3. 体育祭 そのいち
「お、おいあれ誰だよ」
「あんな可愛い娘、うちの学校に居たか?」
「一年女子の美少女ツートップに引けを取らないぞ! むしろスリートップにしても良いくらいだ!」
ざわざわと騒がしい。
それもそのはず、今日は体育祭。
栗林が素顔を長時間晒す日なのだ。
夏休みが明けてから十月に入るまで、驚くことに栗林の努力は続いた。
肥えた体は程良くスリムになり、体操服を押し上げる胸の膨らみが男子達の欲情をかきたてる。
しかも運動モードで長い前髪をヘアピンで留めて、素顔を思いっきり曝け出している。
顔つきもぷにぷに感は程良く抑えられていて、幼さが残るものの可愛さ全開といった感じだ。
男子達がざわつくのも当然の反応だろう。
「な、玲央、言ったろ。栗林さんはめっちゃ可愛いって!」
「あーそだなー」
「なんだよ反応薄いな。俺が前に言ってたこと信じてなかったくせに」
そういやこいつは栗林の顔を見たことあるんだったっけ。
栗林は時々ポカやらかして顔見せしてたらしいからな。
「まぁほら、他にも美少女がいるから驚きが薄いってやつだよ」
「それは分かる」
我ながら良く言うわ。
寮生たちのことを美少女だなんてほとんど意識してないくせに。
「はぁ~かわいい」
「そんなこと言って良いのか? 騒介のお目当ては別だろ」
「な、なな、何の事かな」
「ほら、氷見さんの体操服姿だぞ。たっぷりと拝めよ」
「変態みたいに言うなよ!」
「変態だろ」
「ちげーよ。俺は」
「アブ」
「ノーマルだ! ってツッコミのタイミング良すぎぃ!?」
はっはっはっ、まだ付き合いは短いが、お前がどのタイミングで何を言うかくらいはもう把握済なのさ。
なんて気持ちが通じてる的なことを口にしたら、禍々しい女子達に薄い本書かれそうだから言わないでおく。
「玲央だって女子の体操服が気になってるだろ。つーか、それ以外に体育祭で楽しい事なんか無いだろ」
「運動が好きな奴に謝れ」
言いたいことは分からなくはないがな。
騒介みたいに運動が苦手なタイプの人間には苦痛でしかないイベントだろう。
みんなの前で無様な姿を晒さなきゃならないからな。
「ほら、席に着くぞ」
駄弁っていたらもう開始の時間だ。
栗林の様子が気にはなるが、何かあったら氷見や禅優寺がフォローするだろ。
――――――――
うちの高校の体育祭は一言で表現すると『普通』だ。
目立って特別な種目があるわけでもなく、権力がありすぎる生徒会や実行委員会が暴走するなんてこともなく、極めてありふれた内容だと思う。
そんな中で一点だけ特殊かもしれないと思える種目がある。
借り物競争だ。
物語では良くあるこの種目。
現実でも存在しているらしいが、この種目を取り入れている学校は案外少ないらしい。
そんな特殊なのかどうなのか判断がつかない微妙な種目を特殊かもなんて考えるくらいには普通の体育祭なのだろう。
そしてその借り物競争中に事件は起こった。
「騒介もこれに出れば良かっただろ。運動能力に関係ないだろ」
「やだよ。これだってそこそこ走るだろ。それに知らない人を呼ぶなんて陰キャコミュ障の俺に出来るわけ無いだろ」
「やっぱり今から飛び入り参加して来いよ」
「俺の話聞いてた!?」
騒介の言う通り、借り物競争では『借り物』と言いつつも『借り人』としての側面が強い。
お題にマッチする知り合いが居るならまだしも、居なかった場合には見ず知らずの人達に声を掛けなければならないというコミュ障にとっての地獄が待っているのだ。
実際、借り物競争の出場者はコミュ強に見える人が多い気がする。
運動が苦手だからと安易に参加してはいけない種目なのだ。
「あれ、氷見も出るのか」
次の出場者の所に氷見が立っている。
最近の運動の成果か、以前よりも健康的に見えて、それに比例して女性としての色気も増している気がする。
まだ前の組が競争中だと言うのに、視線を一身に受けている。
それでも全く動じないのはすげぇな。
これが美少女の慣れってやつか。
「騒介が借りられると良いな」
「そんな羞恥プレイ出来るわけないだろ!?」
「なんて言いながら心のどこかで期待している騒介であった」
「モノローグを勝手に作るな!」
あはは、俺にツッコミながらも氷見から目が離せないでやんの。
俺も誰かを好きになったらこんな感じになるのかねぇ。
そうこうしているうちに氷見の番がやってきた。
スタートしてそこそこのスピードで走り、地面に置かれているお題から一つを選んだ。
「ハズレを引いちゃったかな」
お題を見た氷見の体が硬直したのだ。
その姿を全校生徒に見られている。
「うわ、こっちみんな」
ほんの一瞬だけ、氷見が俺の方を見た気がする。
止めろよ、マジ止めろよ。
俺を連れていったら面倒なことにしかならない。
マジで止め……こっち来るなああああああああ!
