6. 選ばれたのは

「う゛う゛ぅ~あ゛ぁ~」


 床にゾンビがいるな。

 とりあえず踏んどこ。


「ぎゃああああぁ! 何するですかぁ!?」

「なんとなく」

「なんとなくで乙女を踏むとかあり得ないですぅ!」

「乙女?」

「そこで疑問形になるのはおかしいですぅ!」

「てっきりゾンビかと思って、踏みつぶさなきゃという使命感」

「そんな使命感は捨てやがれですぅ! そもそもこうなったのは誰のせいですかぁ!」

「普段からぐうたらしている栗林のせいだな」

「言い返せないですぅ……」


 いわゆる筋肉痛という奴なのだろう。

 俺も少しだけ痛いが、日常生活を送るに全く支障が無い程度だ。


「私も踏んでえ゛え゛え゛え゛」

「踏んだら折れそうだから嫌」


 筋肉量が少ない氷見もゾンビになってる。

 これを機に少しでも肉付きが良くなると良いな。


「みんな情けないなぁ~」

「禅優寺さんは強いんですね」

「うん、このくらいなら平気平気って何で丁寧語に戻ってるの!?」

「あれは昨日だけですので」

「え~」


 さっき栗林と氷見に思わず素で接してしまったがノーカンということで。


「姉貴の様子見に行ってきます」

「じゃああたしはシャワー浴びて来るね」

「分かりました」

「シャワー浴びて来るんだよ?」

「繰り返さなくても大丈夫です」


 風呂場で体を清めることを毎回報告して来るのはラッキースケベ事故防止に役立つから悪くは無いが、押すなよ絶対押すなよ的な言い方をするのは止めてくれ。

 俺が入ったら本気で照れて困るくせに。

 そしてその後、徹底的に俺を脅すんだろうがな。


 だから俺は何も考えずに姉貴を起こしに向かった。

 いつものように寝起きの悪い姉貴を叩き起こし、朝食の準備をして、寮生たちプラスアルファの朝の準備が終わるまでの間に帰宅の準備をする。


 午前中の船に乗って島を出る予定であるため、今のうちに帰宅準備を終えて、朝食後はギリギリまで部屋の掃除をする予定だ。

 泊まらせてくれた感謝の意をこめてな。


 てな感じで最終日の朝は途中何度か邪魔されながらも平和に進んだのだが、港に到着した時に大問題が発生した。


「はいちゅ~も~く」


 やばい。


 直感的にそう思った。

 姉貴が満面の笑みを浮かべている時は、ほぼ間違いなくろくでも無い事を考えているからだ。


「これな~んだ」


 姉貴が手に持っているのは乗船券。

 それが無ければ俺達はこの島から出られない。


「何が望みだ?」


 ここで乗船券をチラつかせるという事は、それを簡単には渡さないぞという意志表示。

 俺か、あるいは寮生たちに何かを強いるつもりなのだろう。


 最終日くらい何もするなよな。


「簡単なこと。玲央が大事なことを答えれば良いの」

「大事なこと?」


 厄介なことの間違いでは?


「玲央は三人の中で誰が好きなの?」

「誰も好きじゃない」

「即答はひどいですぅ!」

「あふぅん」

「ぐすん」


 即答どころか、めっちゃ嫌な顔をしているのを自覚している。

 誰が好きかだなんて考えるだけで吐き気がするわ。


「ふ~ん、相変わらずなのね。なら、付き合うとしたら誰が良い?」

「うっぷ」

「この鬼畜寮父、吐きそうになってやがるですぅ!」

「流石にそれは酷いわよ。はぁはぁ」

「ぐすん」


 いや、だって、想像するだけでおぞましいし。

 というより想像出来ないな。


 俺が彼女達と付き合う?

 奴隷になるの間違いでは?


「ダメよ。選びなさい」

「無理」

「ならこれは渡せないわね」

「ぐっ……」


 乗船券を盾にしてきたか。

 そっちがそのつもりならこっちにだって考えがある。


「なら自分で買うから良い」


 乗船予定の船にまだ空きがあることは把握しているんだ。

 仮に船の後の飛行機のチケットもガードされたとしても、どうにか自費で帰れるくらいのお金は持っている。


「強情ねぇ。それじゃあこれも渡さないって言ったらどう?」

「なっ!」


 クソ姉貴め、寮生たちの乗船券まで盾にしやがった。

 流石に全員分のチケットを買う余裕なんて無いぞ。


 彼女達自身に払ってもらうのもダメだ。

 彼女達を無料でこの島に連れて来て、お金を払わなければ帰れないなど悪質な詐欺のようなものではないか。

 世間的には寮父である俺が寮生達を閉じ込めて邪な事をしようとしていると思われてもおかしくない。


 姉貴が黒幕だなんて俺が主張しても、何故か社会的な信用がある姉貴と、女子寮の寮父なんてやっていて下心がありそうにしか見えない俺の言葉ではどちらが信用されるかなど決まっているのだ。


「むしろ玲央にとってはそっちの方が良いのかしらね。閉じられた島で美少女達と一緒に野宿とか、仲良くなれそうなイベントでしょ」

「…………くそ」


 答えるしかないのか。


「どう考えても強引に言われされようとしているのですが、明らかに心のこもってない選択であっても皆さん聞きたいですか?」

「「「うん!」」」


 マジかよ。

 クソの中から僅かにマシなクソを選ぶような雰囲気なのに、それでも楽しみなのか。


 姉貴は俺らの様子を見てニヤニヤしてやがる。


 百歩譲って言うのは良い。

 だがクソ姉貴の思い通りなのが滅茶苦茶腹立つ!


 チクショー!


「はぁ……分かりました。三人の中で付き合うなら誰が良いか、ですよね」

「…………」

「…………」

「私に決まってるですぅ!」


 一番あり得ない奴が一番自信満々なのは何故だ。

 その自信の根拠を教えて欲しいわ。


「そうですね……」


 寮生達と付き合う、か。


 俺だって健全な男子高校生だ。

 これまで考えなかったわけではない。

 例えば彼女達の中身がマシになったら俺達の関係はどうなるだろうか、とかな。


 だがそれはあくまでもあり得るかどうかも分からない『たられば』の話。

 今問われているのは、現時点の彼女達から誰を選ぶかだ。


 ……

 …………

 ……………………


 うん、これしかないな。




「氷見さんです」




 と、俺が答えた直後。


「何故ですかああああぁ!」

「そ、そんな……」


 栗林と禅優寺が崩れ落ちた。

 いやだからさ、禅優寺は分かるが栗林はおかしいだろ。


 お前ロリ巨乳以外の魅力皆無だからな。

 しかもでぶぅになりかけてるし。


 禅優寺は綺麗なorzになっている。

 あまりにも良い感じのポーズだから写真に撮ってみたいんだけど、流石に今撮ったら怒られるか。


「え、えへへ、ぐへへへ」


 そして選ばれた氷見は絶頂モードに入ってトリップしてやがる。

 マイナスの中からマイナスを選んだだけなのだが、そのことちゃんと分かってるんだよな。


「ふ~ん、そっかそっか」

「なんだよ」


 姉貴の笑みがマジきもい。


「理由は?」

「秘密だ」

「ぶーぶー」

「いいからチケット寄こせよ!」

「あ、もう……まぁ面白いことになりそうだからいっか」


 とりあえずチケットを分捕った。

 これで乗船券を盾にこれ以上絡まれることは無いだろう。


「れおっち~ 理由を教えてよ~」

「禅優寺さんもゾンビみたいになってますね」

「お~し~え~て~」

「秘密です」

「うわああああん!」


 彼女達に秘密にしたいわけではない。

 ただその理由を聞かせたくない相手がこの場にいるから言えないだけだ。


 そんなに気になるなら後で教えてやろうかな。


 俺が何故氷見を選んだのか。


 それは最も『姉貴色』が薄いからだ。


 ぐうたらと図々しさが姉貴にそっくりな栗林は論外。

 禅優寺は腹黒い感じが姉貴に似ているからダメ。


 一方で氷見はややぐうたらで下着を見せるところが姉貴と似ているが、下着に関してはまだ羞恥心が残っているし俺の興味を惹くためだと分かっているから姉貴感はやや薄い。

 それに彼女特有の気持ち悪い反応が姉貴には全く無い部分であるため、彼女からは姉貴感がそれほど強くは感じられないのだ。


 つまり、姉貴を思い起こして吐き気を催しにくい人物という事で氷見を選んだ。


 彼女自身の魅力で選んだわけでは無いので、喜ぶのは間違っているんだよなぁ。

 姉貴がいないところでちゃんと三人に伝えてあげよう。


 もしかしたらこれをきっかけにまともになるかもしれないしな!


 …………この程度でまともになるならもうなってるか。




 てなわけで俺達の夏の旅行は終わりを迎えた。

 また、終わりを迎えたのはそれだけではなかった。


「私はこのままアメリカに戻るから」

「は?」


 なんとクソ姉貴が寮から出て行ってくれることになったのだ。

 ギリギリまで俺に言わなかったのは絶対わざとだろうな。


「また来るからね」

「もう二度と来るな」

「ふ~ん、そういうこと言うんだ」


 その写真は!?!?!?!?


「お、お待ちしております」

「じゃ遠慮なく行くわね」

「くっそおおおおおおおお!」


 姉貴のスマホ画面に表示されていた写真は、下着一丁で眠る俺とそこに寮生達が薄着で抱き着いているものだった。


 だれかこいつを処分してくれないだろうか……

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