4. 具体的な描写は敢えてほぼ省いたけれど足回りの見た目を誤魔化すためにスカートを履いてます
「かわいいいい!」
「すごいわね」
「かわいいですぅ!」
「…………」
虚無だ。
精神を虚無に委ねるんだ。
何も考えてはならない。
現実を認識してはならない。
全ての存在は無意識の向こう側へとたどり着く。
……
…………
……………………
錯乱して意味不明なことを考えてしまった。
むっ!?
「シュッ」
「ぎゃあぁ!」
「全く、油断も隙もあったもんじゃない」
「の、のの、喉に指がぁ!」
「スマホを取り出すのは禁止と言ったはずだ。次は突くぞ」
写真や動画なんか撮られた日には、栗林を抹殺しなければならない。
人生オワタで豚箱になんか入りたくないぞ。
「ということで、二人も怪しい動きはしないように」
「!?」
「!?」
栗林に注意を向けているからバレないとでも思ったのか。
細心の注意を払って全員の動向を常に確認しているに決まってるだろうが。
「ぶーぶー、可愛いから良いじゃん」
「良くない」
どれだけ文句を言われようが、絶対に退かないぞ。
「後、これで氷見も分かっただろ?」
「ええ、そうね。玲央が
「ちげーよ!」
そう、俺は今、誠に心底死にたくなる程に残念ながら、女装をしている。
きっかけは氷見が病気の時に『デートしたい』とおねだりしたこと。
氷見は学校で男子からの人気が高く、もし俺とデートしている姿なんて誰かに見られたら大騒ぎになるから嫌だと断ったら、馬鹿が『それなら女装すれば良いですぅ』なんて暴言を吐いたのだ。
もちろん俺は速攻で栗林におしおきしたが、丁度そのタイミングでクソ姉貴からとんでもないメールが届いたのだ。
『そういえばこんな写真見つけたんだけど』
その写真とは俺が中学生の頃にクソ姉貴に無理矢理女装させられた時のものだ。
女装話のタイミングでこのメールが来たと言うことは、俺を暗に脅しているという事なのだろう。
あまりのタイミングの良さに、部屋に盗聴器が仕掛けられているのではと疑ったが、どれだけ調べても怪しいものは見つからなかった。
それならばと寮生たちが姉貴に連絡したのかとも思ったが、それも無さそうだ。
寮生たちが嘘をついている可能性もあるが、そもそもデートは無理という話を切り出したのは俺の方からで、寮生たちがクソ姉貴に連絡する間もなく俺にメールが来たから、繋がっているということは恐らく無い。
つまりあのクソ姉貴は直感で俺にとって最悪のタイミングで脅しにかかってきたということ。
ほんとマジで誰かあいつを処分してくれねーかな。
ということで話は戻るが、俺は女装した姿の感想を氷見に言ってもらいたいわけでは無かった。
「どれだけしっかり女装しても俺が男だって見れば分かるだろ」
「そうかしら、年頃の女子にしか見えないわよ」
「そうですぅ。とっても可愛いでぐふっ。なんれ私だけぇ!」
反射的に手が出てしまった。
ちょっと喉を突いてしまったが、まぁいっか。
「禅優寺なら分かるだろ?」
「すっごい可愛いよ」
「禅優寺は嘘つくとき、一瞬目線を右に移動するからな」
「え、ホント!? ……あ、騙したなー!」
本当は別の癖があるのだが、教えてやらない。
「気付いているならちゃんと言えよ。体格で男だって分かるだろ」
これが冬ならまだマシだ。
コートなどで体のラインを誤魔化せるからな。
だが夏の場合は炎天下の中を移動しなければならない。
陽射しから肌を守るために肌の露出を極力抑えたとしても、服は薄手のものにする必要があり体のラインを隠すのがとても難しい。
だからかなりの人が俺が男だと気付くだろう。
「別にバレたらバレたで良いじゃない。玲央だって分からなければ良いんだから」
「良くねーよ! 氷見が男と一緒に歩いているなんてバレたら大騒ぎになるぞ」
しかも相手が女装男だなんて、恋愛ごとが好きな連中にとっては最高のゴシップじゃねーか。
「そもそも氷見は初デートの相手が女装していて良いのか?」
「…………………………………………ギリ、ありね」
葛藤が凄かったな。
即答で平気だと言わない辺り、まともな感性が残っていたようで少しはほっとしたぜ。
「はぁ……いっそのこともうカミングアウトしちゃおうかしら」
「は?」
おい、まさかこいつ気付いていないのか?
「カミングアウトって俺のことをか?」
「そうよ。学校で玲央の事がす、す、気になるって言えば、堂々とデート出来るでしょ」
「ま、まてまて。じゃあ何で今まで言わなかったんだ?」
「そりゃあ、なんとなく面倒なことになりそうだからよ」
マジか。
こいつどうなるか漠然としか分かって無かったのかよ。
栗林はきょとんとしているからダメ。禅優寺は焦っている風だから分かってるな。
「あのなぁ。もし氷見がそんなこと言ったら、俺のことを色々と調べられて、俺がここに住んでいることまでバレるぞ」
「別にバレて何か言われても、私たちが気にしないって言えば良いだけの事じゃないかしら?」
「世の中そんなに簡単じゃないぞ……」
世間から見てイレギュラーなことに対して、本人たちが気にしていないと宣言しても、世の中はそれで良しとはしてくれないのだ。
「正義マンは厄介だぞ。しかも男性側の正義マンには嫉妬も混じるからマジ厄介だ。氷見たちは被害者だ、洗脳されているだけなんだと声高に主張して氷見たちの意見はガン無視するだろうな。そして俺を極悪人だと強く非難し、大人たちが動かざるを得ない状況になる。そうしたら俺は間違いなく寮父解任だ」
「!?」
「!?」
この手の一部の正義マンの話は姉貴から愚痴という形で嫌と言うほど聞かされてきた。
モデル業界でも最近は色々と配慮しないと煩いらしい。
「そして俺は炎上して叩かれまくって高校にすら通えなくなり人生終了。そんなの絶対嫌だからな」
だから今の状況は誰にもバレてはならないのだ。
安心安全のために本当は寮父を辞めたいのだ。
しかしクソ姉貴が妨害して来るからそれもままならない。
チクショー!
「ということで、俺バレする可能性が少しでもあるなら一緒におでかけは出来ないぞ」
「でも女装なら男だとバレても玲央だとはバレないわよね」
「いや、知り合いが見たら分かるだろ」
「他人の空似で誤魔化せば」
「何で俺がそこまで苦労しなきゃならないんだよ!」
くそぅ、スカートの中がスースーしてイライラする。
むっ!
「シュッ」
「グゲッ!」
栗林がスカートをめくろうとしたから突いてやった。
良い声が出たな。
特に悲鳴たすからないが。
「でも……でも……少しそこら辺を歩くくらいなら……」
だからダメって言ってるだろ。
なんかスマホが鳴ってる。
オチが読めたぜ。
クソ姉貴滅びろ!
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