4. 体育祭 そのに
「どうして来てくれたですかぁ?」
「気まぐれだ」
ゴールした後、栗林が不思議そうに俺の顔を見ている。
不思議なのはこっちだよ。
どうしてこいつなんかを助けちまったかなぁ。
「んで、課題は何だったんだ」
「これですぅ」
何々、『最近気になる異性』か。
中々にエグい課題だな。
敢えて同性を連れて行ってボケるという手もあるのだが、こいつの
IQが脂肪に変換されてるから仕方ない。
「何だ、俺じゃねーじゃん」
「酷いですぅ!」
「普通は気になる相手に普段からあんなことしねーよ」
「ぐふぅ」
下着の洗濯や部屋の掃除などの諸々のことだが、口にして誰かに聞かれたら騒ぎになるのでぼかして伝える。
「そもそも何でこの種目を選んだんだ?」
「クジで負けたですぅ……」
「なるほど」
陰キャを装っているのにこんな陽キャ向けの種目に参加するなんて妙だと思っていたがそういうことだったのか。
ついでに気になってたことも聞いてみるか。
「それで、学校のアイドルになった感想は?」
「最高ですぅ!」
「そうか、良かったな。なら寮を出て男の家に泊めて貰えばどうだ?」
「最低ですぅ!」
「そうか、良かったな。なら寮を出て転校したらどうだ?」
「この鬼畜寮父ぅ!」
寮を出れば幸せになれると言うのに。
俺が。
「実際の所は?」
「微妙ですぅ」
「なんじゃそりゃ」
「二人と同じくらい可愛いことが分かったのは嬉しいですぅ」
「分かってたんじゃないのか?」
確かこいつ、自分の顔に自信があったはずだが。
それで騒ぎになるのが嫌で顔を隠している側面もあったはずだ。
「分かってたけど、春日さんが褒めてくれないから不安だったですぅ」
「だってお前、女性としての尊厳捨ててるし、ずっとでぶぅだったじゃねーか」
「あの二人の方が綺麗だから私なんか眼中にないと思ってたですぅ」
「スルーすんな。現実逃避すんな」
そういうとこだぞ。
「自分が可愛いのが分かったけど、皆が寄って来るのはめんどいですぅ」
「その台詞、すげぇ嫌味な奴に聞こえるの分かってんの?」
やっぱり栗林は栗林だったか。
単なる悪女ならまだしも、ここに怠惰が加わるからなぁ。
さて、気になることが聞けたし、そろそろ退散するか。
「んじゃとりあえず俺は帰るぞ」
「あ、あの、ありがとうですぅ」
「はいはい、どうしたしまして」
さぁって、どうやって言い訳しようか。
クラスメイト達が俺の方をすげえ目で見てやがる。
あの中の誰でも良いから
「俺の祖父ちゃんと栗林さんの祖父母が同じ施設に入っててな。そこで偶然知り合ったんだよ」
嘘をつくときは真実を混ぜた方が効果的だと聞いたことがある。
栗林祖父母には悪いが、少しだけ利用させてもらった。
どうせいつか最近の栗林の異常について聞きに行こうと思っていたから、その時に謝ろう。
「じゃあ春日はあの子があんなに可愛いって知ってたのか?」
そう詰めて来るのは、騒介とは別のクラスメイトの男子だ。
騒介はクラスメイトに袋叩き……ではなく尋問されて保健室行きになっていた。
後で氷見にこっそり教えてやったらお見舞いに行かねーかな、くっくっくっ。
「いや、知らない知らない。俺も今日初めて知ってビビったよ」
「もしかして仲が良かったりするのか?」
「悪くはないが、少し話をする程度だぞ」
「じゃあさ、俺に紹介してくれよ」
「マジで!?」
こいつ良い奴だな。
だが待てよ。
それは人としてどうなんだ。
確かにアレは手に余る存在だが、それを他の人に押し付けるのは悪魔的なやり方では無いだろうか。
俺の手でこいつの人生を壊すことになるのだぞ。
しかし上手くやれば俺は救われる。
救われるんだ。
「おい何で泣いてるんだ!?」
「わ、悪い、ちょっと祖父ちゃんのことを思い出して……」
苦渋の決断に耐えきれなくなった俺は、適当な嘘で誤魔化してその場を濁そうとした。
するとタイミング良く俺の出場する種目の開始時間が近づき、呼び出された。
「ちっ、後でもう少し話をさせろよな」
「つーか春日って二百に出るんだっけ? 良くやるわ」
「圧倒的最下位で恥かいちまえ」
他にやりたい奴がいなかったんだからしょーがないだろ。
短距離走は運動部の独壇場だけど、うちのクラスって短距離が得意な人が少ないから誰もやりたがらなかったんだよ。
種目決めが長引くと寮の作業をする時間が減るから、人気が無い種目に立候補しただけだ。
「ほんとごめんね、押し付けちゃった形になって」
「順位とか気にしなくて良いから」
「レオっ……春日クン、がんば」
体育祭委員の女子がフォローしてくれるのに便乗して禅優寺が応援して来た。
あぶねぇからマジで黙ってろ。
ただでさえ今は栗林の件で男子達の疑いの視線がヤバいのに、これでお前との関係まで疑われたら俺の学生生活が完全に終わっちまう。
「とりあえず行ってくるわ」
俺は体育祭に夢中になって青春を謳歌するようなタイプでは無い。
勝負に勝ちたいとか、勝って盛り上がりたいとか、そんなことも思わない。
ただまぁ、ちょっと思うことがありまして、少しだけ頑張るつもりだった。
「運が悪すぎんだろ」
俺の組の相手は運動部が殆どだった。
それは別に構わない。
運動部だって、短距離が得意な部とそうでない部があるから、相手によっては勝負になるだろう。
だが、どうやら陸上部の男子やサッカーのような短距離に強い男子が多いらしい。
しかも彼らは割とイケメンで、女子からの黄色い声援を浴びている。
「今更文句言ったって始まらねーよな」
俺の独り言を聞いた隣のサッカー部男子が首をひねる。
お前には絶対に勝てないから俺のことなんか気にすんな。
俺の事なんて誰も知らない。
知っている人は俺の負けは確実だと思っている。
俺自身もそう思っている。
『位置について』
でもまぁ。
『よーい』
勝負なんてものは。
『パァン!』
やってみなければ分からないよな!
「春日君やるぅ!」
「速いのは知ってたけど、あんなに凄かったっけ?」
「レ……やるじゃ~ん」
運動部のエースたちをぶっちぎって一位になった俺はクラスメイト達から賞賛の嵐!
なんてこたーない。
順位は下から数えた方が早いくらいだ。
でも運動部の面々と勝負になった。
しかも最下位で無かったということがお褒め頂けたポイントだったのだろう。
俺としては順位よりも
「春日クンが頑張ってくれたから、私も頑張らないとね~」
「禅優寺さんも頑張れ」
「全力で応援するから!」
クラスの人気者は辛いねぇ。
こんなに応援されたら手を抜けないだろうに。
いや、違うか。
こいつはもう手を抜かないって決めているはずだ。
結果を出して家族との団欒で話題にするつもりなのだろう。
あまり関わりたくはないが、クラスメイトの一人として応援するくらいなら良いか。
「禅優寺さん、頑張ってください」
「!?」
うっそだろおい。
俺と同じ二百メートル走で、ぶっちぎりの一位になりやがった。
ポテンシャルおかしいだろ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます