2. わんもあせっ 再び

「ヘルシーメニューにして欲しいですぅ」

「え?」


 二学期が始まってすぐのこと。

 夕飯を食べている時に栗林が予想外の要望を出してきた。


「春日さんのヘルシーメニューなら美味しくて満足出来そうですぅ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、マジでどうしたんだ?」

「でぶぅからの脱却ですぅ。ふんすふんすぅ」


 まさかのダイエット。

 栗林にようやく女心が芽生えたのか?

 野獣から人間へとクラスチェンジしたのか!?


「なんで号泣してるですかぁ!?」

「ちょっと玉ねぎが目に染みて」

「今日のメニューに生の玉ねぎ使われてないですぅ!」


 成長する姿って眩しいね。


「うさぴょんダイエットするの?」

「痩せても良い事無いわよ」

「氷見は極端すぎるんだよ。せっかく栗林がやる気出しているのに削ぐようなことを言うなって」


 ガリガリさんは少しふっくらしてきたけれど、まだまだ物足りない。


「でもうさぴょん、食事制限は体に悪いよ」

「そうだな。育ち盛りの年齢なんだから、運動した方が良いぞ」


 なんて言ったら、途端にやる気が無くなってしまうかな。

 だが俺達の年代で食事制限はあまり良くないからなぁ。


「運動もするつもりですぅ!」

「「「え?」」」


 まさかの反応に全員が驚いてしまった。

 食事制限はともかく、運動なんて辛い事を栗林がやろうとしていたなんて。


「本気……なのか?」

「そうですぅ! 体育祭の時には良い感じのボディになるですぅ!」

「体育祭に何かあるのか?」

「ただの目安ですぅ」


 体育祭に何かがあって痩せようとしているのかと思ったがそうでは無かったらしい。


「体育祭ってことは後一か月か。それだけあれば少なくとも元通りにはなりそうだな」

「むぅ、うさぴょんがスリムになったらマズイかも」


 禅優寺さん、何処を見て言っているのかな。


 そりゃあ小柄でスリムだけど胸だけ大きな女の子なんて男子から見たら涎垂れまくりになるだろう。

 しかも体育祭の時に髪を上げて素顔を見せて可愛い系の顔なんか晒した日には、氷見と禅優寺に匹敵するくらいに人気になるかもしれないな。


 そこまで考えているのだろうか。

 考えてないだろうなぁ。


「私も運動を続けたいと思っていたから仲間ね」

「氷見とは運動の質が違うからなぁ。いや、そこまで気にしなくても良いのかな」


 筋肉を過度に増やしたいとか、ごく一部だけ痩せたいとかそういう話では無いのだ。

 適度に運動して適度に体を整えたいのが目的であるならば、一緒にやっても問題無いのかもしれない。 


「それじゃあご飯は少しだけヘルシーにしてカロリーはあまり落とさないようにするわ。だから後は運動で頑張れ」

「はいですぅ!」

「頑張りましょう」

「わ、私もやる!」


 寂しがり屋の禅優寺も混ざって、レオーネ桜梅の運動ブームが始まった。


――――――――


「鬼! 悪魔! 鬼畜寮父ぅ!」

「はい、もうワンセット」

「ぎゃああああああああ!」


 運動をすると言ってもまだ九月上旬。

 昼間は暑く、そもそも学校に行っているので運動は出来ない。

 かといって夜に外で運動するのもセキュリティ面でよろしくなく、寮隣の交番のお姉さんに怒られるだろう。


 ということで、八月の時と同じく運動するのは寮内だ。

 今日はゲームでは無く、腕立てや腹筋などの筋トレをしている。


「レオっち、あまり無理させると体に悪いよ」

「栗林の場合はまず精神面を鍛えなきゃならないから無理させてるんだ」

「なるほど」

「納得しないで欲しいですぅ!」


 と言いつつも、プルプルと腕を振るわせながら腕立てをやろうとしている。


