時間が経ったシミは中々落ちない

1. お盆休みを終えて

 南の島への旅行を終えると丁度お盆の時期。

 今年のお盆は数日間だけレオーネ桜梅を完全にとじることに決まった。

 寮生全員と俺が帰省するからだ。


 栗林は祖父と祖母が家に戻るそうなので家族の団欒を楽しむのだろう。

 禅優寺も両親が会社を休んでくれるのだと嬉しそうに言っていた。


 そういえば氷見はどうなんだろうな。

 特に嫌そうな顔をせずに普通に実家に帰ったが、母親との関係は悪く無いのだろうか。

 以前の事件では父親のことばかり気になっていたが、母親との関係については良く分かって無い。

 まぁ俺が気にすることではないか。


 せっかくの休みなんだ、寮生たちのことめんどうなはなしは考えずに自由な夏休みを謳歌するぞ!


「たっだいまー!」

「いってきます……」


 おかしいな。


 姉貴も寮生もいない天国のような実家暮らしを堪能するはずなのに、一行も描写なく時間がすっ飛んだ気がする。

 解せぬ。


 そんなメタ感想はさておき、休んだことで気力十分。

 姉貴が俺の代わりの寮母さん候補を全てキャンセルさせてから海外に飛び立ったと父親から聞いた時は殺意が湧いたが、どうせそんなことだろうなと思っていたのでメンタルダメージは最小限。


 今の俺は気力十分で、問題児達を迎え撃つ準備は万端だ。


「春日さ~ん、ご飯作れですぅ」

「もうマジ無理」

「なんでですかぁ!」


 栗林が寮に戻って来るなりソファーでだらけている姿を見ただけで気分がどんよりし、気力が一気にマイナスになってしまった。


「レオっち~ご飯ごは~ん」

「禅優寺さんもですか」


 遅れて戻って来た禅優寺も、荷物を自分の部屋に置かずに直接コミュニケーションルームにやってきて俺の料理をご所望だ。


「二人とも実家で美味しいものを食べたのでしょう?」


 実家の味を堪能したり、外食だってしたかもしれない。

 美味しい物を食べたという意味では存分に堪能してきたはずなのに、何故メシマズから逃れて来たかのように俺の料理を求めるのか。


「「それはそれ、これはこれ(ですぅ!)」」

「さいですか」


 俺の料理を食べたいと言われて悪い気はしないし、そもそも料理を提供するのは俺の仕事だから文句は言うまい。


「夕飯までにまだ時間がありますから、禅優寺さんはひとまず荷物を部屋に運んだらどうですか」

「うん、そだね~」


 禅優寺はカラカラと音を鳴らして大きなキャリーケースを部屋に運んで行った。


「栗林さんは外を走ってきたらどうですか」

「そんなことしなくても食べられるですぅ」

「お腹を空かせるように言っているのではないです。また一段と大きくなられたのでは無いですか」

「セクハラですかぁ? やっぱり春日さんも私の胸に興味津々な男の子ですねぇ」

「でぶぅ」

「ごるぁ!」


 いやだって流石にヤバくなって来たんじゃないか。

 頬がふっくらとしているのが目に見えて分かるぞ。


 実家で食べまくったのだろうが、ヒロインとしてガチでぶぅな展開はどうなのよ。

 ヒロインとしての立場を捨てたいのなら俺としては大助かりだが。


「最初に会った時ぐらいが丁度良いと思いますよ」


 なんて言葉で生活態度を見直すくらいならとっくに治ってるはずだがな。


「……あの頃の私に戻ったら好きになってくれますかぁ?」

「ないです」

「何故即答ですかぁ! ここはいつもと違った乙女な雰囲気にトゥンクするところでしょうがぁ!」

「そう思ってもらいたかったらその手に持つクッキーを置いてから言って下さい」

「チクショー! もぐもぐ美味しいですぅ」

「ダメだこりゃ」


 というか、いつもは乙女な雰囲気が無いって自覚してるじゃねーか。

 それなのにどうして俺に好かれると思っているんだ。


「何々、何の話~?」


 禅優寺が戻って来た。


「乙女だって言うなら禅優寺さんみたいに乙女らしく気を使わないとダメですよ」

「ふぇっ!? ほ、ほほ、褒められっ!?!?」


 おっと失敗だったかな。

 好きな人から乙女だなんて言われたら喜んでしまうだろう。


 禅優寺が俺に気があると分かっていてこんなことを言うのは趣味が悪い……いや、チャンスか?

 敢えてここで褒め殺しして喜ばせてから、怠惰な生活を見直して素直な性格になったら俺の好みに近いかも、的なことを言えば今の在り方を見直してくれるかもしれない。


「暑い中で外を歩いて崩れたお化粧をちゃんと直しているでしょう。服装もラフだけど雑でない似合った室内着に着替えて、栗林さんのようにゴロゴロして皺くちゃなんてことも無い。自分のことを乙女だって言うなら少しは禅優寺さんを見習うと良いですよ」

「めんどいですぅ」

「はわわわっ!」


 栗林はやっぱりダメか。

 それなら禅優寺だ。


「後は怠惰な生活を止めて年頃の女性としての羞恥心を取り戻して素直になってくれれば……」

「うさぴょん何食べてるの? おいしそー!」

「ぐっ……」


 くそぅ、ダメか。

 なんとなくだが禅優寺はもう一押しで変わってくれそうな予感があるんだがなぁ。

 まだ足りないのか。


 というよりもちょっと前よりも悪化しているような気がする。

 まさかクソ姉貴に悪い意味で感化されてしまったか。


「二人とも、お願いですから私の姉のようにはならないでくださいね」

「「…………」」

「本気で見捨てますよ」

「「(コクコク)」」


 姉貴の場合はあんなんでも身内だからと諦めてそれなりに要望を叶えてやっている。

 もちろん脅されているからというのもあるが、いくら俺でも家族以外に同じことをされたら例え脅されていようが断固拒否して切り捨てる覚悟はある。


 結構マジトーンで伝えたからか、二人とも俺の気持ちを分かってくれたようだ。


「そういえば氷見さん遅いですね」


 三人とも今日寮に戻って来ると聞いていて、遅れてくるという話も聞いていない。

 そろそろ日が暮れる時間帯なので、何かあったのかと気になった。


「来たみたいですよぉ」


 言葉には力が宿っているということなのか、俺が氷見のことを口にしたタイミングで戻って来た。


 さてと、どう扱うのが正解かな。


 姉貴の策略で、三人の中で付き合うなら氷見だと答えてしまった。

 マイナスからマイナスを選んだのではあるが、当の氷見は浮かれっぱなしで旅行の帰りは終始笑顔だった。

 そんな彼女に対して俺がどう接するべきなのかの答えが出ないままお盆に突入してしまったのだ。


 頑なに以前と同じ距離感を保つようにするか。

 氷見の勘違いを積極的に正そうと接するか。


 それとも氷見の中の姉貴に似ている部分だけを矯正するよう俺の方から近づいてみるか。

 相手を矯正するだなんておこがましい気がして嫌なんだが、でもなぁ、う~ん……


「ただいま戻りまけほっけほっ」

「ん?」


 コミュニケーションルームの扉を開けた氷見の顔色はとても悪く、好きだのなんだのと浮かれた雰囲気どころでは無かった。

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