3. わんもあせっ
氷見が全快するには一週間近くかかった。
夏風邪は長引くことが多いとは言え、若いのに普通の風邪でここまで長引いたのはアレが理由だと俺は思った。
「ワン、ツー、ワン、ツー、はい、次ー」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、も、もうらめぇ」
「これ以上はダメですぅ」
「ダメと言える間はまだいける。さぁ次次」
氷見に足りないもの。
それは筋肉だ!
別に俺は
筋肉というか体力が無いから風邪と戦う力が弱かったのだ。
それゆえコミュニケーションルームを片付けてスペースを作り、体を動かすゲームソフトを使って運動してもらうことにした。
なお、栗林も参加しているのはでぶぅ対策。
「この厳しさ癖になる。ぐへへ、でも病気の時の優しい玲央も良かったから風邪も悪くなかったかな」
「馬鹿な事言ってないで、さっさともう一回やるぞ」
「うひいいい」
そりゃあ普通病人には優しくするだろ。
そして快癒したなら普通に接するだけだ。
フレンドリーに接して欲しいという要望なので、お望み通りやってあげている。
こうなることは旅行の時の経験で分かりそうなものだがな。
そんなこんなで栗林を巻き込みつつ氷見の体力改善に取り掛かっていたのだが、一つだけ問題があった。
「ぶーぶー」
「いつまでむくれてるんだよ」
禅優寺がご機嫌斜めなのだ。
どうも俺がフレンドリーになったきっかけが氷見であるというのがお気に召さなかったらしい。
彼女は氷見以上に俺との壁を取り払いたいと思っていた節があったからな。
自分はダメだったのに何故氷見だとオッケーなのかと釈然としないと言うか、悔しいのだろう。
それに旅行の最後で自分が選ばれなかったこともむくれている要因になっているのかも。
「やっぱり私もやる!」
「いやいや、だから禅優寺はやる必要ないって言ってるだろ」
「えみりんとうさぴょんばっかずるい~!」
「ずるいって、あのなぁ。スタイルが良いって褒めてるんだぞ」
「むぅ……」
体を動かすほどのスペースは三人分も無いから体力改善が不要な禅優寺は見ているだけだ。
人との触れ合いを求めている彼女にとって、今の状況が仲間外れに感じているのかもしれない。
「それなら私と交代するですぅ」
「ダメでぶぅ」
「ごめんなさいぃ。本当に限界なんですぅ」
おや、珍しくツッコミが無くしおらしい反応だな。
結構やらせたし、マジで限界なのかもな。
「それじゃあ氷見と禅優寺が交代するか」
「やった!」
「鬼畜寮父ぅ!」
「まだ元気じゃないか」
「むっきいいいいぃ!」
もっともっと苦しむが良い。
栗林は優しくしてもつけあがるだけだから、これが正しい対応方法なのさ。
嫌だったら自力で生活態度を見直すんだな。
「お疲れ」
「はぁ、はぁ、私にももっと厳しくして良いのよ」
「見るからにヘトヘトなのに何言ってるの。病み上がりなんだからほどほどにな」
元々こんなに疲れ果てるまでやらせるつもりは無かった。
氷見がやりたそうにしてたから仕方なく限界を越えない程度にやらせたんだ。
「…………」
氷見が息を整えながら何かを言いたそうにこっちを見ている。
「どうした?」
「いえ、普通に話をしているのが不思議な感じがして」
「なんだよ氷見の希望だっただろ。違和感あるなら元に戻すか?」
「それはダメよ。絶対にダメ」
そんなもんかね。
俺としては素直に笑ってるお前の顔の方が違和感あるぜ。
そういえば学校では未だに氷帝なんて呼ばれてるんだよな。
氷属性どこ行った。
「私、体力つくかしら」
「それは分からん。でも今まで特に体を鍛えたことは無いんだろ」
「ええ」
とてもセンシティブな話題なのだけれど、氷見から気を使わないで欲しいオーラが出ているので自然に話をした。
自然に出来てるよな。
センシティブなのは女性の体型という話題だからではなく、彼女の家庭問題に関わる話だからだ。
彼女の体が細いのは、おそらくはあの父親の影響で家でまともにご飯を食べられなかったからだろう。
氷見の家庭の話は決してタブーというわけではないのだけれど、自然と誰も口にしないようになっていた。
「玲央が稽古つけてくれるのだから頑張るわ」
「そこは気にするな。これも寮父の仕事の一環だ」
「どういうことかしら?」
「寮生の体調管理も仕事ってことだ」
「ふ~ん、それじゃあ看病してくれたのも仕事だからなのかしら」
「そうに決まってるだろ」
「そっか、くすくす」
見透かされているような感じがなんか悔しいが、姉貴のような陰湿な感じがしないから嫌では無いな。
これが不思議と禅優寺が同じようなことをすると腹黒い裏があるように感じてしまう。
「体調管理が仕事ならやってもらいたいことがあるわ」
「何だ?」
「『あの日』の時に気を使って欲しいの」
「生理の日ならいつも気にしてるぞ」
「え……あ、あぁ、そういえばそうだったわね」
流石に寮生たちの生理の周期を把握しているだなんて気持ち悪い事はしていない。
ただ、体調が悪そうに見えた日は食事のメニューを変えたり、洗濯物を部屋まで届けてあげたりと気を使ってはいた。
女性の生理は自然なことだからと俺が気にしないのは彼女たちも知っていたはずだが、忘れていたようだな。
「玲央はなんでもしてくれてるのね」
「寮父の仕事の範囲内でやってるだけさ」
「くすくす、そういうことにしといてあげる」
しといてあげるも何も、本当にそうなんだがな。
「あ~! イチャイチャしてる~!」
おっと、禅優寺がお冠だ。
「してねーよ。どんな感じだ、っておいおいパーフェクトかよ。俺だってパフェは滅多に出来ねーのに」
「どや」
「はいはい、すごいすごい」
「何よ、もっとちゃんと褒めてよ。というか見てなかったでしょ。もっかいやるから見ててよね」
「マジか。体力有り余ってるな。じゃあ栗林も一緒にやるなら見るわ」
「ホント!? うさぴょんやろやろ!」
「禅優寺さんを味方につけるとか卑怯ですぅ!もう無理ですぅ!」
「さっき栗林が手を抜いて真面目にやってなかったところだけは見てた」
「この鬼畜寮父めぇ!」
「ほらほら、うさぴょんはじめるよ」
「ぎゃああああぁ!」
今日もくっそ暑いのに元気だなぁ。
「どいつのせいだと思ってるんですかぁ!」
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