オワタ。
俺の平穏な学生生活が今日で終わりを迎えるんだ。
寮でも学校でも波乱万丈で胃が痛くなるような毎日を過ごさざるを得ないんだ。
うわああああああああん!
「あ、あの、一緒に来てくれませんか?」
「え?」
「え?」
こっちにやってきた氷見が声を掛けたのは、なんと俺では無かった。
そして俺の隣に居た人物、騒介に声を掛けたのだった。
『ええええええええ!?』
学校中で驚きの声があがった。
肝心の騒介は驚きすぎて声も出ず硬直してしまっている。
「あの、ええと、その、ダメ……ですか?」
おいおい、それは反則だろ。
普段はクールできつい系の氷見が困惑してねだるような声を出すなんて、ギャップで男共がやられてるぞ。
そして騒介が射殺されんばかりの目で睨まれている。
「だ、ダメじゃないです!」
氷見のあざとい懇願に騒介は反射的に答えてしまった。
そう、許可を出してしまったのだ。
「良かった、ではお願いします」
「え、ちょっ、わああああああああ!」
氷見はあろうことか、騒介の手を取り強引に走らせた。
全校生徒の前で、男の手を取り、一緒に走り出す。
「玲央、た、助けっ」
「がんばれー」
ぷーくすくす。
めっちゃ面白い展開になってきたぞ。
なお、後で聞いた話だが氷見のお題は『最近話したことがある異性』だそうだ。
俺は寮の件で除くとして、氷見は男子とそんなに話してないのかよ。
騒介と話したのって夏休みの頃の話で、二学期になってからもう一か月以上も経ってるんだぞ。
せめて同じクラスのやつを選んでやれば良いのになぁ。
「騒介めっちゃ慌ててる超面白れぇ」
周りに人が居なければ腹抱えて笑ってやるところだ。
騒介良かったな。
そしてこれから大変だけど頑張れよ。
少しくらいは助けてやるから。
なんて人事だと思って笑っていたバチが当たったのだろう。
俺にも騒介に匹敵する悲劇が待ち受けていた。
「あれ、栗林も走るのか。せっかく運動してたのにネタ枠かい」
てっきり普通に走る種目に出るのかと思ってたのだが、足が遅いことに変わりはないから出られなかったのかな。
まぁそんなことはどうでも良いか。
栗林ならきっと面白いテーマを引いて困るに違いない。
そういう星の下に生まれているからな、くっくっくっ。
「お、あの子の番みたいだぞ」
「くぅ~可愛いな。後で声かけてこようかな」
「緊張しているみたいだな。プルプル震えてるのとか保護欲そそるわ」
あいつの内面を知らない男共が発情している。
本性を知らないって幸せなことだ。
もし声なんかかけてみろ。
お前の人生、骨の髄までしゃぶりつくされるぞ。
俺は絶対に逃げ切ってみせる。
そう決意したらスタートの時間が来た。
おっそ。
あれじゃあ走る種目は絶対に無理だ。
圧倒的最下位で唯一残った課題を拾う。
氷見と同じく、課題を見た栗林の動きが止まった。
っておいコラ。
こっちに来るのまで同じじゃなくて良いんだよ!
俺を見るのを止めろ!
他人のフリだ。
絶対に行かないぞ。
目も合わせてやらないからな。
栗林は俺のいる付近まで来ると、その場で慌てながら誰かを探している風を装っている。
その合間に俺をチラチラと見ているが、決して声をかけようとはしない。
「ねぇねぇ、誰探しているの?」
「どんな課題?」
「協力するぜ!」
「俺も俺も!」
何故だ。
何故怯えている。
何故困っている。
いつもの栗林なら、問答無用で俺に声をかけ、強引に連れて行こうとするはずだ。
そして俺が困っている姿を見てニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるところまで容易に想像出来る。
それなのに何故躊躇しているんだよ。
これじゃあまるで、俺を困らせないように遠慮しているみたいじゃないか。
今までそんなそぶり見せたこと無いだろ。
遠慮なんて言葉はお前の辞書には無かっただろ。
そういうの止めろよ。
マジで止めろよ。
情で訴えかけようとするには、普段のお前の態度が悪すぎるから無理だって分かってるだろ。
だから俺は絶対に助けない。
日頃の行いが悪いから痛い目を見るんだ。
そうだ。
それだけのことだ。
「何してんだよ。俺を探してたんだろ」
ほんっと……俺って甘いわぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます