5. 策士策に溺れる

「あれが良い」

「ダメ」

「あれが良い」

「ダメ」

「あれが良い」

「ダメだって言ってんだろ」

「あふぅん」


 氷見が栗林と同じことをして欲しいと言ってくるが、華奢なこいつを砂に埋めたら速攻で脱水症状になって病院行きになりかねん。

 そんなこと出来るわけが無いだろうが。


「氷見はもう少し体力つけろよ。栗林と同じくらいなのは情けないぞ」

「そんなこと分かってるわよ。でも頑張っても変わらないんだもの」

「ぐうたらしてるのに頑張ってるって言われてもな」

「失礼ね。これでも出来るだけ外出するようにはしてるのよ」


 外出って言っても、いつも一時間もかからずに帰って来るじゃないか。

 その程度の散歩じゃ変わらないだろ。


「そんなことより早く遊びましょう」


 体力系は午前中に粗方こなしたし、そもそもこいつは辛く当たられるのを喜ぶタイプだから何をするか選びにくいんだよな。


「案が無いならやっぱりさっきので良いわよ」

「だからダメだって言ってんだろ。死にたいのか」

「死!?」


 栗林を見ろよ。

 グロッキーになってビーチチェアで寝ているんだぞ。


『(誰のせいだと思ってるんですかぁ!)』


 幻聴かな。


「なら別の定番の遊びをするか」

「何かしら」


 残念なことにアレが無いからビーチバレーのボールを代わりに使おう。

 風で飛ばないように砂浜の上にセットして、と。


「目隠しとか好きだろ?」

「うん!」


 めっちゃ喜んで返事しやがった。

 どこの世界に目隠しが好きなJKがいるんだよ。


「スイカが無いので代わりにボールで。当てたらご褒美をやるぜ」

「ホント!?」

「ああ、当てたらな」

「頑張る!」


 くっくっくっ、せいぜい頑張ってくれよな。


「それじゃあこの辺りで目隠しして」

「はぁん、何も見えなぁい。玲央に変な事されちゃ~う」

「おいコラ」

「あふぅん」


 気持ち悪いから体をクネクネさせるな。


「スタート前にその場で回転してください」

「何回?」

「スタート前にその場で回転してください」

「え?」

「スタート前にその場で回転してください」

「ええと、分かったわ」


 俺が何をやりたいのか、もうお判りでしょう。


「い~ち、に~、さ~ん……にじゅうきゅ~、さ~んじゅう……あ、あの、まだかしら」

「もっと回って下さい」

「…………」


 良い感じに足がふらふらになってきたぞ。

 だがまだだ。


「も、もう無理よ。ぎぼぢわるい」

「もっと回って下さい」

「あふぅん、でも無理!」

「それならお手伝いしますよ」

「ふぇ?」


 喜べ、体に触れて助けてやる。


「はぁあん! 玲央に触られ……でも気持ち悪くて感触が良く分から……もうダメー!」

「まだまだ」

「いやああああ!」


 ダメと言えるならまだ大丈夫だ。


「ほらほら、足が止まってるぞ」

「虐められているのに楽しくない……もう、許し……うっぷ」

「いけるいける」

「…………」


 反応が無くなった。

 流石にここまでかな。


「はい、スタート」

「オロオロオロオロ」

「まさかのゲロインか」

「吐いてないわよ! うっぷ」

「汚れは栗林だけで十分だぞ」

『(くたばれ鬼畜寮父ぅ!)』


 これで氷見もダウン、と。


 あ~楽しい。




「あたしは負けないからね!」

「別に勝負してないんだが」


 最後は禅優寺。


 問題はこいつなんだよな。

 有り余った体力をどうやって削るか。


「レオっち泳ごう!」

「ダメ」

「なんで!? 海だよ!?」

「海だからだよ」


 波が穏やかで遠浅だとは聞いているが、大人が誰も居ない状況で未成年の俺らだけで泳ぐのは危ないからな。

 まぁでもこういう島の場合は子供達だけで泳いで遊んでいるイメージもあるし、島の人も姉貴の事務所の人も何も言わなかったから安全ではあるのだろうが。


 本当は俺だって遠泳とかしたいんだぞ。


「波打ち際でキャッキャうふふやっただろ」

「アレはキャッキャうふふとは言わない!」


 午前中にリア充っぽく海水をかけあっただろうが。

 ガチの水鉄砲を持って来たのは大人げなかったかもしれないけどさ。


 それはそれとして浅瀬でも足が吊ったりするらしいし、海に入るのは禁止だな。


「じゃあ恋人っぽいことがやりたいな~」

「例えば?」

「……レスリングとか」

「恋人はそんなことしない」


 顔を赤くしているってことはエロネタじゃねーか。

 こいつエロネタ苦手な癖に良く話を振ろうとするな。

 そういうのは栗林に任せておけ。


『(私は清純派ですぅ)』


 は?


『(ですぅ……)』


 幻聴が調子に乗ってるな。

 後でシバいてやる。


「恋人っぽいことならもうやっただろ」

「え?」

「ほら、『待って待って~』って奴」

「あれは断じて違う!」


 鬼ごっこだって似たようなものだろ。


『待てやゴルァ!』

『待ちなさい!』

『待てええええ!』


 本気を出してもらうためにちょっとばかり揶揄ったらマジで追って来たけど。


「でも他に良いのが思いつかん、と言うことで」

「と言うことで?」

「どっちが先にバテるか勝負という事で午前中の続きでオッケー?」

「ふふん、良いよ。倍返しにしてやるから」

「出来るものならやってみな」

「絶対負けない!」


 結局、禅優寺とは素直に体力系の続きをやることになった。

 勝負の結果がどうなったかと言うと。


「はぁっはぁっ、か、勝ったぜ」

「もう無理……」

「そう言いながらもたれかかって来るな」

「女の子を腰砕けにしたんだから責任取ってよね」

「よし、置いてこう」

「責任取れ~!」

「だからくっつくなって」


 俺の体力がギリギリ尽きる前になんとか潰せたと言った具合だった。




「そろそろ姉貴が帰って来る時間かな」


 復活した三人を再度おちょく……遊び相手になっていたら、あっという間に夕方になっていた。

 迎えに行かないと折檻されるから面倒だが行かないと。


「姉貴迎えに行ってくる」

「……」

「……」

「……」


 返事がない、ただのでぶぅのようだ。


「あたしは違うよ!?」

「私も違いますよ!」

「しつこいですぅ!」


 なんだ、まだ元気が残ってたのか。

 もっと潰せば良かったかな。


 宿に戻ったら丁度姉貴が戻って来たタイミングだった。


「やっほー、楽しんでる?」

「ああ、めっちゃ楽しんでる」

「え、どうしたの?」


 普通に答えただけなのに不思議そうな顔をしてやがる。

 つまりこいつは俺が楽しまずに困っているはずだと考えていたわけだ。


「まさかもう落ちちゃったの?」

「もうって何だよ。それに落ちてないから」


 現状だと落ちるイコール人生の終焉だらくしゃのどれいだからな。

 人生とはそんな簡単に諦められるものではない。


「それでお姉……ちゃんはどうする? 海に行くの? 俺らはそろそろ撤収しようと思ってたんだけど」

「あ~なら止めとく。海なんて腐るほど来てるし」

「だろうな」


 モデル撮影で海は鉄板だからな。

 遊び飽きるくらいには来ているのだろう。


 白浜まで来て場を荒らすのかと不安だったが、それが無かったのは姉貴も撮影で疲れているからかもな。

 本性はくっそ怠惰な姉貴が早朝からの撮影に耐えられるのがマジで不思議だ。


「じゃあ早めにご飯作ってよ。食材は貰って来てるから」

「あいよ」

「…………あんた本当に大丈夫?」

「なんだよ突然、気持ち悪いな」


 姉貴の魂胆に気付いていないことを不審がっているのか、それとも気付いていて平然としていることに不審がっているのか。

 ちなみに姉貴の魂胆とは、夕飯を早めに食べることで俺が一番困るであろう夜の時間を長くすることだ。

 姉貴が昨日以上のことを計画していることくらい、俺にはとっくに分かっていた。


 だから今日はずっとその対策を練って来たのだ。

 ついに姉貴を出し抜けたと思うと、心の中で笑いが止まらないぜ。

 油断しているとつい表に出てしまいそうになる。


 そして俺の一日を費やした策が実を結ぶ時がやってきた。

 白浜から撤収し、夕飯を食べて一息ついた時のこと。


「さぁ、楽しい夜の開幕よ!」


 酒に溺れてベロンベロンな姉貴の掛け声で恐怖の時間が始まるはずだった。


「……」

「……」

「……」

「あ、あれ、みんなどうしちゃったの?」


 ふはははは、甘いな。

 今日一日ひたすら運動させたことで、こいつらはもうおねむなのさ。


 肝心の寮生たちがダウンしているとなれば、姉貴に出来ることなど無い!


「あ~ふ~ん、そっかそっか~」


 問題なのは俺もくっそ疲れていて眠いという事だ。

 禅優寺のタフさが予想外だった。


「良いよ、良いよ。ぐっすり眠りな。玲央も今日は寝て良いよ」

「なん……だと……?」


 姉貴が俺に優しいだと?

 そんな馬鹿な。


 まさか全員の意識が無い状態で不穏なことでもする気なのか。

 俺相手ならともかく、流石に人様の娘さんに寝ている間に不埒なことをするほど愚かでは無い筈だが。

 頼むから……警察沙汰には……するな……よ……




「もう寝ちゃったか。よっぽどはしゃいでたのね」


 眠りに落ちる直前、俺の耳に姉貴の言葉が微かに入って来たが、それを理解することが出来ずに俺の意識は闇に消えた。


「むにゃむにゃ、でぶぅじゃないでぶぅ」

「んん……もう回さないで~」

「もっと、もっと遊ぼう……」


「みんな揃って幸せそうな顔しちゃって。好きな人と沢山遊べたんだから当然ね。玲央は今晩を乗り越えたと思っているかもしれないけれど、その代わりに好感度を稼ぎまくったことに気付いていないのが傑作だわ」

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