上ノゾミを貶(おとし)めるな。


アカリ:なんでよ!いいじゃん!お姉ちゃんとヒノさんが結婚してさ!

普通に幸せになればよかった!ごく普通で、地味かもしれないけど

別にそれでよかったのに!


ツバサ:ノゾミは幸せだよ。


アカリ:幸せじゃないよ!死んじゃった!お姉ちゃん死んじゃったじゃん!

ねえ、お姉ちゃん死んじゃったんだよ。

あんたたちのワケわからない価値観にぐるぐる回されて死んじゃったんだよ。

ねえ。


(ツバサ、深くため息をつく)


ツバサ:もう止そう。ノゾミが可哀想だ。

これ以上、君の物差しでノゾミを振り回さないでください。


お願いします。


アカリ:わかったような口利かないで。

出てって。すぐに。


ツバサ:アカリちゃん。


アカリ:消えて。いなくなって。

目の前から、すぐに。


ツバサ:君がいなければノゾミは死なずに済んだかもしれない。


(アカリ、息を止める)


ツバサ:無理解(むりかい)は猛毒だ。


遠くに行ったノゾミにこれ以上君の理想を求めないでくれ。

重荷を押し付けないでくれ。


どうか、お願いします。


アカリ:私は、私は……。


ツバサ:帰ります。


もう、ここには来ません。

君とも、会いません。


だから。


ノゾミの遺影を返してください。

君は、持っていない方がいい。


アカリ:ねえ。私がお姉ちゃんを死なせたの。教えて。


(ツバサ、強く目を瞑り、揺れる呼吸を整える)


ツバサ:ノゾミはずっと、何かあれば、妹を頼むと。

あの子は、私の課題を、きっと背負(しょ)い込むからと。


アカリ:お姉ちゃん、ごめん。ごめんね。

悪く言ってごめん。ごめんなさい。


ツバサ:アカリちゃん。


ノゾミは俺が持っていく。

君にも、ツキモリにも、触らせない。


アカリ:ヒノさん。


ツバサ:さようなら。


(間)


アカリ(モノローグ):

定期検診を終えた私はダラダラと長い坂を登り、そして下り

鶴川駅の改札を抜け、下りホームに立った。


向かいのホーム、視界の端に、見覚えのある後ろ姿が映った。


声を上げようとした。

快速急行が風を巻き上げて目の前を通り過ぎていった。


<終>

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