 少し苦しい事をさせればすぐに音を上げるかと思ったが頑張るな。

 マジで性根を入れ替えたということなのだろうか。


「それじゃあもうワンセット」

「え、あの、本気でもう無理ですぅ」


 おっと危ない。

 あまりにも信じられなくて必要以上に追い込んでしまった。


「それじゃあ少し休憩だな」

「はいでふぅ……」


 栗林はよろよろと俺の方に向かって来てそのまま床に倒れ込んだ。

 安心しろ。

 きちんと掃除してあるからほとんど汚れないはずだ。


「へぇ、氷見も少しずつ体力がついてきてるな」


 最初の頃は腕立ても腹筋も数回でダウンしていたのに、今では普通に十回以上出来るようになっている。

 ちなみに、腕立ては正しい姿勢でゆっくりやると一回だけでも相当負荷がかかりしんどい。

 以前そんな話を聞いて試してみたらマジヤバだった。


 もちろん栗林たちはもっと適当な感じのをやらせているが、それでも氷見が回数をこなせるようになったのは成長の証だろう。


「うう、しんどいですぅ」


 栗林は明日はゾンビ確定だな。


「しかし、どうして急に痩せたいなんて思ったんだ?」

「…………」


 あ、この沈黙はヤバい。

 氷見の時と同じでシリアス地雷を踏もうとしてるのかも。


 聞かなきゃ良かった!


「春日さんに振り向いてもらうためですぅ」

「そうかそうか、ハードルかなり高いぞ」

「負けないですぅ」


 今日ばかりはその誤魔化しに乗ってやるよ。

 だから余計なことに関わらせるなよな。


「とりあえず、明日は今日の倍かな」

「鬼畜ぅ!」

「はっはっはっ、それが嫌だったら俺を諦めるんだな」

「諦めたらそこで堕落終了ですぅ」

「さっさと諦めろよ」


 しかしまぁ、栗林が真面目になる未来だけは想定外だったな。

 氷見と禅優寺との距離をどうするかは考えていたが、栗林だけは端から除外していた。


 もしこのまま栗林が完全に真面目になったら……ダメだ、全く想像出来ない。

 むしろネタ落ちになる未来しか見えない。

 というかほぼ間違いなくそうなりそうだ。


 今のうちにいじめとこ。


「む~」


 おっと禅優寺がお冠だ。

 まだ仲間外れってほどの扱いじゃないだろ。

 めんどくせぇ。


「禅優寺は運動する必要無いだろ。というか、そもそもどこで鍛えてるんだ」

「ひ・み・つ」

「あそ」

「何よ! 興味持ってよ!」

「じゃあ栗林に教えてやれよ」

「それじゃあ意味ないじゃない!」

「なんでやねん」


 意味はあるだろ。

 同じ寮生なんだから協力しろよな。


「最近レオっちあたしに厳しくない?」

「そんなことはないぞ。前からだ」

「厳しいって自覚はあったんだ!」

「特にコレにな」

「コレ呼ばわりは酷いですぅ……」


 ゴミと呼ばないだけマシだと思ってもらいたい。


「うさぴょんは仕方ないというか……でもマジでうさぴょん突然どうしたのさ」

「ひ・み・つぅ」

「うわ~うざい」

「だろ?」

「あたしがやると可愛いから良いの」

「二人とも酷いですぅ……」


 栗林のツッコミが弱いままだ。

 かなりお疲れだな。

 休憩したらもう一セットと思ったがこのくらいにしておくか。


「よし、それじゃあコレを風呂にぶちこんでおいてくれ」

「レオっちがやれば良いでしょ」

「俺がやったらひん剥いたあとに捌いてしまいそうだから嫌だ」

「怖っ!」

「豚じゃないですぅ!」


 馬鹿な事を言ってないでさっさと風呂に入れよ。

 結構汗臭くなってるぞ。

 俺はコミュニケーションルームの換気と臭い取りを早くしたいんだよ。


 寮父たるもの、部屋は常に清潔に!

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