5. ばったり
「~~♪」
おうおう、ご機嫌だこと。
俺はテンション超ダダ下がりですよ。
まさか女装して氷見と並んで歩く日が来るなんて。
最初に出会った時のことを考えると信じられないな。
クソ姉貴に脅され氷見の
それでも良いと氷見が食いついて来たので、仕方なくこうして肩を並べて閑静な住宅街を歩いている。
なお、禅優寺と栗林が次は私もと主張してきたが、当然却下だ。
氷見の場合は病気の時にお願いをされてしまったから仕方なくこうして付き合ってあげているのだ。
例え姉貴に何か言われようともこれ以上は決してやるもんか。
「そこの公園にでも入ろうか」
「ええ!」
他愛も無い話をして歩く。
氷見にとってはそれで満足なのだろうが、俺はいつ知り合いに会うかと思うと胃が痛くてたまらない。
俺は知っている。
最悪の展開を回避したいと望めば望むほど、その展開がやってくるということに。
ほらな。
「あら、あの人は」
緑豊かな公園を散策していたら、目の前からとても良く知っている人物が、歩いているんだか走っているんだか分からないスピードでやってきたのだ。
ジャージを着ているから運動しているのかもな。
「こんにちわ」
「え? ええええええええええ!?」
あろうことか氷見が挨拶しやがった。
スルーしろよ。
一番見つかったらマズイ相手じゃないか。
「な、なん……あ、こ、ここ、こんにち」
その人物はあまりにも驚き口をパクパクとさせながらも、どうにか挨拶を返そうとした。
「確か菊池君よね」
「ぼ、ぼぼ、僕の名前を知ってる!?」
「迷惑をかけた相手の事を知らないのは申し訳ないから」
「お気になさらずにいいいい!」
その人物は菊池騒介。
俺の親友だ。
なんかかなり久しぶりに会ったような気がしないでも無いが、きっと気のせいだろう。
時々だが夜にオンラインで一緒にゲームやってるしな。
「菊池君はランニング?」
「は、はい! 痩せようと思いまして!」
嘘だ。
騒介はランニングをして痩せたいなんて思うキャラでは絶対にない。
ありえるのはアニメかゲーム関係だな。
話題のアニメで公園をジョギングするシーンが話題になって真似したいとか、あるいはゲームでジョギングした時間に応じて可愛いキャラが貰えるとか、どうせそんなとこだろう。
「それは良い事だと思うわ。でもこんなに暑いんだから気をつけなさい」
「はい! 気をつけます!」
ガッチガチに緊張している騒介がちょっと面白い。
今すぐ弄りたいのに出来ないのがもどかしいわ。
でも氷見に会った男子としては騒介のこの反応の方が正常なんだよな。
氷見の
「あれ?」
チッ、俺の存在に気付いたか。
氷見から話しかけられた緊張で俺の事が目に入ってないようだったから、このままフェードアウトしようと思っていたのに。
「…………?」
しかもこいつ、まさか俺だと気付いたのか!?
やべぇ、やべぇやべぇやべぇやべぇ!
氷見と話をしている間にこっそりグラサンかけて目元を隠したんだが効果が無かったのか!?
「どうかしたの?」
だから氷見、突っつくなって!
「あ、いえ、その、何でも……」
騒介の反応は微妙だな。
困惑している感じなんだが、俺のことに気付いて困惑しているのかどうかがいまいち分からない。
「遠慮せずに言いなさい」
「でも、初対面の相手に失礼だから」
「あら、意外と……くすくす」
「か、かわ」
いい、まで言えずに真っ赤になってやがる。
氷見の笑顔は劇物だったか。
「この人のことなら何を言っても大丈夫。むしろ菊池君が何を考えているか気にしているはずだから言って頂戴」
「そ、そうですか」
確かに騒介が考えていることは気になるが、そもそもお前が話しかけなければこんな確認をする必要は無かったのだぞ。
「あの、違っていたら本当にごめんなさい」
「良いから言いなさい」
「う、うん。その……男の人ですよね?」
やっぱりかー
騒介は俺が僅かに髪の毛を切ったり少しだけ体調が悪い時とかにすぐに気付く目ざとい奴だから、見つかったら女装だとバレるとは思っていた。
問題は女装しているのが俺かどうかまで気付いているかというところだ。
「誰かに似ているような気がするんだけど……誰だろう。気のせいかな」
セーフ!!!!
良かた。マジ良かた。
「菊池君、このことは内緒よ」
「え…………あ、はい、もちろんです!」
「ありがとう」
騒介の奴、バツが悪い顔になっている。
こりゃあ勘違いしているな。
氷見は深い意味を考えずに内緒だと言ったのだろうが、騒介は深読みしている気がする。
例えば、氷見が男性嫌いを克服するためにまずは女装した男性相手に慣れようとしているとか。
例の事件で氷見の男嫌いの理由は生徒の大半が察しているからな。
「それじゃあ菊池君、ダイエット頑張ってね」
「は、はい!」
センシティブな話題に触れそうになった焦りからだろうか、騒介は慌ててこの場から走り去った。
ふぅ~バレてなくて良かったぜ。
「菊池君って良い人ね」
「おお、氷見も騒介の良さが分かったか」
「あの時に分かってはいたけど、改めてそう思ったわ」
あの時っていうのは……氷見が謝った時のことか。
騒介に良い印象を持っていたから、今日話しかけるのに抵抗が無かったんだな。
もちろん騒介の親友の俺が傍にいるからってのもあるだろうが。
「ほんと、私ったらどうしてあの時あんなことを言ってしまったのかしら」
「…………」
そういう返答に困る発言は止めてくれませんか。
「せっかくのデートなのにしんみりしちゃダメよね」
そうそう、それで良いんだよ。
俺は気の利いた事なんて何も言えないからな。
気にするな?
父親が悪い?
おかしかっただけ?
どれを言っても正解とは思えない。
何故なら俺は氷見の事情や考え方を何一つとして知らないから。
まぁあれだ、もしも俺が本当の意味で氷見を選ぶ日が来たら、知りたくなり、そして支えたくなるのだろう。
そんな日が来るのかねぇ。
なんて思っていたのだが、どうやら俺はそう簡単には彼女たちと距離を置けないようだった。
「お母さん?」
「都江美?」
公園を出て寮に戻ろうかと歩いていたら、氷見の母親にばったりと遭遇してしまったのだった。
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